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鋼鉄の指揮官(ハガネノシキカン)  作者: 黒縁眼鏡
第一部ヤポネ動乱編
13/31

第八章「ミヤト出張」

第八章「ミヤト出張」


  模擬戦の日から数日後、無事に宮野大将と話した作戦が正式に受理された。

 おかげで、菱田重工の技術者や開発機器類の受け入れ準備や細かい書類仕事に追われる日々を過ごすことになった。

 ちなみに、書類仕事の休憩中に聞いたことだが、ガンドックの吉田と高井の勝負は、吉田の勝ちだったそうだ。高井もかなり健闘したらしいが、経験の差が出たと言ったところだろう。

 そして昨日、ついに受け入れ体制が整ったので、今度はこちらから菱田重工に出向いて、最終チェックを行うことになった。

 メールで済ませば良いと思われるかもしれないが、色々と事情がある。

 正直に言えば、書類から逃げたかったというのが半分だが、搬送に関して少し気になることが出来たのだ。それを自分の目で確認がしたかった。

 キーナ市から首都のミヤトに直行する地下リニアに乗る。一時間に一本程度の間隔で運行しており、大体2時間30分程度で1300km離れた首都に着く。

 スピードはとても速いのだが、揺れや騒音も制御されているので非常に快適に居眠りが出来る。おかげで、居眠りから目が覚めたらミヤト中央駅到着だ。

 地下リニアの駅から地上に出ると、少しやせ気味の体型で、ヨレヨレの白衣を着たぼさぼさ頭の眼鏡をかけた男が待っていた。

 何と松平が迎えに来てくれていたのだ。

 今日は周りの目もないし、現役時代と同じように砕けて喋られる。

「松平じゃないか。仕事中じゃないのか?」

「もっさんを迎えに来るのも仕事のうちだよ。他のやつにもっさんは任せられないさ」

 ちょっとおちゃらけた声だったので、言っていることは冗談だと分かったが、彼の目から気をつけろという合図が送られている。彼の冗談にあわせるか。

「で、私は君の長話につき合わされる訳だな? また例の惚れた女の話か?」

「ちょっとー、もっさんそんな大っぴらに人の恋路について喋るのは酷くない?」

 特に周りに怪しい人間はいなかったと思うのだが、この反応はやはり何かに警戒をしている。

 普段の彼なら、ここで延々とマップスの魅力について語ってくれるはずだ。

「すまん、少しデリカシーにかけたな。では失礼する」

 車に乗り込んで電源が入った時に、松平の表情がほっとしたものに変わった。

「さすが、もっさんだね。こっちの意図がちゃんと伝わったみたいで良かった。さすが僕達の元隊長だね」

「おいおい、良いのか? 盗聴器はついてないだろうな?」

 いきなり警戒をとかれたので、少し不安になってしまった。

「大丈夫大丈夫、僕を誰だと思ってるの? 車に小型ジャマーをつけるのは当然だよ?」

 携帯端末を見ると確かに電波が入っていなかった。確かに元々狙われやすい立場にいる人間だったな。

「で、ここまでやってるということは、やはりあれか?」

「本当に周りにいるかどうかは置いておいて、警戒しろ。って宮っちが言うからさー。こっちも意外と大変だよ?」

 宮野大将が気に入っているから良いものの、軍のトップをニックネームで呼べるお前はすごい奴だよ。

「で、その宮野大将からの件についてなんだが、今第三世代フレームはどうなっている?」

 とりあえず、話がそれないうちに本題に入る。

「後は服を着せたり、おめかししたりの微調整で試験可能ってとこだね。近い内に全部そっちに持ってく手はずだから、今急いでやってるよ」

 状況は把握出来た。わざわざ出向いた甲斐があったようだ。

「松平、一つ頼みがある。こちらに搬入する時に、第三世代フレームは全て第二世代型の装甲をつけてくれ」

 松平は何かに驚いて、勝手に一人で「へぇー」と納得しはじめた。

「どうした? 勝手に一人で自己完結して」

「いやね、宮っちにさ、もっさんが会いに来たら着せ替えの話をするから準備しとけ。って言われたんだよね。まさかその通りになるとは。ちなみに服を着せる段階になっても、もっさんから何も無ければ我が輩に連絡しろ。とも言われたよ」

