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鋼鉄の指揮官(ハガネノシキカン)  作者: 黒縁眼鏡
第一部ヤポネ動乱編
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第六章「警備打ち合せ」

第六章「警備打ち合せ」


  基地に全機が帰還し、評定を下すためにブリーフィングルームに集合してもらった。

「皆揃ったようだな。訓練ご苦労だった。双方ともに良く動いていたが、今回の結果に満足せず、次はより高みを目指せ」

「「イエッサー!」」

 さて、まずはガンドッグの方から総括しよう。

「さて、気付いているとは思うが今回は色々とハンデをつけてもらった。どのようなハンデだったかガンドッグ1分かるか?」

 ガンドッグ1が期待通りの答えを返す。

「はっ! まず一つに数です。次にジャミングによるレーダー障害とバックアップが無かったこと。最後に恐らくですが、作戦指揮がとられていたことです」

「よく三つ目が分かったな」

 これは戦闘中に相手の動きを見ていなければ分からない要素のはずだ。しっかり見抜けていたかと感心する。

「指揮官がいない状態で、戦闘に参加している人数が多くなればなるほど統率は乱れやすくなります。しかし、統率がとれた動きでこちらを追い詰めてきたので、恐らく指揮官がいると考えました」

「なるほど。部隊長として良く観察しているな。だが、ハンデはもう一つあるぞ」

そう通常の作戦行動ではまず起こりえないハンデがある。

「何でしょうか?」

「君達の作戦も通信も全て候補生側に漏れていたのだ。指揮官にとって部隊を下げるタイミングと攻めるタイミングが見極めやすい状態になっていた」

 ガンドッグ一同がなるほど。と頷いた。

 ガンドッグ1が続けて疑問の解消を進めようとする。

「では今回の作戦指揮をとったのはどなたでしょうか?」

知ったら文句の一つでも言われそうだな。と心の中で苦笑いをしながら答える。

「今回の指揮官は私だ」

「大佐?! ってそれ筒抜けどころの話じゃないっすよ! こっちの作戦出したの大佐ですよ!?」

 ガンドッグ4が驚きのあまり大声でつっこみを入れるがガンドッグ1が制止する。

「落ち着け。しかし、大佐が指揮官なら納得です。となると前半の陽動も大佐の作戦ですか?」

 通信を聞いていたので、彼等が陽動に気づいていたことを知っているし、警戒していたことも知っている。

 もし、正しい対応をとられていたら候補生が負けていただろう。

「その通りだ。君達の分断と不意打ちは私が提案した作戦だ。陽動だとは君達も気付いていたようだがな」

「なるほど。見事な采配でした。正しい対処が選べなかった我々もまだまだ未熟ですね」

ちらっとガンドッグ4を見ると拗ねたような顔をしていて、他のメンバーも少し悔しそうな顔をしていた。少しフォローを入れておいてやろう。さすがにハンデ有りとは言えルーキーに破られたのはショックだろう。

「単騎の能力なら君達の方が上なんだがな。複数相手は苦戦しただろう?」

「そうですね。なかなかの腕でした。将来が楽しみです。」

 ガンドッグ1から評価されたというとはボーナスも出して良さそうだ。

「では、訓練の録画データを各員の端末に送信しておく。レポートを今日中にまとめてこちらに送るように」

「「了解」」

 次に候補生の総括だ。

「候補生諸君良くやってくれた。先程の話にもあったが、君達は圧倒的に有利な状況で戦った。今回の結果で浮かれず、対等もしくは劣勢な状況でも勝てるように、いっそう訓練に励んで欲しい」

「「イエッサー!」」

 そして次にブリーフィング時に言ったボーナスについて伝えなければならない。

「さて、ジャマー施設防衛ボーナスに関してだが」

 わざと言葉を切ると皆そわそわし出した。やっぱ気になるんだな。

 候補生がこちらに熱い視線を送ってきている。

「君たちの今回の戦績を加味し、正規パイロットの内定を出そう」

 候補生達は一瞬ポカンとし、数秒後に状況を理解したのかガッツポーズをとったり抱き合ったりし出した。

「あー、諸君静かに。続きがある」

 とりあえず、彼等を落ち着かせる。

 そして、ざわめきが収まりじっとこちらを見つめている。

「ただしだ。正式配属までに訓練をおこたり成績を下げた瞬間に内定を取り下げる。分かったか!」

「「イエッサー」」

 結局のところ正規課程は全て受けて貰うが、実技審査はこれで実質パスだ。

 残り一ヶ月も候補生として訓練に頑張って貰う。

 しかし、内定が決まっているからといって、これから手を抜いて腕を落とすような奴なら、そんなのは戦場に出せない。

「では候補生諸君も今回の訓練について、レポートを今日中に提出したまえ。田口軍曹後は任せたぞ。では解散!」

 全員が敬礼をし、ブリーフィングルームから退出していった。

 これで午前の主な仕事が片付いた。

 時計を見ると11時近くになっていたので、一度リフレッシュルームに行って少し休憩をとろうと考えたが、第三世代マップスの申請書が送られてくることを思い出し、携帯端末からメールをチェックした。

