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鋼鉄の指揮官(ハガネノシキカン)  作者: 黒縁眼鏡
第一部ヤポネ動乱編
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第一章「機械の身体」

第一章「機械の身体」


  佐官用の個室からガレージに向かう途中で教官を務める田口軍曹を見つけた。身長は185cmと高く、黒い髪のショートモヒカンがあるせいで、もう少し高く見える。

 日に焼けた黒い肌と服越しにも分かる筋肉をしている彼はなかなかの威圧感かある。

 こちらに気付くと敬礼とともに威勢の良い挨拶をしてきた。

「おはようございます大佐殿。お早いですね」

 この少ししゃがれた声が怒鳴り声になるとたちまち訓練名物の鬼軍曹怒りの咆哮となる。場合によっては怒りと愛の鉄拳付きだ。

 私も頭を上官仕様に入れ替えて挨拶を返す。

「おはよう田口軍曹。今年のルーキー達は使えそうか?」

「肯定です大佐殿。皆輝く物を持っています。それぞれの特性にあった配備をすれば悪くない戦力となるでしょう」

「なるほど。テストパイロットから乗りこなした現役の君がそういうなら、今日の模擬戦が楽しみだな」

 この日の訓練は正式に配備されている小隊との模擬戦である。1対1の戦闘ではなく、基地防衛側と攻略側に分かれての実戦形式で戦闘を行う形式だ。

 ちなみにこの基地では毎回こうした模擬戦で賭けが行われている。偉い人は怒りそうだが、戦闘の条件から勝利する方を選ぶのは戦術と戦略を学ぶ良い教材となるのだ。

 教育にはムチと飴がなくてはならない。そのムチと飴にあたるのが賭けの結果ということだ。ちなみに模擬戦参加者にはハンデの条件が知らされていない。

「昨日の段階でレートは候補生が4倍でガンドッグが2倍です。ちなみに私は候補生に賭けました。彼らならやってくれます」

 鬼軍曹と候補生から恐れられる者の口から出る言葉とは思えず、笑ってしまった。普段しごかれている候補生達が聞いたら、さぞ驚くのではないだろうか。

「まったく。君が鬼軍曹と呼ばれているのが信じられない発言だな。今日の相手はガンドッグ小隊だろ。現役パイロットから見て候補生がガンドッグお得意の近接連携にかなうと思うか?」

 田口軍曹はニヤリと笑い答えた。

「彼らが死なないためにだったら鬼でも悪魔でもなってやりますよ。もちろん個人の力は劣っているでしょうが、候補生にも連携と複数戦闘の捌き方は叩き込んでありますし、今回はハンデとして候補生を防衛側で指揮官あり、さらに数はガンドッグの2倍。指揮官も大佐殿と来れば勝てる見込みもあるでしょう」

