第十四章「パーティの合図」
第十四章「パーティの合図」
時刻1500、国際会議場特設記者会見場。
目が眩みそうなカメラフラッシュの中、ヤポネ首相が白い歯を見せながら手を振っている。
毛利大佐が予測している襲撃タイミングだ。
しかも、人間による襲撃はこちらからは手が出せないので、SPと対テロ部隊のみが頼りだ。
厳戒体制の中、首相の会見が始まる。
「皆様こんにちは。先程、国境資源会議が終了致しました。今回の会議も非常に有意義でありました。国境線に埋蔵されているFTE鉱は我が国の物であることを、正式に二国間で合意しました。正式な条約締結は国会の承認を得られ次第行います。二国間の緊張が緩和されることを切に祈ってきた国民の皆様のおかげです」
挨拶を済ませ、結果を軽く伝えると詳細を報告するため交代することになった。
「詳しい内容は外務大臣の方から説明があります」
首相が外務大臣と交代しようとしたその刹那、遂にテロリストが行動を始めた。
国際会議場南部900mの地点にある複数のビル屋上から赤い光が生じ、雷鳴のような音が大気を震わせる。
飛散したビルのガレキが、道路や他の建物に突き刺さる音が鳴り響く。
そして、その轟音に発砲音をかき消された銃弾が記者会見場の机や床に風穴を開けていった。
耳をつんざくような叫び声が連鎖して会場は大混乱に陥っている。
首相を確認するとSPによって、無事守られたようだ。
首相の無事を確認し、送られてくる爆発現場の映像に目を向けると、屋上の屋根が吹き飛んでいた。
何故わざわざ屋上に?
と疑問に思った瞬間、警察から全軍に緊急通信が入った。
「こちら東部第17検問所! 乗用車五台が検問を突破して中央に向けて進行している!」
大体東に5km地点か、爆弾を屋上にしかけたのは、気付かれやすいようにするためか!
「こちら西部第3検問所! 同じく乗用車七台に突破された!」
こちらも同じく西に5km地点。挟み撃ちにされてしまっている。
しかし、兵器を潜ませている中で乗用車はおとりだと考えるのが自然だ。
「長官! 両首脳と市民の避難はどうなっていますか?」
「市民の避難は始めている! 両首脳は公用車に無事ついたようだ。そろそろ待避ポイントに向かい始める!」
よし、警察の対応は早い。
「恐らくこの乗用車はおとりです。本命が近く出現すると思われます。予定通り検問所を全て解除して、避難指導を徹底させてください!」
ホークアイに不審車が他にも無いか確認をとってもらうと。
「こちらホークアイ、不審車のマーカーを全軍に送信した。南5km地点からも出てきたぞ!」
レーダーを確認すると10台の乗用車がまるでレースをしているかのような速度で進んでいた。
「発砲された者が出てきた! 警察のマップスを動かすぞ!」
おとりとは分かっているが仕方ない。市民の命には変えられないのだ。
それに乗用車を止める程度なら、こちらから発砲する必要はない。
「了解しました。伏兵には気をつけるよう伝えてください!」
「わかっとる!」
警察は会議場から500m離れたマップス2機編成の分隊をそれぞれの方向に送り始めた。
しかし、レーダーを見るとマップスの接近に気付いたテロリスト達は走行ルートを直線から、分散して 何度も折り曲がるあみだくじ方式のルートで動き始める。
こちらの数が少なくて、突破される可能性が強まったため、対抗して中央に配置してあった三機編成のマップス分隊も、それぞれの方向に出現した乗用車に向けて動き出した。
その様子を上空から見ているライン1から通信が入る。
「ビックハット。私たちはどうすれば良いの?」
「待機だ。我々は本命に備えるぞ」
「了解……」
少し悔しそうな返事だった。
目の前で戦闘が繰り広げられそうな中、見ているだけというもどかしさがあるのだろう。
しかし、今は我慢して貰わなければならない。
警察と乗用車はそれぞれ4km地点で鬼ごっこを始めた。
市民の避難がまだ終わっていないため、こちらからは発砲がまだ出来ないのだ。
何とか蹴りや近接武器で止めるしかないので、少し手間取っているらしい。
「ホークアイより全軍へ! 南側2km地点から大型重機だ! 地下から出てきやがったぞ!」
横幅2.5m長さ5m高さ1.9mの重機五台が地下駐車場から出現した。
やはり、乗用車はおとりで、本命がいたか。
しかし、何故大型クレーンといった重機なんだ?