 宮野大将も気付いたのか。先を越されたのと試されているのが少し悔しい。

「スパイに第三世代フレームがうちに運ばれるのを気付かれるとまずいからな。第二世代型マップスの搬入という形で偽装したい」

「なるほどね。任せて。すぐやっておくよ。ついでに発注書も作っておこうか」

 話が早くて助かる。これで心配事が一つ減った。

「ハリボテの方はどうなってる?」

「それはもうどっちのハリボテもバッチリだよ。僕から見ても両方本物にしか見えないからね。まぁ、そのまんま同じ装甲材使ってるから当然なんだけどさ」

 なるほど。そっちの方も順調のようだな。これで、菱田重工関連の作戦はこれで安心だ。第三世代フレームが開発されている工場につくまでは適当に雑談をしておこう。

「で、松平。さっきの冗談の続きなんだが」

 凄く楽しそうにこっちに振り向いた。危ないから前を向いておけと注意して冗談の続きを聞かせる。

「相変わらず、女性には興味無しと言ったところか?」

「ハハッ、もっさんは冗談がうまいねぇ。たくさんの愛する娘がいる僕だよ? 興味がない訳がないじゃないか」

 おそらくこっちの意図が多少分かっているせいだろう。語尾がめちゃくちゃになっている。

「動揺して語尾がおかしくなってるぞ。いや、君に子供がいたら、親子そろって20年後くらいにとんでもないマップスを開発しそうだと思ってな」

 そんな私の考えに松平は口をとがらせて文句で返してくる。

「ひどいなーもっさん。まぁ僕のことが分かる人なら良いんだけど、そんな人は本当の意味で、ほとんどいないんだよねぇ……」

 確かに松平は特殊すぎる性癖を持っている。でも、だからこそ、今の発言を聞くと悲しいと感じてしまう。

 世界の軍事バランスをひっくり返すとはいかないまでも、バランスを大きく変えられてしまう頭脳の持ち主だ。その頭脳を欲しがっている人間はゴロゴロといる。しかも、大抵ろくでも無い奴らが興味を持っているのが問題だ。

 昔、サナも松平は無理をしていると言っていたことがあった。

最初の方は、あくまで自分の作品の自慢のようなものだったが、途中からある意味の自己防衛のために発展させた特殊性癖なのかもしれない。

 以前、FTE技術の資料が研究者から漏れたという事件もあったのだが、この妄言癖とも言えるマップスに対する接し方で、ハニートラップをはじめとする数々の情報漏洩の危機を回避しているそうだ。おかげで最近少し人間不信気味らしい。

「お前の場合は、そんなやつが現れたら大抵スパイの類なんだろうな……」

「もっさん相手だから言うけど、なんとまあ、悲しいことにそうなっちゃうんだよねぇ……」

 自覚症状はどうやらあるようだ。何とかしてやりたいと思うが、解決策がすぐには思いつかない。少し情けないが、急な訪問でも、何とか時間を空けてくれたサナに今夜相談してみよう。