なんと既にオヤジさんから送信されていた。ただありがたいことに、既にある程度申請書が埋められている状態だった。

「そこまで量が無さそうだし今のうちにやっておくか」

 後々書類の山に埋もれるのは変わらないだろうが、山は小さい方が楽なのでやれるうちにやっておきたいとは思う。

 ただそれでも……。

 周囲を見渡し周りに誰もいないことを確認して溜め息をついたら、つい口に出してしまった。

「やはり面倒くさい……」

 携帯端末をしまい佐官用の個室に戻り申請書の空欄を埋めていく。

 最初は面倒だと思っていたが、記載されていた第三世代のスペックが思った以上にハイスペックで実物を見るのが楽しみになり、やる気が多少湧いてきた。

 第二世代になった時も驚いた物だが、今度のはまたすごかった。

 パイロットとして乗れないのが少し残念だ。

 ちなみに海外の同盟国マップスメーカーは第二世代型の基礎フレームを菱田重工から輸入し、それぞれの国に合わせたカスタマイズを行っている。

 独自にフレームを作ろうとする動きもあるようだが、菱田重工のフレームに劣っていたり既存パーツとの互換性の問題やコストの問題で実用化されてない。

 一方で、輸出が禁じられている敵対国でも近年マップスが生産されているが、設計はろ獲した機体からのデッドコピーで、基本的に第二世代型と同じようなフレーム構造となっている。

 将来どうなるかは分からないが、現在はそのような状況なので、基礎フレームの開発が出来るのは菱田重工だけなのだ。

 その菱田重工の最新機を模擬戦による性能試験とデータ収集のためだけとは言え、どこよりも早く使えるのはここだけなのだ。

 楽しみにならない訳がない。

 20分程で一次申請の書類を完成させ本部に送信する。

 更に開発者である菱田重工技術顧問の松平にもメールを送信しておく。

 第三世代フレームの視察日時についてと詳細を開発者から聞きたかったのだ。

 メールを送信して時計を確認する。

「昼休憩まで後30分か。時間まで、午後の会議資料を見直しておくか」

 机の隅に置いてある国境資源会議の警備資料を手にとりめくっていく。

 場所は首都ミヤトの国際会議場。

 時間は1000から1500までの予定。

 会場と都市圏は警察が担当し、郊外30km地点を軍が警備。

 軍で警備にあたるのは首都から一番近い位置にあるオーカシス陸軍基地の部隊。

 国境近くの基地はレトリア連邦警戒のために部隊を展開しながら待機。

 南方の空軍と海軍は緊急出動が出来るように待機しつつ、数部隊それぞれから派遣するように通達が来ていた。

 ある程度派遣する部隊数は決まっているが、今日の会議で最終決定する予定となっている。

 そして次に書かれている一文が、わざわざ警察だけでなく軍まで警備に回している原因なのだろう。

「テロリストによる破壊工作の可能性あり」

 毎度毎度のことなのだが、FTE技術の普及とともに様々な既得権益を破壊してきた。

 その過程で、レトリア連邦の資源所有権主張もその一つになるのだが、主に化石燃料を輸出していた旧資源輸出国で、反ヤポネ団体や反FTE団体が生まれ、紛争やテロ行為が幾度か行われてきた。

 おかげでこういった国際会議の場で気が抜けたためしがない。

 そのままページをめくっていき続きを見ていたら、突然携帯端末の着信音がなった。

 番号と名前を見ると菱田重工の松平からだった。

 警備資料を机の上に置き電話に出る。

「もっさん久しぶり!」

 やたら元気の良い声だ。

 自分より年上の33才で、菱田重工マップス部門技術顧問でマップスの機体から武器まで様々な分野で開発をしている変態技術者だ。

「元気そうだな松平。どうした突然?」

 確かにメールは出したが電話で来るとは何かあったかと思ったが。

「もっさんが新しい子の紹介してって言うから電話の方が早いかなって」

 そういうことか。メールの方が見返せてありがたいのだが、また送って貰うことにしよう。

 ちなみに彼は自分が開発に関わったマップスの事を人扱いしている。

「そうか。ならいくつか聞くが、カタログスペックを見たところ大分第二世代型から大きく変化しているな。互換性はあるのか?」

「一応あるけど、ほとんど意味が無いよ。彼女の全力が見たいなら彼女用にカスタマイズされた第三世代用のパーツと服じゃないと。ライフルとかのアクセサリーに関しては互換性が余裕であるけどね」

 さらに言うと女の子扱いで各種装甲は衣装。武装や各種パーツはアクセサリー扱いで、これが変態扱いされる原因だ。

「後この予定されている各種追加装備の超高速強襲装備ってなんだ?」

「それはすごいよー。新しい子専用の新衣装! 最速のおてんば娘って感じ!」

 説明をしたくてたまらないと言っているような声だ。少し長くなることを覚悟する。

「どういうことだ?」

 かいつまんで説明すると背部に大型の追加ブースターユニットを取り付けて超高速で移動できるものらしい。

 しかも、オプションで武器コンテナ・ミサイルポット・ロケットランチャー・爆撃コンテナ等が追加出来るようになっており、超高速で接近し最大火力で敵施設を制圧する運用が出来るとのことだ。