私のその疑問はすぐにとけることとなる。
海軍のマップスが近づくと重機のアームから砲弾が飛び出したのだ。
動きを止めるために降下して近づいた海軍機は、相手が重機だと思って油断していたのか、粒子シールドの展開が遅れ、砲弾のエネルギー変換が間に合わず、脚部の装甲が少し凹んだ。
もう少し遅ければ脚部のブースト機能に異常が出るダメージを受けていたかもしれなかったが、落ち着いて状況の報告をいれてくれた。
さすが、毛利大佐の部隊だ。立ち直りが早い。
「重機の装甲がパージされて、中から装甲車や戦車が出てきました。近くに重機がある場合十分に気をつけてください!」
やられた。昨日探し回っても見つからない訳だ。
完全に偽装されていたらしい。
サナの言っていた駆動音の違いの原因が判明した。なるほど、積み荷の偽装だけではなく、戦闘車両を他の外装で隠すという、二つの方法で偽装されていたということか!
となると、建設ラッシュで地上や地下のそこら中に重機があるこの状況、非常にまずい。
どれが本物か偽物か分からないのだ。
「こちら陸軍の徳川だ。郊外の方にも偽装車両が出現した。現在交戦中。援護に向かうには時間がかかる。緊急事態だ。他の所からも応援を出して貰うぞ!」
「了解。他の基地に援軍を要請します」
しかし、援軍を要請するという目論見は完全に外れてしまう。
軍本部に連絡を取ろうとするのとほぼ同時に緊急通信が入る。
「ヤポネ領海付近に所属不明の大型艦船が多数出現! 各基地はこれに対処せよ」
よりにもよってこのタイミングとは出来すぎている。
やはり艦船消失の事件はテロリスト達が仕組んだ事件だったか。
「こっちは2方面指揮か、状況判断能力が落ちるかもしれん。いざという時は頼むぞ坂本大佐」
海軍である毛利大佐は不審艦船の対処まで始めなくてはならなくなった。
完全に戦闘状態に突入した中で、大部隊の援護が期待出来ない状況になってしまった上に、ベテランの アドバイスも期待出来ない。
条件がどんどん悪くなっていく。
少しでも改善が無いかと市民の避難状況の確認をとる。
「市民の避難状況はどうなっていますか?」
「まだ済んでおらん! 予想以上に混乱しておるせいで思ったように避難が進まない! 公用車は見ての通り北側に進み始めたところだ。警察のマップス5機が護送するから、南の戦闘車両を頼むぞ!」
事前のブリーフィング通り真上からの狙撃のみか。仕方ないがやるしかない。
「了解しました。ビックハットよりガンドックおよびライン全機。敵戦闘車両を破壊しろ。敵の足は海軍が囮になって止めてくれている。確実に上空からの狙撃を当てろ!」
「了解。ガンドックエンゲージ」
「了解。ラインエンゲージ」
スナイパーを上に、その下に残りの機体が浮遊装甲を展開する陣形を組み、高度を3kmまで下げて攻撃を開始する。
「ガンドック5、狙撃を開始する。右の戦車をもらうぞ」
「ライン1、んじゃ左いくよ!」
「ライン3、では真ん中はいただきます。皆さん防御は任せます」
3機のスナイパーにより丁寧に狙って放たれた弾丸は見事に直撃を決め、一撃で戦闘車両を行動不能に陥らせた。
海軍機のパイロットが口笛でヒューという音を出し、感心する。
「やるじゃないの空軍さん。残りも決めちゃってよ」
「そのまま敵を足止めしておいてくれたら、もっとサービスし・て・あ・げ・る」
海軍機の要請にノリノリで答えるライン1がそのまま残りの2台を狙撃で撃破する。
「これで、一段落かしら?」
無事に敵を撃破してご満悦なライン1に先輩であるガンドック1が注意を促す。
「油断するなライン1。まだ終わりだと決まってはいないぞ」
「ってかさ、みんな。今回の敵さんの動きって大佐が模擬戦の時にやったのと似てると思わね?」
ガンドック4が現場の空気から状況を読み取る力をいつの間にか身につけたのか?