 ただ、それでもだ。今落ち込んでいる彼は、元同僚で、戦友であり、大切な一人の友人だ。

 そんな彼を元気づけるためには、多少のハッタリくらいかましても問題は無いはずだ。

「そのうち、何とかしてやる。だから、もう少し苦労をかけることになる。すまない」

 松平はすてきな笑顔をしながら冗談を含めて頷いてくれた。

「ありがと。やっぱりもっさんは頼りになるね。特に僕はホモという訳じゃないんだけど、ちょっとかっこよすぎて、惚れちゃいそうだよ?」

 うれしさと悲しさと何かにすがりたいような切なさが混じった複雑な声だった。そんな声でこんな冗談を言ったのだ。これはおそらく彼の精一杯の強がりだろう。

 だからこそ、その強がりに応えて自信満々に笑って冗談で返そう。

「おっと、大変魅力的な誘いだが、サナに怒られるのは怖いので止めてくれ。あいつ相手に隠し事は私でも出来ないからな」

 二人で吹き出して大笑いしてしまう。

 工場につくまで1時間ほど笑い話が尽きることは無かった。


「今のところ、こんな感じ」

 端末のモニターを見ると調整中の第三世代フレームが映っていた。

 なるほど、確かにまだフレームだ。装甲やブースターなどのパーツがまだ装着されていない。偽装するにはギリギリのタイミングだった。

「なるほど。んじゃ、後は手はず通り任せれば良いんだな?」

「そうだね。任せておいてよ。んでこっちがハリボテの方」

 確かにこれは第二世代型とは違って見えるな。

 形としては流線型を主体にした航空機のようなフォルムだ。

「ずいぶんと航空機に似たデザインになったな」

「流線型のデザインもかっこいいかな? って思って。試験段階だから正式に採用するかは、何とも言えないけど、他にも色々あるからキーナ基地で試して良い?」

「別にかまわないが、会議が終わるまでは外装をごまかして欲しいところだな」

「ちぇ、仕方ないか」

 少し残念そうに舌打ちをされた。そんな残念だったのか。


 その後は、搬入予定のパーツや武装のチェックを行って受け入れリストを書いた。もちろん第三世代用のパーツも含まれているのだが、全て第二世代型用として書いている。木を隠すなら森に隠せといったところか。

 リストを見ると普通に注文したら恐ろしい額になる量だ。緊急事態の作戦だからこそ出来ることである。

「搬送方法は輸送機で間違いないな?」

「そうだね。1機には全部積めないから、5機に分散して積んで、宮っちが指定した空路を通ってそっちに運ぶよ」

 バラバラに輸送機が飛び、各基地に少量の配達をしながら、最終的にキーナ空軍基地に本命を届ける作戦となっている。

「よし、これで搬入の方も何とか目処がついたな」

「そうだね。僕はまだ仕事があるけど、もっさんはこの後どうすんの?」

 時計を見ると既に5時を回っていた。確か待ち合わせは6時30分にミヤト中央駅だ。そろそろ送って貰うことにしよう。

「そろそろ帰るとするよ。まだこの時間なら中央駅行きのバスがあるだろ? それを使うさ」

「そっか。んで、その後デート?」

 予定を完全に当てられて驚いてしまった。ただ、この前宮野大将にやれたばかりだ。動揺はしない。代わりにおちゃらけてみせる。

「お前も超能力に目覚めたのか。……なんてな。宮野大将の入れ知恵か?」

「本当に宮っちはもっさんのことを、もっさんは宮っちの事が分かってるんだねぇ……。あいつが帰り際に時計を確認したらデートだろ? って言ってみろ。面白い反応するぞ。って言ってたからやってみたんだけど。確かに変なリアクション返された」

 そこまで計算済みだったか……思わず右手で頭をかいてしまう。

「今回も宮野大将が一枚上手だったか……」

「あはは、どうやらそうみたいだね。んじゃまた今度キーナ基地でね。さっちんにもよろしく」

「あぁ、楽しみに待っている。またな」

 中央駅に時間より少し早く着いてしまったので、のんびりと町の風景を観察していた。バスに乗っているときに気付いたのだが、工事用の大型トラックが良く通っている気がする。

 そういえば、前にニュースで地価が高騰しているとか言っていたな。建設ラッシュでもまた来ているのだろうか?