 また攻撃性能だけでなく、高速移動中の防御性能も向上させており、補助アームを使用してのシールド操作により高速移動中でも浮遊装甲の操作が可能となっている。

 正直相手にしたくない。

「で、こいつに弱点はあるのか?」

「近距離戦は苦手だね。さすがに機動性まで確保は難しかったよ。脱げば良いんだけど、ちゃんと回収しないと大変でしょ?だから基本的に脱げないんじゃないかな」

 生産コストを考えると確かに簡単にパージ出来るものではない。

 それに敵に新装備をろ獲されるとまずい。

 なるほど、確かに近距離が弱点だ。

「これ戦闘中に付け外しを自由に出来ないか?」

「やっぱそれ聞くよね。只今研究中の課題で、まっ、そのうち出来るようになるよ。ちなみに簡易版の追加ブースターだけならアクセサリーとして第二世代型でも使えるから良かったら使ってね」

 仕事が増えるが戦闘において足の速さは最重要の要素だ。

 採用する価値は十分にある。

 そして何かを思い出したように松平があっと声をあげた。

「後そうだ。ずっと前にもっさんの所で試験してもらったダガーとブレードのオプションパーツのことなんだけど、無事申請が通ったみたいで発注が来たよ。初回生産分は北の国境行きだけど、来月末の会議前には余裕で君達の所にも行くはずだよ」

「ほぉ、あれはうちの連中からも評判が良かったからな。楽しみに待っていよう」

 良くダガーやブレードは投げたり弾かれたりして手から離れるので、回収用のワイヤーを付ける試験をしたのだ。

 武器ではないので簡単に申請が通ったから良かった。

「あれはなかなか良いアクセサリーだよね。ポイ捨てなんてはしたないことを、うちの子にはしてほしくないからね。まっ、今はそれよりもっと凄いもの作ってるけど。ってことで試験用のを一緒に送るからまた頼むよ」

 これでまた仕事が一つ追加。思わず頭をかいてしまった。

 この話で性能試験をしたライフルをふと思い出したので、ついでに聞くことにした。

「それは楽しみだが、あのライフルといって良いのかも分からんあれはどうなった?」

「ふふふ、勿論データを貰ってから更にすごくなって完成してるよ。そろそろ採用の通知が来るかな? 今度おまけで正式版を一緒に搬入させるよ」

 自信満々の声でライフルの出来を保証している。あの化け物ライフルが正式採用されるのか。送ってもらえるのは確かに助かるが、一体どう使えば良いんだ? あのロマン武器……。

