盲目少女のおねだり
死にたい死にたくないとかほざいてる方は
大概自分に余裕がある人なんで、せいぜい生きてくださいな、って話。
生きるって決めてから後悔しても知らないけど、まあ生きろ(しつこい
縦書きで読むほうが読みやすいかと思ったけど、そうでもなかった。
読みにくくてすみません。
「死にたい。」
突然僕の真横で、少女がそう呟いた。
僕がそちらを向くと、少女はただいつものように本を読んでいて、とてもじゃないが、死にたがっているようには見えなかった。
「死にたいの?」
一応聞き返してみたが、返事は無い。
やはり聞き間違いだったかと思い、前を向いて物語の続きを書こうとすると
「死にたくない。」
まただ。また少女がそう呟いた。
「死にたくないの?」
そして当然のように、返事は無い。
本にそんな内容でも書いてあるのだろうか。そう疑った僕は質問を変えてみた。
「生きたい?」
それまで一切動かなかった少女のまつげが、微かに震えたように見えた。
少女は2、3度ゆっくり瞬きをした後、本を閉じて僕の方へ身体を向けた。
「死にたくて、生きているのが嫌だけど、死にたくないの。」
わけがわからない。
僕は少女の言ってることがさっぱり分からなかったけれど、少女はなんだかすっきりしたようで、また本を読む作業に戻ってしまった。
僕も丁度話の続きを思い出し、それを書き留めるために前に向き直った。
しばらく、僕らはそうやって無言で居たと思う。
途中何度か恋人や親子連れが僕らの前を通っては、それぞれの会話の中で楽しげな笑い声を落としていったけど
僕らはただ無言だった。
「ねえ、貴方は死にたいの。」
気がつくと、少女が僕の前に立っていた。
「君は死にたいの?」
「いいえ、死にたくないわ。」
少女の目はいつものように閉じられていて、表情を読み取ることが出来ない。
僕は少女の白く細い顔を見つめながら質問した。
「何故死にたくないの?」
僕の仲間からは、少女の手はまるで白魚のようだと褒め称えられていた
髪はまるで水浴びした鴉のよう、唇は赤く熟れたりんごのようだと。
「だって、ここまで頑張ったもの。」
少女はその美しい肢体を少し傾かせながら微笑んだ。
「私、ここまで頑張ったのよ。」
今更死ぬなんてもったいないわ、と囁く少女は
ずっと幼いときから僕の隣で、本を読んでいた気がする。
ずっとずっと、ずっと。
光を通さない瞳で、色が分からない眼で。
僕が作った少女の為の本を、その白魚のような手で読んでいた。
「そうだね、偉いね。」
そういって少女の頭に手を載せると、少女はその頬を少し赤らめながらふふっと笑った。
「私頑張ったから、一つおねだりしてもいいかしら。」
白い、白い。少女の肌と同化しそうなほど白い服を着た少女が、ゆっくりと近づいてくる。
僕は少女の口元に耳を寄せる。
少女は僕のために背伸びをする。
僕は少女の言葉を瞳を閉じて待ち、
少女は僕に残酷な“おねだり”をする。
白い白い墓石。灰色の四角い塊の中、それは酷く異質だった。
これも何れは黒く穢れ、周りとそう大差無いものへと変わっていくのだろうか。
僕はそんな未来に目を瞑り、今日も水をそっとかける。
少女が部屋の窓から見えるヒマワリにしていたように、労るように慈しむように水をかける。
「あと、48年と231日。」
日課となっている、この死までのカウントダウン。
少女の一生で一度のおねだりの産物。
僕はじりじりと約束の日が近づくのを待つ。
「私が死んで、丁度50年立つまでは絶対に死なないでね。」
それ以降はいつ死んでもいいから
僕は微笑む彼女の瞳が開かないことを知りながら、僕のこの絶望に満ちた顔を見てもらいたいと切に願った。
何故だ。何故彼女と一緒に逝けない。
ずっと昔から一緒だった。死ぬときだって一緒でいたいのに。
「貴方が、迷っているみたいだったから。」
そう鈴の音のように言葉をこぼしながら、少女は僕の胸にその顔を押し付けた。
僕の、鼓動が一番聞こえる胸に。
生きていたって、何も嬉しいことなんて無い。
少女がもうじき死ぬとなれば、更にこの世なんて絶望ばかりだ。
あぁ、死にたい死にたい。
しかし死ぬとなれば、いろいろとややこしいことが出てくる。
もし僕だけ死んで少女が生き残ってしまったりすれば、誰が少女を守れるというのか。
もし死が苦痛しかもたらさないのだとすれば、僕はどうやって少女を楽にすべきだというのか。
もし、もし、もし。
「迷うくらいなら、生きてください。」
少女の言葉が僕の心臓に響く。
「生きることが出来るのだから、生きてください。」
少女の瞳から出るなにか温かいものが僕のシャツを濡らす。
「お願いだから、生きてください。」
少女の肩は小刻みに震えていて、僕はそれをそっと撫でるだけだった。
今ならはっきりと言える。
「僕も一緒に死にたかったよ。」
何を迷うことがあったのだろう。何を戸惑うことがあったのだろう。
君と一緒に居ることこそが、何よりの幸せであったというのに。
あの時迷いさえしなければ、彼女は僕がついてくることを許してくれたのだろうか。
それとも、変わらず僕におねだりをし、僕を生かそうとしたのだろうか。
全ての真相はもう、この白い墓石の中でそっと眠っている。
誰も知ることができない、盲目の少女の本当の願いごと・・・。
「あと、48年と230日。」