 ニュータウンにマイホームを建てよう。といった広告も流されている。景気が良くて結構なことだ。

私の給料ももう少し増えないかな? と考えていると。

「お待たせ。ごめんね。結構待たしちゃった?」

 後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。どうやらサナも着いたようだ。振り返ると走ってきたからか、肩で息をしている。

「大丈夫。久しぶりのミヤトだから町を見ているだけで良い時間つぶしになったよ。それに約束の時間にはぴったりだ。サナの方こそ大丈夫か? 息が切れてるようにみえるが……」

 私の心配に笑顔で大丈夫と返してくれる。

「近くのお店を予約してあるから、早速行こうよ」

 確かに今日はあまり時間の余裕が無いし、まだ少し寒い。早めにレストランに向かう方が良いだろう。

「分かった。案内よろしく」

 うん。と短く答えてサナはこちらに手を差しのばしてきた。

 少し顔が熱くなるが、恥ずかしがっている場合ではないな。男の尊厳がかかっている。照れ隠しのほほをかくのを必死に抑えて、彼女の手をとった。

 柔らかくて暖かい。少し心臓の鼓動が速くなるのを感じる。

 田口軍曹のことが笑えないな。と内心で苦笑いをしてしまった。

「どうしたの?」

 本当に宮野大将なみか、それ以上に私のことがよく分かる。

「いや、なんでもないよ。ちょっと思い出し笑いをしてしまっただけだ」

 別に嘘じゃ無い。嘘をつく必要も無いが、照れくさかったのでごまかしたかっただけだ。

 3分ほど歩くと彼女が予約した店に到着した。

「ここは初めて来るな。どういう店なんだ?」

「最近出来たお店だよ。何か各国の名物料理を集めてるんだって。キャッチフレーズは確か、(卓上のぷち旅行)だったかな? 面白そうでしょ?」

 なるほど、面白そうだ。外の看板を見ると確かにいろいろなメニューが書いてある。久しぶりに基地の食堂以外の外食となるので、自ずと期待が高まる。

「確かにこれは何があるか楽しみだな」

 扉を開けて中に入ると、いろいろな香りがした。

 肉を焼く香ばしい香りや、ニンニクを炒めた香り、ハーブ類のさわやかな香りに、甘い果物やトマト等の野菜の香りもする。棚にはインテリアとして各国の変わった食材が飾られて、何ともカオスな空間になっている。確かに各国の名物料理を色々集めていると宣伝するだけはある。

 店員が予約席に案内してくれて、二人が向かい合わせになる形で席に着く。

 二人ともが店長のおすすめディナーを注文して雑談を始めた。

「店の中は暖かいな。こっちは3月だとまだ少し寒いんだな」

「キーナ市は年中暖かいから羨ましいよ。私もそっち勤務が良かったなー」

「中央司令部勤務ってのは十分すごいことなんだけどな。あそこはエリートしかとらない所だったはず」

 もしくは、何か一芸に優れている者か。彼女の場合はそう。

「私はやっぱり耳の良さでとられたんだろうね。昔は変わった子に見られるからあんまり好きじゃ無かったんだけど」

 耳の良さと勘の良さで不思議な子扱いされても仕方ないだろう。何を考えているか、隠し事があるとか、そういうのがほとんど見抜かれるのだ。普通の人にとってみれば最初は面白いと思うかもしれないが、積み重ねられると怖くなる。そのためか小さい頃は、良く人に避けられて友達が少なかったとか。

「最初に会った時は隠していたからな。部隊メンバーとのことで相談を持ちかけたら、やけに勘が良くて まさかとは思ったけど、その通りだったと知った時は少し驚いたよ」

「いきなり大まじめな顔をして(君には人の心を読む力があるのか?)って聞いてくるんだもん。隠してるつもりだったのにびっくりしちゃった」

 軽く笑いながら昔を思い出しているようだ。その声に悲しさの響きはなかったので安心する。

「今考えるとデリカシーが無かったかもな」

「ううん、おかげでこうやっていられるんだし。ありがとう」

 満面の笑みに思わず照れてしまい頬をかいてしまう。

「龍ちゃんの恥ずかしくなると頬かく癖治らないね」

 楽しそうに笑われてしまった。宮野大将もそうだが、私はサナにも勝てる気がしない。話がそれてしまったがサナがまた話題をもとに戻した。

「声の調子と表情で何となく分かるって言ったら、その後何度も教えてくれ! って頼み込んで来るんだもん。それはもう本当に驚いたよ? 小さい頃はみんな気味が悪いって言うから隠してたのに、龍ちゃんだけは、バレた後も一緒にいた間ずっと怖がらなかった。それに今もこんな私を好きでいてくれる。本当にありがと」