 その後も新装備や新機体の情報をもらい長いこと話しをしてしまった。

 そろそろ食事に行ってくると松平が話を終えようとした時に気になることを言い残した。

「そういえば技術者仲間から聞いたことなんだけど、どっかで最近大型のFTE兵器が出来たとかなんとか。まぁ、うちの子たちが負けるとは思わないけどね。んじゃまた」

「あぁ、またな。メール頼む」

 時計を見ると12時半を過ぎていた。

 こちらも昼食を取りに食堂に向かおう。

 多分、賭けの結果が公開されて賑わっているのも終わる頃だろう。

 と思ったが、食堂につくとまだ混雑していた。

 モニターの前では賭けの配当金が配られていたが、そろそろ行き渡ったためかその周辺に人は少なかった。

 食堂の所々から賭けについての議論が聞こえる。

 レーダーが死んでいる状態での待ち伏せの対処などを議論しあっているようで、今回もこの賭が良い教材になったようだ。

 カウンターまで行くと食堂のおばちゃんに声をかけられた。

「お、もっちゃん来たねー。今日の話題は全部あんたがかっさらっててるよ。で、今日は何にする?」

 おばちゃんに階級は関係無いのだ。

 特別扱いされないのは基地内では珍しいので悪くない。

 何にしようかとメニューを見ていたら、金曜日のカレーフェアをやっていた。

「そうだな。カレー辛口とミネストローネのセットを頂こう」

「はいよー。ちょっと待っててね」

 盆にカレーとスープそしてサラダが置かれ手渡された。

 香辛料の香りが鼻腔をくすぐり、スープの鮮やかさも食欲をそそる。

 サラダにドレッシングをかけて空いている席を探すと、田口軍曹の隣がたまたま空いていたので隣を失礼することにした。

「田口軍曹、隣は空いているかな?」

 声をかけると田口軍曹が体ごとすごい勢いでこちらに振り向いてきた。

「大佐殿?! もちろん空いております」

 お盆を置き席につく。

「しかし、佐官がこのような所でお食事とは。自室の方が快適ではないのですか?」

「こういう賑やかな場所は昔を思い出して好きなのだよ。いただきます」

 手を合わせてから食事を始める。

「大佐殿がそうおっしゃるなら、ただ佐官としてやはりここにいるのは少しふさわしく無い気がしますよ」

 相変わらず真面目な男だ。

 それにしても今日の食事も美味い。

 甘さ酸味塩味が良いバランスで成り立っており、そこに溶け込んだ具材の味がより深みを持たしている。

 そして鼻に抜ける香辛料の香りと舌への刺激が次の一口を勧める。

 一緒についてきたミネストローネも野菜の甘みがよく溶け込んでおり、辛口のカレーと実に相性が良い。

 うん、今日も食事が美味い。

 食事は士気を維持する上で最重視される一つの要素だ。

 不味い食事はそれだけで士気が削がれる。美味い食事はそれだけで心が踊る。栄養価の方も不足しがちな野菜類を細かく砕き料理に混ぜ込んであるので、身体にも良い。

 おばちゃんの旦那であるシェフの腕には感謝してもしたりないくらいだ。

 舌鼓をうっていると田口軍曹から模擬戦について話題を振られた。

「今日の模擬戦さすがでした。おかげで儲かりましたよ」

 ハンデありとは言え、正規組に勝てたのは私の力ではなく、軍曹の訓練のおかげである。指導の礼を伝えねばなるまい。

「いや、私は何もしていないよ。君が候補生達を鍛え上げてくれたおかげだ。ありがとう」

 軍曹は椅子から立ち上がり深々と頭を下げた。

「光栄です。残り一ヶ月で更なる力をつけられるよう鍛え上げてみせます」

 食事時くらい気楽にしていて欲しいと苦笑して、座るように促して話を続ける。

「他の基地に配属になるやつも多いだろうが、残って貰いたい候補が何人かいるな」

 候補生から無事正規パイロットになれば各基地に異動する。

 その中で何人かはこのまま残るのだが、ある程度こちらの希望が通るらしい。

 ガンドックの3から5のメンバーはそれでこの基地に残せた。

「今日の訓練だとクロスボウ1の武田ですか?」

 さすが指導しているだけあってよく分かっている。

「正解だ。あの狙撃の腕はなかなか良い。それにソード2の伊東。ブレードの戦術は面白かった」

今日の模擬戦の戦いっぷりを思い出しながら伝える。

「確かに。ですが、今日の模擬戦に参加していない者も良い腕を持っています。決定にはいささか早計かと。」

 それもそうかと思い、他の候補生の話を詳しく聞きながら昼食を食べた。

 話を聞いていると、どうやら候補生50人の特性を全て把握しているらしい。

 本当に教官が向いている男である。これは現役パイロットを引退させて教官職につかせるべきなのではないかと真剣に悩んでしまう。

 今度の候補生が卒業するころにでも意向を聞いてみよう。

 食事を済ませて個室に戻り、会議の最終準備に入る。


 資料をまとめてファイルに詰め、ノートパソコンとお茶の入ったペットボトルを会議室に持って行く。

 書記の係りが、モニターを起動し、こちらのカメラも起動させる。

 時間の2時になると一斉に参加者の顔が映った。

 警察・陸軍・海軍・空軍のトップに警備に参加する基地のトップが揃い踏みだ。

 特例で大佐に昇進した身にとってはここにいるのが何度やっても場違いであるように感じる。

 丸顔に無数のしわが刻まれた顔の人が警察庁長官で、今回の打合せの議長を務めている。彼の低く重い威厳のある声により打ち合わせが始まる。

「諸君全員揃ったようだね。では今から国境資源会議の警備打ち合わせを始める」

 手元のモニターに首都の地図が表示された。

 碁盤目上に区画が整理されている都市でその中央付近に国際会議場がある。

「事前に配付した資料通りの編成で警備にあたる。国際会議場付近は我々警察の特殊機甲部隊が警備にあたる。警察仕様にカスタマイズされたマップスを東西南北500mに2機ずつ、会議場正面に3機、背面に3機、左右側面に3機ずつ。計20機を配置する。また場内にもテロ対策部隊を50名配置する。これで会議場付近は万全でしょう。また市内には検問所や私服警官を配置し、不振人物を発見し次第確認していく。市内の方はこのような形で依存無いかな?」

 警察庁長官が確認を要請する。

 とりあえず、今まで通りの布陣で文句のつけようがない。

 他の参加者も頷いている。

「では次に郊外の警備について頼む」

 オーカシス陸軍基地の徳川大佐が説明のバトンを受け取った。

 白髪混じりのグレーヘアでほりが深いダンディーな方だ。年齢は確か50前後だったはず。

「郊外警備は首都から東西南北に四つの拠点を用意する。それぞれの拠点にマップスを20機ずつ。計80機を配備する予定だ。これで首都に接近する車両や航空機の監視を行う」

 モニターに映る地図の倍率が下がり、より広い範囲が映し出され、拠点に赤いマークが打ってある。

これも前回と基本的に同じ配置となっている。

「基本防衛網はこのようになっている。今回もこれに加えて遊撃部隊としてキーナ空軍基地の部隊、そしてカシゴマ海軍基地の部隊を10機ずつ応援に出して貰いたい」

 マップス10機で確定か。

 南側から攻められても何とかなる数字だと思う。

「了解した。ところで応援で派遣される部隊の配置はどうなっている?」

 事前の資料には無かったので確認をとる。下手すれば戦場になるのだ。

 自分の部下がどういう扱いを受けるのかを知らなくてはならない。

 徳川大佐がこちらの質問に答える。

「空軍と海軍には首都の上空を旋回してもらう予定だ。我々が敵を見逃したときのために準備してもらいたい。旋回範囲を地図に出す」

 手元の地図が拡大されて赤い枠が現れる。

「これが君達の警備範囲だ。高度についても続けて説明しよう」

 都市の形が立体的になり、視点が上から見下ろす俯瞰図から、横から見た図に変わった。

「空軍には都市上空5kmの警備を、海軍には都市上空2kmの警備を頼みたい」

 なるほど、首都の地上は警察、郊外は陸軍の大部隊、低空は海軍、雲の上からは空軍か。これなら敵の侵入はどこかでキャッチ出来るだろう。それにこの高度なら見通しが効くので、奇襲は受け難いはずだ。

