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鋼鉄の指揮官(ハガネノシキカン)  作者: 黒縁眼鏡
第一部ヤポネ動乱編
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第九章「訓練生卒業」

第九章「訓練生卒業」


  翌日、菱田重工からの納品予定書の確認をとっていたら宮野大将から極秘回線を使った通信が入った。

「おう! 坂本元気にやってるか?」

「相変わらず極秘回線で発せられる挨拶じゃないてすね」

 いつものことなので、最近はそこについてはあまり気にならなくなってきたが、他の所に連絡する時はどうしているのだろうかこの人は。

「細かいことは気にするな。で、ここで早速質問だ」

 宮野大将が言いたいことは予想出来ているので、こちらから先に言って遮ろうとしたが、少し遅れて同じタイミングで声が被ることになってしまった。

「「松平のところには行ったか?」」「ですよね?」

 私が声を被せたことに宮野大将は一瞬驚いて、笑い始めた。

「その調子だと、ちゃんとやれたみたいだな?」

「もちろんですよ。輸送品の偽装も発注書や納品書などの書類も偽造してきました」

 もし、昨日行ってなかったら大変なことになっていたな。行かなかったら、どれだけどやされていたことか。

「なんだ。せっかく教育的指導でもしてやろうかと思ったのだが、うまくやりおったか」

 嫌みに近いことを言ってはいるが声は嬉しそうだ。

 こちらも自慢気味に精一杯の演技がかった声で攻撃をする。

「ふふ、男子三日会わざれば刮目してみよ。って所でしょうかね」

「言うようになったな。まだケツの青いひよっこ大佐め」

 その反撃に冗談のカウンターを合わせる。今日こそは負けませんよ。

「ケツが青くてひよっこでも、あなたの弟子ですからね。そこらの親鳥くらいは軽く超えていますよ?」

「フハハハ、本当に言うようになったな。まっ、後はそれをちゃんと他のお偉いさんの前で言えれば一人前だ。ではそろそろ本題に入るか」

 まだそんな事を他の人たちの前で言える度胸は持っていないなぁ……今回もちょっと負けたか。

 いつも通りの宮野大将との愉快な問答が終わり、本気になった声で本題に入る。

「で、今回はどんな悪いニュースを持ってきたんですか?」

 わざわざ極秘回線を使っているんだ。基本的に悪いニュースのやりとりが多い。ごくまれにからかうためだけに使われることもあるんだが……さすがに国境資源会議が近い緊迫した時にそんなことをする人では無い。

「悪いニュースとは断定出来ないが、多分悪いニュースになるかもしれん」

 いつもの歯切れの良さが無い。まだ確定していない情報なのだろうか。

「諜報部からの知らせだが、廃棄予定で放置されている大型艦船が行方不明になっている事件を知っているか? 1年ほど前から何度かあったが、最近増えているらしいぞ」

 全く聞いたことが無い。素直にここは話を聞きだすことにする。

「いえ、初耳です。廃棄されるような艦船が行方不明になることが問題になるのですか? 資源回収が出来なくて困るという話ではないですよね?」

「もちろんだ。ちなみに廃棄艦船が行方不明になっている事件は我が国では無いぞ? ヤポネから海を隔てて東の方にある石油産出国の数カ国だ」

 そんなことになっているとは知らなかった。しかし、石油産出国となると少しきな臭くなってきた。

「なるほど。ヤポネを標的とした多くの団体が潜んでいる所ですか。確かにそれは悪いニュースかもしれませんね」

「ただな、分からないのが無くなっているのが軍艦ではなく、大型のタンカーや旅客船なのだよ。潜入中の工作員によると、廃棄にも金がかかるから、無くなったことに対しては元所有者達も大喜びしているそうだ。だが、どうにも変だと思わないか?」

 廃棄艦船を資源として各部品をばらして販売すれば、そこそこの活動資金にはなるのだが、心配しているのはそれではないだろう。

「戦闘力自体はない艦船ばかりですね。共通しているのは……先ほどからの説明だと大きいということだけですか?」

「その通りだ。小型艦船には手がつけられていないらしい。多少の札束になるとは言え、大金に手を出して小金は取らない連中という訳ではあるまい? むしろ金目当てなら盗みやすい小型艦船の方が安全なはずだ。わざわざ大型の艦船を盗めば、それだけ目立ちやすくなる。何か臭う気がするんだが……」