 サナはこんなことを言ってて恥ずかしくならないのだろうか? 彼女から教えられた声の調子や表情を読みとく方法からは、特にそんな様子は感じられない……こちらが恥ずかしくて気づけないだけかもしれないけど。

「そこまで言われると、さすがに、その何だ? ……照れるな」

「いつもは気を張ってるんだから、こんな時くらいは遠慮無く照れちゃいなよー。それにそんな龍ちゃんはかわいいよ?」

 ちょっとからかわれているが、悪い気はしない。同じからかいでも宮野大将からのからかいよりも遙かにかわいげがあって良いし、そして何よりも自分に向けられた分かりやすい好意だ。それを悪いと思うはずが無い。

 しばし、料理が来るまでそんなお喋りを楽しんだ。

 料理が来て話が一旦途切れたので、いつ切り出すか悩んでいた松平のことについて、相談にのってもらうことを決心した。せっかくの食事の時間で申し訳ないが、少し相談事に時間を貰おう。

「サナ、急ですまないが相談がある」

 突然の頼みにも関わらずサナは快く受け入れてくれた。

「うん、いつくるかなー? って待ってたよ。龍ちゃん今日は松平さんの所に行ったから、きっとそのことだよね?」

 サナの言った通りだったので、頷いて正解だ。と返す。

「少し松平が人間不信気味でな。何というか彼が特殊すぎるせいなんだが」

 彼女なら言いふらすことはしないので、今日の松平との話を説明する。

「そっかー。何か少し前から無理してる気がしてたんだけど、そんな事情があったんだね」

「どうにかしてやりたいとは思っているんだが、なかなか解決策が思いつかなくてね。サナの力が借りたい」

 頭を下げて頼むと、サナの方が慌てて頭を上げるように言ってきた。

「もう、龍ちゃんの頼みならそこまでしなくても断らないよ? それに松平さんのためだしね。そうだなぁ、んじゃいくつか確認しながら考えてみよっか」

 本当にこの子には助けられる。

「きっとそういうスパイの人たちって段々と親密になっていくもんだよね?」

「過程はともかく、親密になって秘密を聞き出すのが基本的な手口だな」

「それじゃあ、最初の接触はどうするんだろ?」

 スパイと情報源との最初の接点か。

「うーん、あいつはパーティに参加する奴じゃないしな」

「学会とかシンポジウムとかには参加してるって聞いたことあるから、それじゃないかな。それだったら、同じ研究をしているんですよ。って感じで話しかけやすくない?」

それだと確かに同じ思考を持つ人間として偽れるから、近づきやすいか。

「なるほど。確かにあってもおかしくはない。基本的に学会やシンポジウムはオープンな物が多いからな」

「でしょ? となると、多分松平さんはそういう所で新しい出会いを求めちゃうと、その気持ちにつけ込まれるってことだね」

 そう。だからこそ、彼が特殊な妄言癖を身につけてしまった。

「となるとさ、すごく簡単な答えになっちゃうんだけど、良い?」

 何か思いついたのだろうか? 少し心配そうな顔をしているが大丈夫だ。今は少しでも解決策のヒントが欲しい。

「かまわない。教えてくれ」

「うんとね、私達が自分のよく知っている人を紹介すれば良いと思うんだ」

 少しぽかんとしてしまった。あぁ、なるほど。そんな簡単なことで良かったのか。

「相談して良かった。ありがとう」

 思わず頭を下げてしまった。

「え? こんなんで本当に良いの? 龍ちゃんなら思いついてる。って思ったよ」

 少し驚いたように手をぱたぱた振っている。そう、こんなのできっと良いはずだ。完全に素の状態まで侵し始めた彼の特殊性癖に合わせられるかどうかは別にして、少なくとも私達の知り合いでスパイをやっている人間はいない。