 派遣しても一瞬で全滅は無いだろう。

「了解した。では要求通りこちらからマップス10機編成の一個中隊を派遣する」

 続けて海軍の方も派遣を決定する。

「感謝する。空軍の方に追加注文があるのだがよろしいかな?」

 大体予想がついた。おそらく広域レーダーを積んだ偵察機のAWACSを出せと言うことだろう。

「AWACSを追加で派遣してもらいたい。地上にも防空レーダーを設置する予定だが、念には念を入れておきたいのだよ」

 やはりか。ただ、至極真っ当な提案だ。乗らないわけにはいかない。

「分かりました。ではAWACSも同時に派遣します」

 これが終わったら偵察部隊にも通達しておかないとな。

 ノートパソコンにメモを今のをメモしていく。

「助かるよ。他に何か聞きたいことや提案は無いかな?」

 応援が取り付けられたことに安堵して、少し顔が緩んだ徳川大佐が上機嫌で質問を促した。

 海軍の毛利大佐が組んでいた手を解いて、右手を軽く挙げる。

 眉間に深いシワがいくつも刻まれた眼光鋭い人だ。まるで老狐のようである。

「派遣した部隊の指揮は誰がとるのかな?」

 大事な自分の部下たちだ。出来れば自ら指揮を取りたいのだろうか。と思案していると、徳川大佐がにっと笑顔になった。

「安心して貰いたい。警察、陸海空軍はそれぞれ独立で指揮してもらう。その代わり指揮官の間は通信をつなげて連携する」

 毛利大佐がふむ。と頷きながら腕を組み直してその意図を確かめる。

「指揮系統を一つにまとめた方が楽ではないか?」

 徳川大佐は笑顔を崩さぬまま答える。

「確かにそうかもしれないが、いかんせん私はこの広く展開している部隊の指揮で手一杯でな。それに所属は君達の部隊だ。直属の上官が指揮した方が動かしやすいだろ?」

「ふむ、了解した」

 どうやら毛利大佐は回答に納得したようだ。

 というか、これってへまをしたら責任を負わせるための口実じゃないよな?

 陸上は陸軍が大部隊を展開するので、数の暴力で多分抑えられる。

 海軍の警備は低空なのだが低空侵入は陸軍の防空網に確実にひっかかる。

 つまり上空からの侵入があれば丸々空軍の、そして私の責任となる。

 そうなれば色々と喜びそうな連中がいるのだが。いや、ただの考え過ぎか。

 それにそれを防ぐためにAWACSの派遣を要求されている。

 恐らくこの件に関しては味方も敵もいない。

 邪推を捨てて、一口お茶を飲んでから、今のやりとりで生まれた疑問を聞いてみる。

「今の話に関連して、質問よろしいですか?」

 徳川大佐がこちらに手のひらを向けた。

「どうぞ」

「指揮官の所在はどこになるのでしょうか?」

 派遣した中隊の指揮をとるために私も首都に向かう必要があるのかどうかを確認したかったのだ。

「所属基地から指揮をとってもらう。この説明は陸軍大将からして頂きたい」

 陸軍大将が咳払いをして声を出す。

「理由は簡単だ。毎回のごとくレトリアが軍を展開する可能性がある。その中で北の防衛だけに気を捕らわれていると、南や東西からの侵攻を防げない。そのため、諸君の基地でも地域の警戒に当たって貰うため、基地からの指揮をしてもらう」

 なるほど。これは最悪二方面指揮をする必要があるのか。

 願わくは何も起きないことだ。

「了解しました。では、最悪の事態として首都と所属地域の二方面指揮を想定して用意すれば、よろしいでしょうか?」

 陸軍大将が大きく頷いた。

「うむ、それで良い。国外からの侵攻があれば軍本部から指令が下る。いつでも動けるように用意しておきたまえ」

 海軍大将と空軍大将も同調して頷く。やはりトップとの会議は緊張する。

 なんだこの緊張感は?

 私は一昨年まで中尉だった人間で、この場に参加している者から見ればひよっこも同然だ。

 モニター越しのはずなのに、不思議な圧力を感じてしまう。

 質問で話しかける時にこちらの緊張や焦りを表面に出さないだけで精一杯だ。

 不思議な喉の渇きを感じてもう一度ペットボトルに口をつけ、お茶を飲む。

 徳川大佐は話が終わったと判断し、次の質問を促すが、誰からも質問は出なかった。

「よろしいようだね」

 議長の警察庁長官が話を区切る。

「では、次に当日の両首脳の動きについてだが、このようになっている」

 首相は公用車で首相官邸から国際会議場へ。レトリア大統領は空港から公用車で国際会議場に向かうルートが矢印となって地図上に表示される。

 基本的に大通りを通る最短ルートだ。

「両首相の護衛は我々警察のみで行う。公用車と併走しながらパトカーを走らせる予定だ。また移動する時間帯はこの移動ルート近くの道路を全て封鎖することになっている」

 日曜日だから良いものの、平日でやったら一般市民は大混乱だろうな。

 会社への遅刻が普段の何倍になるのだろう?