この前の訓練が良い教訓になったらしい。
「どういうことよ?」
「いやさ、模擬戦でやった大佐の作戦って、囮を使って相手を動かして、分断するってのが基本だったじゃん? 何か今回同じように釣られている気がするんだが、気のせい?」
「あんたの口からそんな言葉が出てくるなんて、さっきの携行食糧腐ってたんじゃない?」
ガンドック2が驚いた声でさらっと酷いことを言っている。
そんなに驚くようなことだったのか……。
しかし、ガンドック4の考えには同意せざるをえない。
恐らくまだ何かある。
「一応俺も傷つく時は傷つくんだぜ?」
昼とは立場が逆になっている。本当に仲が良いのか悪いのか……。
「こちらホークアイ。どうやらそのバカの言う通りだ。全方位から10台ずつ出現した重機か外装をパージ! 首脳の避難経路が北東のポイントブラボーに変更されました」
首脳が目的だとしたら、確かに南側に集められてしまっているので、ガンドック4が言った通りまんまと釣られてしまったことになる。
どうにかこの状況を打開しなくては!
「市民の避難はまだですか?」
「南側は終わった! 東西もほぼ終わっている。北地区商業区で人が多いせいでもう少しかかる!」
予想以上に時間がかかるな。パニックになって仕方ないとは分かっているが、もどかしい! いや、焦るな落ち着け。
頭をかきながら一旦深呼吸をして気を落ち着かせる。
「毛利大佐。南側の敵は任せます!」
「了解。北側をしっかり片付けてくれ」
北部以外は市民の避難がほぼ終わっているため、車両も警察の方で対処が出来る。その代わりにこちらは北に集中し首脳を護衛する作戦だ。
「ビックハットより全機! 北側の敵を叩くぞ! 公用車に敵を近づけるな!」
「「了解」」
陣形を維持しながら北側の敵車両部隊に近づいていく。
「橘、公用車が待避ポイントに着くまで、後どれくらいかかる?」
「推測時間は八分です」
「全機聞こえたか? 八分間敵の足を止めるか、八分以内に敵を撃破しろ」
「旧式兵器の戦闘車両なんてちょちょいのちょいよ! 40秒で片付けてやるわ!」
頼もしい返事だ。がんばれ。敵の撃破に関して私は応援することしか出来ない。
「北東地区より重機出現! 繰り返す、北東地区より重機出現!」
よりにもよって、近くまで来たこのタイミングか!
敵の出現により、橘から公用車の目的地変更が告げられる。
「敵部隊の出現によって、ポイント変更。北西地区のポイントHに進路を変更しました」
確かにまだ敵が出現していないポイントだが罠の可能性が高い。
しかし、進路変更があるなら、今北にいる装甲車部隊は速やかに排除しなければならなくなった。
「北東の戦闘車両は警察の部隊に任せて、そのまま目の前の敵を撃破しろ!」
「了解。右3機を落とす。残りは任せる」
「僕は左3機を狙います」
「んじゃ、私は今回も真ん中ね。最後の一機は早い者勝ちで」
スナイパー3機が狙いをつけ始める。
ただ、今回は下でターゲットを集めてくれる味方機がいないので、対空攻撃で反撃されている。
しかし、所詮旧世代兵器の攻撃だ。油断さえしなければ容易く防御出来る。
それに、ガンドックは浮遊装甲による防御が得意だ。落とされる心配はほぼ無い。
「マップスを甘く見ないで。今時戦車で対抗は無理。5早く決めちゃってね」
「3油断するなよ? 君が落とされては意味が無い。ただ、攻撃は任せておけ」
浮遊装甲を敵に向けて防御する。普通に回避しても良いのだが、今はスナイパー3機に集中してもらうためにわざと浮遊装甲を当てに行く。
おかげでスナイパー達は一撃必中で狙撃を次々に当てていく。
「5さすが」
「ふむ、こちらの勝ちか」
ガンドック5が最初に3機を撃破し、最後の1機を破壊する。
「あー、負けちゃったか」
「いや、ライン1もガンドック5も、そこ競争するとこじゃない……」
これで、移動経路上の敵がなくなった。
「よし、そのまま車両を挟むように部隊を分散する。前方にガンドック小隊、後方にライン小隊で護衛につけ」
「「了解」」
目的ポイントまで残り5分。
敵影は今のところなし。
このまま行けば護衛ミッションは完了だ。
しかし、今回のテロリスト達は実に手強かった。
「ホークアイより、全軍へ! ポイントH近辺に大型トレーラー5台を確認!」
ここに来て援軍だと!?
