第三章「新たなる胎動(前編)」
「う……うーん」
瞼を閉じたまま、寝ぼけた頭で現状確認を行う。
私は一体どうしたんだろうか?
確か酒を飲みすぎて気絶というか眠ってしまったような記憶があるが、その後からの記憶が無い。
ただ頭痛や吐き気が無いので二日酔いはしていないようだ。
サナが薬を飲ませてくれたのだろうか?
背中の感覚は柔らかい。おそらくベッドの上にいる。
でも、この枕とベッドの感覚がいつもと違う気がする。
それにさっきから頭に何かの感触がある。
非常に落ち着くというか、ちょっと気持ちが良い感覚だ。
このまま二度寝したくなるが、さすがに周りの状況を確認しなければと思い目を開ける。
「あ、龍ちゃんおはよう。身体の調子はどう?」
サナはベッドに座りながら、こちらの顔を心配そうにのぞき込んできている。
「あぁ、おはようサナ。ちょっとつかれた感じはするけど、気分は悪くないよ」
「そっか。良かった。心配したんだからね」
そのまま笑顔で頭をなでられ続けた。
ん? 何でサナが部屋にいるんだ?
「これは夢か?」
「どうしたの急に? やっぱり調子がよくない?」
「いや、朝からサナが一緒にいるって今まで無かったからさ」
でも、この頭のなでられている感覚は間違いなく現実だ。
「何だかんだで2人ともお仕事で忙しいからねー。言われてみれば、朝まで一緒にいるのは初めてかも。それにしても昨日はびっくりしたよ」
「倒れたところまでは記憶があるんだが、あの後どうなったんだ?」
「急いでアルコール分解薬を飲ませて、一足先に運転代行で帰ったんだよ。ホテルの方は宮野さんが手配してくれたから、私も一緒に泊まっちゃった」
宮野大将が私のメンツを潰さないように気を使ってくれた結果がこれか。
今の状況がようやく理解出来た。
「ところで、そろそろ起きようと思うんだけど、撫でるのやめて貰って良い?」
もうちょっと撫でられ続けるのも悪くないが、もう時計は9時を回っていてチェックアウトしなければならないので、惜しいが仕方ない。
シャワーを浴び、身だしなみを整えてホテルからチェックアウトして、少し遅い朝食に出かけることになった。
「そう言えば、世間的には明後日にゴールデンウイークが終わるけど、ミヤトの方にはいつ帰るんだ?」
「今日の夜にでも帰るよ。明日は明後日に備えてゆっくりするつもり」
ちょっと残念だが仕事なら仕方ない。
今年のゴールデンウイークは他人と少しずれているのだ。
「そんな寂しそうな顔しないでよー。そうだ龍ちゃんがミヤトに来れば良いじゃん」
「それもそうか。なら一緒について行こうかな」
「やった。久しぶりに長く一緒にいれるね」
綺麗に並んだ白い歯を見せながら喜んでくれている。
その様子を見て私も自然とにこやかな顔になっていた。
さて、今日はどこに行こうかと2人であれこれ悩んでいると突然電話がかかってきた。
電話は松平からで、サナに断りを入れて電話に出る。
「もっさん、出来る限り早くミヤトに来て」
余りに突然過ぎて意味が分からなかった。しかも何故か早口だ。
「松平か。用件は何だ? プライベートで遊びの誘いなら、もう間に合ってるぞ」
「え、僕のゴールデンウイークは来週からだよ? ようやく片付けが終わって綺麗になったところなんだけど」
この反応から考えると、残念なことに仕事の話らしい。
各種機器の搬入やら戦闘のせいで色々整備しなおさないといけない。と言っていたことを思い出して、休みが遅れていることに納得がいった。
「で、急いで私に来てほしい用件は何だ?」
「現場のアイデアが欲しいのと、テストがしたい。もっさんの方が僕より適任だからね」
「分かったよ。明日で良いか?」
本当に仕方が無いが、断るわけにもいかないので了承する。
それに何についてのアドバイスとテストも大体予想がついていたのだ。
「さすがもっさんだね。んじゃ楽しみに待ってるよ」
何やら興奮している様子で電話が切られた。
ため息をついて、サナに謝罪をする。
「すまない。ミヤトに行くのに変わりはないが、明日仕事が入った」
「今の松平さんからだよね? ちょっと残念だけど、仕事だもん仕方ないよ」
先程までの楽しそうな笑顔が少し暗くなっている。
そんなサナの様子を見て、とあるお願いをすることにした。
「明日の仕事つきあってもらっても良いか? サナの協力があると凄くはかどる」
一緒にいられる理由作りとしては、いささか華が無いが気にしたら負けだ。
「え? 松平さんが良いなら、もちろん一緒に行くよ」
私の提案で笑顔に明るさが戻った。
年下なのにお姉さん振ることも多いが、意外と甘えたがりでもある。
やれやれ、ギャップというのは恐ろしい。
松平に詳しい内容を念のために再確認すると、予想した通りの物だった。
サナを連れて行くのも大歓迎らしい。
ヤポネ初の航空戦艦の歴史が始まろうとしている。
恐らくゴールデンウイーク最後の休暇になるだろう今日を目一杯楽しんでミヤトに向かった。