 きっと地下鉄乗車率と一緒にレコード記録になる。

 ちょっとその光景を想像して顔に出さないように苦笑いをしていたら、海軍大将が何故マップスを配置しないのかと問いただした。

「政治的に色々あるのだよ。大統領に銃をつきつけながら連行している。けしからん! と見る輩もいるそうでね。政治家は火種を下手に増やしたくないそうだよ。外交的には悪くない判断とは思わないかね?」

 過激派の刺激は出来るだけしたくないってことか?

 確かに今の大統領は会議に参加して話し合いで解決しようとする穏健派と言えば穏健派の人間だ。

 過激派にとって、そんな穏健派の人間を銃で脅している国は蛮族国家である。即刻打倒すべし。と捉えられてしまうかもしれない。

 だが、彼がいなくなれば過激派が押さえられなくなる。

 それを考慮すると、過激派に襲われる可能性がある人なのだから、軍隊のマップスによる護衛が必要だと思ったのだが、政治的な言いがかりを考えると納得がいった。

 そうか、それで警察の護衛で、パトカーなのか。これなら過激派も言いがかりが出来ず、襲われても最低限の対処が出来るという作戦だろう。我が国の首相の方にもマップスが配置されないのは、威嚇だと過激派にとらわれないようにするためだろうか。

 海軍大将もすんなり納得したようだ。

「なるほど。最低限で最大限の護衛……ということですか。そちらも苦労しますな」

 どうやら私の考察はあっていたようだ。

「お互いさまですよ。万が一の際は是非お力をお借りしたい」

 私以外の参加者が皆笑い合っている。

 今まで全員が同じような経験をして、あるあるネタが通じたのを楽しんでいるようだ。

「お偉い様方はいつも無茶をおっしゃる」

「なに、それでもやりとげるのが我々の仕事だ。それを誇りに思おうじゃないか」

 私にはとても笑える状況じゃないと思うのだが、愛想笑いでこの雰囲気を乗り切ることにしよう。

 これが年期と経験の差というやつなのだろうか。

「話がそれてしまったな。本題に戻すとしよう」

 警察庁長官が咳払いをして、脱線した流れを元に戻した。

 皆の切り替えもとても早く、あっという間にぴりっとした空気に戻った。

「移動に関しては先ほどの通りだ。そして考えられる最も狙われやすいタイミングとして、会議後の記者会見が考えられる。わざわざ国際会議場の広場にステージを作って、大勢の記者の前で話すのでな。入場整理をかけているとは言え、どうしても紛れ込まれやすい。これに対しては私服警官の大量動員と壇上のSPに任せるしかあるまい」

 郊外に展開される陸軍にはどうすることも出来ないし、上空を旋回している海軍にも空軍にも、群衆の中からテロリストを捕捉することは難しい。

 確かに人間による奇襲であれば記者会見のタイミングがベストであろう。

 まったくひどい無茶をしてくれるものである。

「これに関して軍の方からは何も出来ませぬな」

 眼鏡をかけた少しやせ気味な初老の空軍大将が確認をとる。

「残念ながらそうですね」

 特に何もすることが出来ないので、警察庁長官が次の議題に進める。

「そして次に帰路の護衛だ」

 モニターの地図を見ると行きと同じように矢印が描かれている。

 両首脳の帰りの経路は行きと同じルートのようだ。

「基本的に行きと同じルートを通ってお帰りいただくことになっている。警備方法も行きと同じで、パトカーによる護衛だ」

 となると帰りも緊急時以外では、軍の方で何か特別な事はないか。

「今までのは、平和にことが進んだ場合のルートになる」

 失礼と。断りを入れて、警察庁長官はコップに入った水を飲み、喉に潤いを与えて再度説明を始めた。

「襲撃があった場合の避難経路についてだが、地図で説明しよう」

 地図の上に8つのポイントに赤い点がうたれた。

「基本的に、襲撃犯とは反対方向の待避ポイントに裏道を使いながら避難してもらうつもりだ」

 特にこのポイントには頑丈な施設やシェルターといったものは無かったと記憶しているので質問をした。

「この待避ポイントはどういう施設でしょうか?」

 警察庁長官が不思議そうな顔をしていたが、秘書の耳打ちにより納得したようだ。

「そうか、君は今回首都の警備は初めてだったね。これは緊急事態専用の地下通路だ。他の主要都市に直行するリニア車両が用意されている」

 噂には聞いていたが、こんなところにあったのか。

 ということはそのリニアを使って安全なところまで避難すると言うことだな。

 念のために確認をとる。

「では、その待避ポイントに到着次第、両首脳はリニアで安全な都市に待避するという認識で正しいでしょうか?」

 警察庁長官がその通りだと頷いた。

 なるほど。普通の都市地下間にも地下高速鉄道があるのだが、まさか首相専用の緊急経路まであるとは恐れ入った。

「質問はもうよろしいかな? 話を戻すぞ。両首脳が乗っている公用車はもちろんFTE粒子制御による防弾仕様だが、さすがに大火力の攻撃を受ければ簡単に破壊される。公用車の位置はGPSで常に把握しいる。軍の方にも位置情報を常に提供するので、我々と協力して、一機たりとも敵を近づけさせないで欲しい」