 なるほど。宮野大将の歯切れが悪い訳だ。事件を解くための情報が足りていない。

「確かに悪いニュースといえば悪いニュースですが、これではどうすれば良いか分からないですね。宮野大将が言うように何か裏がありそうと言えばありそうですが」

「だから言ったろ? 断定ができんとな。だからこそだ、頭の隅にしっかり置いておけ。こういう時期だ。警戒し過ぎてし過ぎることはない」

 宮野大将の言う通りだ。寡兵で勝利するには相手の油断を突かなくてはならない。

 少数の敵でも、全く意識してない方法で攻められると、対処までに時間がかかり、甚大な被害を受けてしまうことが十分にありえる。

 まして、それが大部隊なら尚更だ。

「了解しました。情報感謝します」

「こっちでも色々調べておくが、何か思いついたらすぐに連絡しろ。こんなもんの予測は当たらない方が良いんだがな。矛盾しているかもしれんが、我が輩や君の考えが、外れることを期待しているよ」

宮野大将の少し不安な声というのも珍しい。それだけ困惑しているのだろう。

「んじゃ、通信終了だ。またな」

「失礼します」

 宮野大将との通信も終わり、書類仕事の続きを片付けることにする。午後に菱田重工からの第一便が到着するはずだ。今日は迂回路でやってきた第二世代型の試験用装備なので、オヤジさんを始め整備班は大変だろう。

 時計を見ると10時30分を表示していた。予定を見るとこの日は候補生達の基礎戦略行動が11時から入っている。

 大層な名前がついているが、実際のところは指揮官の命令に合わせて動くことが出来るかの訓練だ。

 非常に基礎的な物だが、他の基地に引き渡す卒業前に、どうしても確認しなくてはならない。

 そんな基礎も出来ないのであれば、せっかく育てたパイロットが犬死にしてしまうからだ。

 後退すべきに後退し、前進すべきに前進する。

 指揮による前進の結果、部下が死ぬこともあるだろう。ただ、それがしっかりとした作戦ならば犬死にではない。残念ながら名誉の戦死というしかない。

 しかし、作戦の流れに反して死なれてしまっては、まさしく犬死にだ。勝利のために立てられた計略全てが無意味な物となってしまう。

 だからこそ、この基礎的な訓練が最後にある。

 死んだ理由を彼らのせいにしないためにも。いや、死なせないためにも、パイロット候補生達の教育を担っている一人として、指揮官の一人として、今日の訓練も手を抜くことは許されない。

 気合いを入れて最後の訓練を行うためにガレージに赴く。


 少し早めにガレージに着くと田口軍曹が既に待っていた。互いに敬礼をして挨拶をすませる。

「田口軍曹、今日で候補生達の訓練も最後か」

「肯定です。来月の頭には異動先が決まるのですよね?」

「そうだ。今日は3月20日か。早いものだな」

 一年に及ぶパイロット訓練が終わる。訓練のある日は賑やかだったガレージも次の候補生が入ってくるまで、少し静かになりそうだ。

「寂しくなるな軍曹」

「そうですね。ですが、それよりも嬉しさの方が強いです。彼らは立派に育ってくれました」

 少し鼻声になっているように聞こえた。これは後で泣き出すかもしれない。

「軍曹、私が小学校・中学校の頃、何故卒業式で教師は泣くのだろう? と不思議に思ったことがあるの だが、君を見ていてその疑問が解決しそうだ。君は実に良い教官だと思う」

 訓練過程の終了通知がなされる時に、我慢しないで泣いても良いように、先に予防線を張っておく。

 そんな私の予防線に軍曹は照れた笑いを返してくれている。

 やはり少しでも命を落とす可能性のある戦場よりも、教官として活躍してもらいたいと思う。彼にはもっと多くの者を育てて欲しい。以前考えていたことを今伝えるか。

「田口軍曹。前線に出るパイロットを止めて、本格的に教官としてやっていかないか? 君にはこれからも若いパイロットを育てていって欲しい」

「ほ……本気でおっしゃっていますか?」

 驚きのあまり上手く舌が回っていないし、軍曹が目を丸くしてこちらを見ている。相当驚いているようだ。

「本気だ。先ほどの言葉も含めて全て私の本心だ。引き受けてくれないか?」

 田口軍曹は少し考え込むように腕を組んで下を向いてしまった。

 私も田口軍曹の決断に息をのむ。

「分かりました。私でよろしければ、これから先も私の持てる全てを次の世代に伝えていきます」

「助かる。ありがとう」

 お礼の意味を込めて手を握る。彼と起こした恋騒ぎの時とは逆の構図だ。

 その時と心境が随分違って笑ってしまう。

「では軍曹。暫定教官最後の仕事だ。ともにがんばるとしよう」

「イエッサー」

 軍曹からはいつもより気合いの入った返事が返ってきた。


 訓練の時間になり、候補生達が集まってきた。田口軍曹の号令で候補生全員が気をつけの体勢から休めの体勢に変わった。

 そして、私の合図で最後の訓練が始まる。

「候補生の諸君。今まで一年よく頑張ってきた。なんと今年は候補生50人全てが脱落せずにこの最終訓練まで残っている。非常に喜ばしいことだ。ただ、最後まで気を抜くな。戦場ではちょっとした気の緩みが命取りだ」