まさか北東に出現した部隊までおとりだと言うのか?
「不審大型トレーラーの後部が開いて……マップスです! 中からマップスが出てきました! 数は……10!」
しかも、よりにもよって大本命のマップス部隊か。
「ビックハットよりガンドック小隊へ! 避難完了の知らせがまだ入っていない! 首脳の公用車を守るためにはやむを得ない。敵部隊を何とか上空に引き摺りあげろ!」
「了解! ガンドック小隊フォーメーション(クロウ)! 攻撃は近接格闘のみだ!」
「ガンドック2了解。みんな気をつけてね!」
「ガンドック3了解。誰もやらせない」
「ガンドック4了解。派手にいくぜ!」
「ガンドック5了解。ついていきます」
隊員の応答に対してガンドック1が力強いかけ声を発する。
「行くぞ!」
そのかけ声に応じて、ガンドック全機が背部ブースターの出力をあげて一気に降下を始めた。
「ライン小隊はガンドック小隊が引き摺りあげきれなかった敵を抑えろ! 敵マップスを公用車に近づけさせるな!」
「了解! みんなタイミングは私に合わせて!」
「ライン2了解。突っ込むタイミングは任せるぜ」
「ライン3了解。僕はあまり近距離戦って得意じゃないんだけどなあ!」
「ライン4了解。ライン3の分まで働いてあげるから安心して」
「ライン5了解。そういうことだ。いつもの恩返しってやつだな」
「んじゃま、ライン小隊の初仕事に撃墜記録を作って、小隊の名前に泊をつけるわよ? レッツゴー」
タイミングをずらしながら、ガンドック小隊に続いてライン小隊も降下を始める。
ガンドック全機が最大スピードで降下しながら近接武器で敵マップスに攻撃をしかける。
衝突による激しい金属音が鳴り響き、爆発音が聞こえた。
どうやら初撃は、それぞれの機体が浮遊装甲を肩にマウントし、その面から敵に体当たりをぶつけて、近距離武器で攻撃を繰り出したようだ。
刃が長い粒子ブレードを使っているガンドック1が敵マップスの腕を一本切り落とすことに成功し、残りの隊員も粒子ダガーで装甲を切り裂いて、ダメージを与えることに成功している。
そして、追撃をいれずに即高度を上げるために脚部ブースターを最大まで出力を上げて上昇し、敵からの反撃の回避と空中戦への招待を行った。
招待に応じたのは攻撃を受けなかった5機で、射撃を行いながらガンドック小隊を追いかけて空中にあがっていった。
公用車を拿捕もしくは破壊するのには損害がある機体に任せても問題ないという判断だろう。
だが、甘い!
「ライン小隊! 敵はある程度ダメージを既に受けている。何とか空中戦に持ち込んで破壊しろ!」
「「了解」」
さすがに二度目の奇襲は準備が出来ていたためか、攻撃は全て浮遊装甲で防がれてしまった。デッドコピーだけあって性能はほぼ一緒だ。
ここからはパイロットの技量にかかっている。
ガンドック小隊と同じように即高度を上げて空中戦に持ち込もうとするが、敵はなかなか高度を上げてくれなかった。
あくまで、狙いは公用車ってことか。さて、どうする。
「陸軍より全軍へ! こっちも敵がマップスを出してきた! 援軍はやはり出せそうに無い」
陸軍からの援護はやはり期待薄のままだ。
「もう少しで戦闘車両の片がつく。それまで持ちこたえてくれ」
海軍と警察からの援護はもう少しかかる。
「橘目的ポイントまで後何分だ?」
「残り3分です!」
高度を上げずに公用車を狙われている。ということはだ……。
「ビックハットよりライン3! 君は近距離戦闘が苦手だな?」
「は、はい!」
「公用車をマップスで直接ポイントまで運べ。その間、ライン小隊は4機で敵の動きを封じろ!」
「無茶言いますねー大佐。数が不利な状況でVIPの護衛付きですか?」
ライン1の言うとおり、無茶な話だ。だが、これが一番安全に護送出来る方法だ。
「悪いが冗談を言える状況じゃ無いのでな。本気だ」
「了解。ライン小隊、ライン3を全力で守るよ!」
それぞれの小隊が遂に1対1まで分散させられてしまった。
デビュー戦にしては随分と苦労するシチュエーションだ……。
胃が少し痛くなってきた気がする。
4月26日1545