 なるほど、その時は海軍と空軍の遊軍が援護に入る訳か。徳川大佐が話に続く。

「都市圏で襲撃を受けた場合、陸軍からの援護はどうしても遅れてしまう。君達海軍と空軍が頼みの綱となる。よろしく頼むよ」

 私の想定通りか。毛利大佐も分かりきっている様子で腕を組みながら頷いている。寝ているようには見えないので本当に分かっているのだろう。

 会議の両首脳の移動について、一通りの説明が終わったので、質問は無いかと聞きながら、警察庁長官が参加者に確認をとる。

 すると海軍大将が緊急事態における大事な質問を聞いた。

「市街戦が起きた場合、市民の避難は警察でやってもらえるのか?」

 国際会議場はオフィス街にある。日曜日と言えども人は多少いるし、避難経路の中には商業区など人が集まる場所もある。

 確かに戦闘が始まったら巻き込まれる人が出てもおかしくない。

 警察庁長官が非常に重いため息をする。どうやらあまり良い話は聞けそうに無い。

「いつものことながら、避難誘導は潜伏させている私服警官に取り仕切ってもらう予定だ。だが、全ての地区で避難誘導が完了するまで、少なくとも10分はかかるだろう。避難が完了していない区域では出来るだけ攻撃を自重して欲しい」

 空軍大将が困った様子で頭をかいている。

「やはり、そうなるか。10分攻撃をせずに注意を引き付けているだけ。というのは毎回言っているが、なかなか骨が折れるぞ? 最低限の自衛は認めて欲しいものだが」

 恐らく、敵部隊の攻撃が建物に当たったり、こちらの攻撃が市民を巻き込むリスクを考えての判断だろう。

 何か手はないかと思案していると、ちょっとした思いつきが生まれた。

 お茶を勢いよく飲み気合いを入れる。

「一つ提案があるのですが、よろしいですか?」

 参加者が一斉に反応し、「ほぅ」とか「む?」と漏らしながらこちらに注目する。うっ、緊張する。

「まず、確認になりますが。避難が完了していない区域での戦闘は、流れ弾が市民に当たる危険性があるので自重するのですよね?」

 警察庁長官が頷く。

 よし、一つ目のハードルはクリア。

「そうなると、敵の射線上に建物を入れさせないように、更に建物に隠れられない。そして、こちらの射線上にも建物が当たらない位置からの攻撃というのはいかがでしょうか?」

 警察庁長官が頭をかきながら私の提案の真意を問いだした。

「そんな都合の良い場所があるのかね? 基本的に碁盤目上で見通しの良いところがあるとはいえ、建物の陰には簡単に隠れられるぞ」

 その通りだ。街中や低空ではそんな都合のいい場所は無い。

 空軍所属でマップスによる戦闘を多く経験した者だから見える位置がある。

「あります。その都合のいい場所。敵の真上です。高高度からのマップスによる狙撃ならピンポイントで敵のみにダメージを与えられます。戦闘機と違い上空での空中待機が可能なので、安定した狙撃が可能となっています」

 警察庁長官は顎に手をあてながら考える素振りをしながら続けて聞いてきた。

「なるほど。敵が旧兵器の車両タイプならそれで何とかなるだろう。ではマップスだったらどうする? 空中戦に持ち込まれたら、やはり流れ弾が市外に落ちるぞ?」

 そこがこの提案の最大の問題だ。だが、それでも地上で注意をひきつけるだけより遙かにマシだ。

「その通りです。なので、空中戦に持ち込まれたら、こちらは常に敵の上空に位置するよう動き、こちらからの射撃は止めて近接格闘戦をしかけます。これなら都市部に流れ弾が当たりにくくなります」

 警察庁長官はなるほどと頷いた。

 どうやら2つめのハードルもクリア。

「それなら確かに注意を引きつけるだけよりは良さそうだ」

 警察庁長官は納得したようだが、同じく空の上に配備される海軍の毛利大佐から質問が来た。

「なるほど。坂本大佐。お若いながらも良い戦術を思いつく。しかし、そうなると我々海軍の低空部隊はどうすれば良い?」

 多少気の引ける提案だが、これには乗ってもらわなければならない。

「海軍には敵部隊の注意をひきつけて、上空に上がられないようにして頂きたい。それも基本的に防御のみで、です。敵は建物を盾にすることが迷い無く出来るので、低空と地上で海軍と警察の部隊が展開していれば、わざわざ弾が当たりやすくなるような空の上に上がることは無いはずです」

 毛利大佐は大笑いしてから、こちらを睨み付けてきた。

「君には冗談のセンスもあるようだ。この私の部隊におとりになれと?」

 言葉に怒気が含まれているように聞こえる。部下をおとりにさせてくれと言っているのだ。やっぱりそうなるよな。しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。

「毛利大佐。申し訳ありませんがこれは冗談ではありません。確実に敵を撃破するための戦略です。毛利大佐が擁する精鋭の海軍部隊が敵をひきつけて、敵を地面にはりつけられれば、狙撃による敵部隊の撃破が容易となるのです。貴官の部隊が機能すれば、私達空軍側もより力を発揮出来るのです」