 候補生の実力を冷静に分析し、戦闘の条件も加味しての判断だった。単純に熱いだけではなく、冷静さも持っている彼ならこの先も教育を任せられそうだ。

 候補生達は弱点や欠点を毎日のように突かれ怒鳴られて大変なのだが、戦場で生き残るために訓練をしているのでそこは我慢してもらおう。

 ただ、そんな鬼軍曹の元で訓練している候補生達だ。ちょっとした褒美があっても良いだろう。一つ軍曹に提案をしてみよう。

「軍曹。そこまで言うなら、賭けに勝った時はあいつらに飯でもおごってやれ。きっと喜んでくれるぞ」

 苦笑いをしながら軍曹は了解した。

 彼の感情は分からないが表情と声の調子から推測すると、恥ずかしいから勘弁してくれ。と言ったところだろうか。

 この後もガレージにつくまで候補生について語っていた彼の顔は実に良い顔をしていた。

 私は小学校や中学校の頃、熱血教師の良さが分からなかった。

 部活動はさんざんな目にあった記憶しかない。

 ただ軍曹を見ていると、もしかしたら彼らもこの軍曹と同じように裏ではにこやかに笑っていたのかも知れないと思えてくる。

 私が目指すべきリーダーとはどのような物かまだ正直分からない。

 軍曹のような熱血教師風のリーダーも確かにありだとは思うが、多分それは6000人を超える人間が集まる空軍基地トップの姿では無いような気がする。

 まだまだ至らない所も多いが、精進していこう。

 軍曹の話を聞きながらそう心に誓った。


 ガレージ入り口にて田口軍曹と別れ、模擬戦用に整備されている人型兵器を見上げていた。高さは4m一般的な2階建ての一軒家ほどで肩幅が3mの機械の身体だ。

 「多武装携行システム」「Mulch Arms Portable System」または略して「マップス」と呼ばれる。

 この人型兵器は、近年確率されたFTE粒子の制御技術を最大限に活用した兵器である。

 FTE粒子とは「Free Transferring Energy」の略で、重力・光・電気・運動・位置・熱・質量などあらゆるエネルギーを目的にあわせて変換することにより動力を得ることが出来る。

 従来のエンジンではガソリンの爆発を利用しての運動から車輪を回したり、燃料の燃焼と噴射による反作用から推進力を得ていたのだが、FTE粒子の制御を行うと重力のベクトルを真下ではなく真横に運動エネルギーとして変換したり、移動により生じる摩擦を電気エネルギーに変換して機体に貯めることも理論上出来る。

 このような各種エネルギーの自由変換により機体の機動性を始めとする各能力が各段に向上すると考えられた。

 その理論の元、いくつかの試作機が作られたが、操作が当初想定していた物より煩雑となり、脳波によるサポートコントロールが必要となった。

 そこで人が挙動をイメージしやすい人型として機体開発が行われた。

 と教科書的には書かれているが、開発者の一人を知っている私は、技術者たちの趣味でこうなったように思える。

 この国の技術者はどうにも変態が多いので、やりたいことをやりたいようにやった結果人型になったのではないか。

 開発者の一人から

「人型の方がかっこいいでしょ?」

 と言われた時は思わず吹き出したものだ。

 ただこの選択は当初予定していた以上に効果的で、開発を進めていく中、人型兵器が持つ従来兵器とは違った特性が、兵器としての重要性を向上させ、秘密裏の開発ながら予算が潤沢に出たそうだ。

 マップス最大の特徴は手があることだ。

 手をつけることにより武装変更が持ち替えだけで済み、機体に搭乗したまま単独で出来る。さらに肩や脚部や腰部にハードポイントを設け多様な武装を携行可能になった上、武器格納用バックパック等の追加装備によりあらゆる状況に対処出来る能力の高さが従来兵器に比べ格段に向上していた。

 ヤポネではそれまで経済的に多くの兵器を所持、維持するのは難しく、一機で複数の目的に使える兵器が非常に魅力的だったのだ。制空権の確保から地上の制圧まで幅広く運用が可能な兵器は喉から手が出るほどだった。

 初めて実戦に投入された際に得られた機体評価は、飛行機より機動性が高く、ヘリコプターより小回りが効き、戦車よりも制圧力が高い。武器の変更による状況対処能力は歩兵並みで、武装さえ用意しているならあらゆる状況に対処が可能性である最強の現代兵器とうたわれた。

 今では世界的に開発・販売メーカーが増加し、現在では大国に1メーカーは存在する勢いで広がっている。

「マップスも随分と種類が増えたな」

 ヤポネの元祖マップスメーカー「菱田重工」の初代マップス「ゴースト」に乗っていた者からすると、この第二世代型は何度見ても感慨深く誇らしく感じる。

 当初は脳波コントロールだったせいもあり、適合者が少なかったが、我々の操縦データをもとにAIが開発され、戦闘データから各能力に個性を待たせた第二世代のフレームの開発が行われたのだ。

 AIを触媒にしてパイロットとマップスの融合をコンセプトに開発された第二世代型は、更にパイロットに合わせた細かなカスタマイズまでも行えるようになった。

 今一般に配備されているのがこの第二世代マップスで近距離、中距離、遠距離のどれかが得意なカスタマイズが出来る。

 近距離型は装甲が少なめでスラッとしたシルエットをしていて、弱点となる関節部分にあたる所々に小型の追加装甲がつけられている。逆に遠距離型は全体の装甲が厚いためかガッチリしたシルエットをしている。

