間話
とある居酒屋に六人で向かい、飲み会が始まる。
「そういえば、元ゴースト隊に縁のあるメンバーが三人もいるのか。よく会うせいかあまり懐かしさは無いけどな」
「僕とオヤジさんは良く連絡取り合ってるしね」
オヤジさんは口に焼き鳥を頬張りながら、うむ。と頷いて同意する。
「あれ? まっちゃんもゴースト隊だったの?」
「言ってなかったっけ? そうだよ。五番機やってたんだ」
「ならさ、今度模擬戦やろうよー」
「良いよー。負けないからね」
周りが盛り上がっている間に一旦トイレに立ち、ついでにサナにメールを送る。電話すると言った約束を早速破ってしまいそうだ。機嫌を損ねなきゃ良いけど。
トイレから戻るとゴースト隊にいたころの話をオヤジさんと松平が始めていたのが聞こえた。
「んで、その時のもっさんがさ、宮っちに怒鳴られて戦術レポート大量に出されてさ、レポート書きながら寝てるんだよ。訓練中も寝不足で機体がフラフラしてるしハラハラしたよ」
なっ!? 何を言ってるんだあいつは?
背中に寒気が走るが冷静を装って席に戻る。
「何か盛り上がってたな何の話だ?」
よく見ると何故か軍曹が涙を流している。まさか、私の信頼が地に落ちたのか?
「大佐殿がそこまで苦労していたとは……初めてお会いしたときにこんな若造が大佐なんて。と嫉妬した自分が恥ずかしい」
上手いこと勘違いされたようだ。良かった。
それにしても泣き上戸だったのか田口軍曹? 佳奈さんの誕生日の時はそんなこと無かったんだが、あの時はそこまで酔ってなかったのだろうか?
「てか、大佐。それ単にサボってただけなんじゃ?」
武田が正解を口にしてしまった。さて、どうごまかそうか。
「何、休憩時間に昼寝くらいさぼりではない。効率的に仕事をするための充電だ」
「え? もっさんあれ休憩時間だっけ?」
松平頼むから余計なことを言わないでくれ。心の中は焦っているが何とかまだ演技を続ける。
「あぁ、間違い無く休憩時間だ。なぁ、おやっさん」
「いや、ワシは知らんぞ? 基本ガレージにいたからな」
顔がにやついている。この状況をどうやら楽しんでいるようだ。頼みの綱が切れた。こうなれば、アイコンタクトで訴えるしかない。
咳払いをしながら松平と目線を合わせて、基地の隊員に視線を動かす。
「そうだったねー。いやー、うっかりしてたよ」
理解してくれたようで何より。危なかった。ボロが出ない内に早く話題を変えてしまおう。
「状況が大分変わったんだ。私達の昔話をしても仕方ないだろ?」
「んじゃ、今の話で、大佐って彼女いるの?」
武田め……話を変えすぎだろう。いくら酔っているとは言え唐突過ぎるぞ。いや、二十歳前後の飲み会での話題なんてそんなものだったか。
「トップシークレットだ」
「この子だよ」
言ったそばから松平が写真を見せた。ゴースト隊とサポートメンバーが召集されて、初めてとった写真だ。
懐かしいな。自分の顔が随分若く見える。ってそれどころじゃない。
「へぇー、ちょっと堅い表情ですけど、笑えば可愛い人っぽい」
その通りだ。良く分かってるじゃないか。いや、そうじゃなくて。
「ちなみに、これがつい最近三人でとった写真」
「へー! 随分と印象変わるなぁ。やっぱり可愛い人だ! やるなぁ大佐」
田口と石山も松平の端末を覗き込み、オヤジさんはついにバレたかと苦笑いしている。
さて、気づかれなければ良いのだが。
「同じ所属だったんですか?」
「その通りだ。だから、あまり公言したくないんだよ。色々と面倒な話だからな。言いふらさないでくれ」
一応部隊が解散した後からだったので問題はほぼ無いと思うが、他の者に示しがつかないので念のため。
「んじゃ、まっちゃんはどうなの?」
「僕には愛すべき娘たちがいるからねぇ」
「えー、まっちゃん結婚して子持ちなの?」
「いや、今日私達が三人目の娘に乗ったからな。こいつは独身だ」
私の言葉に対して、武田は少し考える素振りをしてから、ハッと顔をあげた。
「へ? あ、もしかして娘ってマップスのこと?」
「正解だ。生みの親だから愛着があるんだろう」
その言葉を武田が聞いた途端松平に向かって正座し、深々と頭を下げた。
「お父さん! 娘さんにはいつもお世話になっております!」
「こちらこそ、愛娘がいつもお世話になっています」
完全に酔ってるのか不思議な行動をし始めた二人に驚く。ま、まぁ楽しそうだから別に良いか。
「うちにお父さんをください!」
「いやいや、何か色々と間違ってるよ武ちん!?」
二人が勝手に盛り上がり始めたので、男四人で話を続ける。
「で、田口君。君の方はどうなっている?」
「特に何も」
「そうか。ゴールデンウイークにデートか」
カマかけだが、酔っていて判断力が落ちている今なら引っかかるか?