 相手のプライドをくすぐりながら交渉を推し進める。

「だが、それでも基本防御のみというのは厳しい」

 やはり簡単に崩れてはくれないか。警察庁長官から待ったをかけられそうだが、譲歩案を出してみる。

「ならば、敵に当たらなくても道路に当たるように射撃、真上から接近しての格闘攻撃といった都市の被害が少ない戦法を徹底していただけないでしょうか?」

 右まゆげをぴくっと動かし、こちらをにらみ続けてくる。

 くっ、胃が痛くなってくるな。

「なるほど、牽制まではさせてもらえると?」

 先ほどと変わらない怒気の含まれた低い声だ。

「その通りです。貴官の部隊ならば、その牽制で敵部隊を撃破することも可能だと思います」

 毛利大佐が軽く吹き出し、大笑いをし始めた。

 あれ? さっきまで凄い迫力だったはずだ。何が彼を笑わせたのだろうか?

 不思議そうな顔をしていた私に毛利大佐が真面目な顔をして向き直った。

「いやー、すまんすまん。君との問答があまりにも愉快でな。その歳でなかなか弁が立つでは無いか。戦術の方もなかなかのものだ。派遣された数々の実戦で訓練されたのかな? そして何よりもその度胸! なるほど、特例とはいえ、その歳で大佐に任命されただけはあるな」

 なっ、こっちが試されていたってことか。この老狐なかなかやってくれる。

 思わずポカンとしてしまったが、これで警察庁長官から許可が出れば、この方法でいけるはずだ。

「いかがでしょうか? 長官殿」

 腕を組んでうなり始めた。どうなる?

 沈黙が場を包んだ。実際には、ほんの5秒程度だったのだろうが、その数倍に感じられた。自分の部下の生死が左右されるのだ。出来るだけ危険が少ない方が良いに決まっている。

 短くて長い沈黙が破られる。

「分かった。それで行こう。ただし、必ず建物には当ててはならない。それと出来るだけ弾を外して流れ弾を作らないでくれ。こちらも部下を死なせる訳にはいかない」

 良かった。提案が通った。たまっていた唾を飲み込む。

 徳川大佐が追加の提案をする。

「おそらく避難が終わる頃合いに陸軍が到着するだろう。それまで持たせてくれれば、こちらで必ず鎮圧する。あまり無理をしなくては良いからな」

 その通りだ。住民の避難が完了するまでの10分。この間の目標は住民が安全な場所に退避するまでの時間稼ぎで、私がした提案は時間稼ぎの方法だ。敵を完全に撃破するための方法では無い

「ありがとうございます」

 これで、参加するメンバーが集中砲火を浴び続けて反撃も出来ずに撃墜されることはなくなるだろう。

陸軍大将が今の問答をまとめてもう一つの確認をとる。

「ということは、基本的にどのタイミングでの襲撃も、この方法で避難と時間稼ぎを行うということでよろしいかな?」

 全会一致で合意する。

 これで警備の大体の方針が最終決定されたようだ。

 やれやれ、終わったら手洗いに行こう。

 警察庁長官が話をまとめて、終了の挨拶を始めた。

「これにて国境資源会議警備打合せを終了する。参加して頂いた皆様。ごくろうさまでした」

 席を立って皆で一斉に礼をして打合せが終わった。

 書記官がモニターと通信を切り、並んでいたそうそうたるメンバーの顔がモニターから消えた。

 気が抜けたせいで、部屋にまだ書記官がいるのに思わず大きなため息をついてしまった。

「はぁ~……疲れた……」

 書記官がこちらのため息に気づき、苦笑いを返してくる。

「おつかれさまです大佐。さすがに緊張しましたか?」

「当たり前だ。あのメンバーで緊張しない同世代はいないと思うが」

 書記官は何故かほっとしたような笑顔になった。

「何か変なことを言ったか?」

「いえ、大佐も人間だと思って安心したのです。その歳で佐官なので、一時期、一部の間でAIを積んだ精巧なアンドロイドなのではないかと噂が流れていましたから。ちなみに以前ここにいた大佐もこういった会議は緊張して、始まる前と終わった後には大体トイレにいましたよ。では今回の議事録をまとめてくるので失礼します」

 書記官はこちらに敬礼をして部屋を出て行った。

 いや、確かにめいっぱい背伸びをしながら仕事をしているのだが、アンドロイド扱いとは……。

 もうちょっと素を出した方が良いのか?

 椅子の背もたれに全体重を預けてノビをして身体をほぐす。

 腕時計を見ると15時を回っていた。

「後は書類仕事と派遣部隊についてか」

 だが、その前に……

「予想以上に疲れたか……」

 そのまま部屋に戻ること無く軽く居眠りをしてしまった。

 目が覚めて時計を見ると既に16時だ。

 この会議室に人が入ることはあまり無いのだが、今日は誰も来なくて本当に良かった。居眠り姿を見られたらどうなっていたことか。

 ちょっとしたサボり行為に反省する。

 次からはしっかり部屋でしよう。

 あれ? それも違うか……

 そんな仕方の無いことを考えて、少しボーッとした頭で手洗いに寄ってから執務室に戻った。


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