 しばらく立って眺めていたら後ろから元気の良い声がかかった。

「よぉ、坊主! あぁ、いや大将! また乗りたくなったか?」

 日に焼けた170cmくらいの整備主任だ。

 頭の髪の毛が最近減り気味で悩んでいて、少し小太りだががっちりしている。そして大声で喋る豪快な人だ。

 このオヤジさんなかなかのカリスマ性を持っていて、多くのパイロット達からオヤッサンと慕われている。

 昔からの知り合いとは言え、私は一応上官なのだが、特に喋り方は変えてこないらしい。

 さすがに坊主は最近減ってきてはいる。その代わりに大将というのもいかがな物かと思う。

 だが、若くしてこんな地位に抜擢されてしまったので、最初は信頼関係とか色々大変だったところを、オヤッサンの昔の戦友ということで隊員たちの信頼を得られた。

 それに自分も前から世話になっているので、細かいことは大目に見ることにしているし、こちらもある程度砕けて喋られるので良しとする。

 他の所から視察が入る時は気をつけてもらえば良いか。

「おはよう。オヤジさん。たまに懐かしさで乗りたくもなるけど、さすがにブランクがあるからね。現役には負けるよ。しかも、最近のマップスは脳波コントロールが減って、AIによる補助で非常に操作性があがってるんだって? それについていけるかわからんよ。それに残念ながら今は司令という立場だ。マップスに乗って前線で戦いながら全体指揮はとれないさ」

 まるで分かりきった冗談が通じなかったのを隠すように、オヤジさんは豪快に笑ってきた。

「まっ、それなら仕方ない。気が変わったらいつでも言えよ。あんたの一言があればあっという間に整備してやるからよ。なんと言ってもあんたは初代マップス中隊の隊長だ」

 それにしてもとオヤジさんが話題を変える合図をする。

「マップス乗りも随分増えたよな。十年前までは大将含めて10人だったのが、今年はここだけで候補生が50人か。すごいもんだな」

「さっきも言ったように操作性が向上して誰でも使えるようになったからな。まぁ、この基地が特別多いってのもあるんだが、上の連中かなりの数押し付けてきた」

「それだけ期待されてるんだろ。マップスの実戦経験がある佐官は大将だけなんだからよ」

「あの10人に選ばれた上に士官学校出は私だけだったからな。ものすごい運だよ。おかげで白い眼で見られることもあるのがたまに傷だが、仕事の成果で見返せるように努力するしかない。私の成果にも繋がる新人を育成してくれる田口軍曹には感謝だな。私には基礎まで細かく教えられるほど暇がない。面倒な書類がこうも多いとは思わなかったよ。マップス乗りがする仕事じゃないね」

 やれやれと右手で頭を押さえて大げさに首を振る。

「心中察するぜ。ちなみにだ大将。そうやって書類で悩んでいるところ悪いが、今日の書類を追加しても構わないかい? 菱田重工の松平の坊主からマップスの第三世代フレームが完成すると報告があってな。採用出来るように申請書を頼むわ」

 とんでもないことを凄く軽く頼んできた。

 この基地に新兵器の実験部隊を擁するので、他の基地に比べれば申請しやすいとは言え、去年初めて新しいライフルを申請した時は、試験の許可が降りるまで色々あって一週間はかかった。

 まぁ、私の不手際がその原因の大半を占めていた気がするのは内緒だ。

 ただ、その後も、使用の手続きだの、搬入手続きだの、申請書類以外にも書く書類が多く、集めたデータを送る度に送信許可の書類を書かされたのだ。

 しかもその後のライフル返却手続きも同様に面倒だった。

 上層部がやった第二世代マップスの正式採用手続きに比べれば遥かにマシなのだろうが、新型機だととれくらいかかるのだろう。

 考えるだけで頭が痛くなりそうだが、将来の兵士達のためなら仕方ない。

「分かった。後で資料をこちらに送ってくれ。松平もかんでいるなら良い機体だろうし」

 松平というのは同じくゴースト隊にいた一人で、もともと菱田重工の開発者兼テストパイロットだったが、特殊部隊として徴収され共に戦った戦友だ。

 彼によって戦場で得られたデータから数多くの兵器が作り出されている。

 大事な仕事も頼めたし、残りの時間で最終チェックをしてくると言い残してオヤジさんは整備に戻っていった。

「そのうち久しぶりに乗るのも悪くないかもなぁ」

 かの愛機と戦友のことを思い出し、思わず口から言葉が漏れてしまった。

 オヤジさんが整備に戻って行ってくれて良かった。


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