 ここで一旦話すのを止めて、大きく息を吸い込み声量を大きくする。

「諸君らが死ぬこと無く、退官する最後の日まで生き延びる力を持っていることを今日! 今ここで! 私に示せ!」

「「サー! イエッサー!」」

 私の挨拶にとても声の大きい揃った良い返事が返ってきた。どうやら心配することは無さそうだ。

「では、軍曹。後は任せたぞ。私は一足先に司令室に向かう」

「了解しました。候補生諸君それぞれの機体に乗り込み合図を待て。よし、行ってこい!」

「サー! イエッサー!」

 田口軍曹の合図により候補生達は各々の機体に向かって走っていった。

 ガレージを後にして司令室に向かう。田口軍曹にはその間、機体の搭乗時間や準備時間などを計測してもらっている。


 司令室に到着すると橘をはじめとするオペレーターの準備が完了しているようだった。こちらも最終確認だ。

「みんな準備は出来ているか?」

「肯定です。いつでもどうぞ」

 目を閉じながら、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 クリアになった頭で、マイクを手に取り声を張り上げる。

「パイロット訓練過程、最終単位、基礎戦略訓練開始。全機出撃!」

 地上にあるガレージから候補生達の機体が次々に出てきては飛翔する。

 空に上がった機体が、5機1小隊制でそれぞれの小隊ごとに横並びのフォーメーションをとる。

 さすがに50機によるマップスの整列となると壮観だ。

 この後みっちり1時間。ひたすら私の号令に従って候補生が分散したり、合流したり、陣形をとることが続いた。

 長い時間をかけても彼らの行動精度はほとんど落ちなかった。本当に今年の新人は良いのが育った。


 田口軍曹が持ってきた待機状態にいたるまでの時間も規定範囲内だった。

 判定結果はもちろん合格だ。手元にある候補生達の資料に訓練過程終了の印を押す。この1年、実によく頑張ってくれた。

 帰還した候補生全員をホールに呼び出して、訓練課程修了の証明書と資料を手渡し、訓練課程修了の挨拶を行う。

「諸君、1年間の訓練過程をこれにて終了する。今から君たちはマップスの正規パイロットだ。これから多くの困難が君たちを待ち受けているかも知れない」

 私の頃とは違って、戦闘時に対マップス戦が多くなっている。一方的な戦闘はほとんど起こりえないだろう。だからこそ、彼らの覚悟を問う必要がある。

「その困難はこの1年間の訓練が可愛く思えてしまうことだろう。だが、忘れるな。君たちはこの国を守る力を手に入れた。君たちの力でその困難を取り除かなければ、力なき君たちの親、兄弟、友、恋人、全ての国民が君たち以上の悲しみを背負うことになる。君たちは彼らを守るためにどんな困難にも立ち向かう覚悟はあるか?」

 候補生50人が一斉に敬礼のポーズを取る

「「サー! イエッサー!」」

 気合いの入った声が部屋に響き渡る。この心構えを忘れないで欲しい。

「良い返事だ! 諸君、おめでとう」

 私が拍手をし始めると、教官役であった軍曹も拍手で続いてくれた。顔を見てみると涙が頬を伝っているように見える。

 指摘すると「汗です」と返されると予想できるので、あえてつっこまないでおく。

 そして、予想した通り感極まって涙を流してしまった軍曹を、新人パイロット達が取り囲みだして胴上げし始めた。何とも体育会系的なノリである。

 各々が憎まれ口を叩いてはいるものの、顔と声の調子は笑顔そのものだ。

 終わりよければ全て良しか、のど元過ぎればなんとやら。と言ったところだろうか。

 そんな野球リーグで優勝したチームのような光景を微笑ましく思いながら眺める。

 胴上げが終わると軍曹は袖で涙を拭いて、おそらく彼らの前ではしたことがないであろう満面の笑みを浮かべた。

「よし、お前ら! 今夜は俺のおごりだ! 精一杯楽しむぞ!」

 普段見ない顔で、普段発せられるはずの無い言葉が飛び出して、新人達はポカンとしたが、隣にいる者と確認をとりあってざわざわすると、誰かが叫び出した。

「イヤッホゥ! 今夜は飲みまくるぞ!」

 その叫びに続けて一斉に雄叫びが上がり始める。

 どうやらこの盛り上がりは当分収まりそうに無い。

 後は軍曹に任せて食事でもしてこよう。

 これは、今夜は大変なことになりそうだな。と軍曹の無事を祈りながら、独り言を呟いてその場を後にした。



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