 というか、いたら国家の国防上大問題だ。あぁ、何でこんなことに気付かなかったのだろう。

「ちょっと気合い入れすぎて考え過ぎちゃったのかな?」

 恥ずかしいことにまさにその言葉の通りだった。

 私は近づいて来る人間を手当たり次第に嘘発見器で検証していくとか考えていたのだ。

「残念ながら、そうみたいだ。軍の作戦指揮官が聞いてあきれるな」

 自嘲気味に笑いながら答えると、逆にはにかんだ笑顔を返された。

「大丈夫。だってちゃんと自分では分からないから私に相談したんでしょ? 指揮官だって人間だもん。分からないことはあるよ。大事なのは分からないことを、分からないまま進めるんじゃなくて、誰かに相談してでも物事を解決しようとすることだよ。ね?」

 そしてはにかんだ笑顔のまま頭を撫でられる。それに対して、また頬をかく癖が出てしまった。

 そんな私の様子にクスクスと笑いながら、サナが今回の相談に評価を下してくれた。

「大変よく出来ました。松平さんのためにもがんばろうね龍ちゃん」

 やっぱり君と一緒にいれて良かった。2年前の私よ。良く勇気をふりしぼって告白した。

 続けて出された食事も絶品で、最終電車の時刻まで楽しいお喋りの時間が続いた。

 終電のために9時頃に店を出たのだが、この時間になってもトラックが走っている。随分遅くまでご苦労様だ。

「気のせいかも知れないが、大型トラックがかなり走ってないか?」

「そうだね。ここ数ヶ月本当に多いよ。市内も郊外も凄い勢いで工事してるね。場所がなさ過ぎて山も掘り出したとか。ただ、たまーに何か変な感じがするんだ。何が変なのかはよく分からないんだけど」

 どういうことだろうか? 彼女は何を感じ取っているのだろう?

「ごめん。そんな心配そうな顔しないで。気のせいかも知れないし。ほら、同じトラックでも車種とか積んでるもので音変わっちゃうし、石油が動力源なのもかなり少ないけど走ってるしね。何が変なのか分かったらすぐ伝えるよ」

「分かった。何か分かったら頼むよ」

 店から地下リニアの改札口までの道のりはお互い無言で歩いていった。

 言葉がなくても分かることがあるというと、カッコつけすぎだが、お互いに口を閉ざしているのには理由がある。

 次の日も互いに別の遠い所で、仕事がある。その仕事に支障をきたしてまで、もうちょっと一緒にいたい。と言うのは大人として良くない。

 それに私も責任ある立場の人間だ。部下に示しをつけなくてはならない。

 だからこそ、お喋りはしない。お喋りは確かに楽しいが、時間が過ぎるのが早過ぎる。

 無言で体感時間を引き延ばして、少しでも一緒にいる感覚を楽しむのだ。

 サナの方もそれを分かってくれている。本当に気の利く子だ。

 ただ、それでも別れの時間はやってきて、改札口で別れの挨拶をする。

「また、こっちに来るときは連絡する」

「うん、待ってるよ。おやすみ」

「おやすみ」

 繋いだ手を離して改札口を通る。

 きっと見えなくなるまで立っているんだろうなと思って、ホームに通じる階段を降りる前に振り返ってみると。

「いない……まぁ良いか」

 ため息をつこうとした瞬間に柱の影からひょっこり現れて手を振ってきた。

 どっきりに成功したと思っているのだろうか、楽しそうな笑顔で笑っている。

「やっぱりかなわないなぁ」

 最後に素敵な悪戯をされて、私のミヤト出張は終わった。


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