「大佐、まさかまた後ろから見てたんですか?」
二度目だ。良く引っかかるな。また次もやってみたくなる。宮野大将にもこんな感じで見られたのだろうか?
「フフ、部下の動向を知るのも上官の役目だ」
軍曹は一体いつからつけられていたのか考え出したのか、悩ましそうな顔をして唸っている。
「で、石山はどうだ?」
「あまりそういうのには縁が無くて。隊長と副隊長からは良く周りを見ろと言われ、高井からはお前はバカだと言われますが、失礼な話だと思いませんか?」
鈍感な奴だと裏で愚痴られてそうだな。あまり上官として褒められたことでは無いが、少し手を貸してやるか。
「たまに吉田と小山に怒られるだろ?」
「よく分かりましたね。何でかは分からないですが、、、大佐は分かるんですか?」
周りから見れば一目瞭然だと思うのだが。恐らく小山に止められて、周りのメンバーも何故かは伝えてないのだろう。
「怒られる内容はもっと女の子の気持ちを考えろ。とかデリカシーが無いだろ?」
「先程の田口教官ではないですが、何故大佐はそこまで我々の事情に詳しいんでしょうか」
石山が不思議そうに首を傾げた。
多分事情を知ってる人間だったら誰でも分かるぞ。
「上官だからな。というのは冗談で状況から推測して当てずっぽうに言ったのが当たっただけだ。で、君が怒られる理由なんだが、正解は私の口からは言えない」
「残念です」
石山は頭を少し垂らしながら肩を落とした。余程正解を知りたかったのだろう。
「かわりにヒントを教えよう。怒っている時の理由だけを考えるのではなく、感情を表した時や変化した時の理由を考えてみろ。細かい変化を見逃さなければ、答えが出るかもしれんぞ」
「助言に感謝します。考えてみます」
石山は少し煮え切らない表情で頷いて納得してくれた。
後はうまくやってくれ。これ以上は扇動になってしまうからな。
「だーかーらー、それじゃかわいくないじゃん!」
「いやいや、これがカッコいいんだよ!」
「んじゃ、今度はかわいいの作ってよー」
隣でまだ二人は騒いでいた。ある程度事情を知っているオヤジさんはその様子を見て、目を細めている。
そんな様子を見ていると、ポケットの中に入れていた携帯にメールの着信が入った。
〈楽しんでる?私もそっちに行きたいなぁ。なんてね。松平さんによろしくね。〉
これが終わったら後でちゃんと電話しておこう。
「そういえば大将。澄川は元気でやってるか?」
「元気ですよ。そう言えば、オヤジさんとは長いこと会ってないのか」
「彼女がオジサマと呼ぶ響きは綺麗だったな……うちの生意気な娘とは大違いだ」
オヤジさんは深い溜め息をつきビールを一気に飲み干した。
「そう言いながら、彼氏を連れて来でもしたら怒鳴りそうだな」
「当たり前だ! 娘は誰にもやらん!」
「やっぱりか。当分娘さんとは喧嘩が続きそうだなオヤジさん」
「坊主どうにかしろ!」
「人の家庭内の事情まで首突っ込めるかぁ!」
楽しい時間はあっという間に過ぎていきお開きとなり、 私はみんなの分の支払いを済ませ二次会には参加せず帰路についた。