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2-3  逆ハー


 


 「おはようございます。ご機嫌はいかがですか。勇者殿」



 わたしの返事を待たずに開いたドアから顔を出したのは、笑顔仮面王子。今日も笑顔を張り付けて、胡散臭さが標準装備。



 「おはようございます。そうですね、あまり思わしくはありません。どうやらこちらの国ではノックさえすれば返事も待たず女性の部屋に乱入しても良い風習があるようで、文化の違いが精神的な負担になっているみたいです」



 王子の顔を、というか声を聞いた瞬間に全身から拒絶反応が出た。この人嫌い。怖い。

 でも口から出るのは挨拶代わりの嫌み。いや、挨拶もしたけどね?自分が恐怖で饒舌になるタイプだと、ここ二日で初めて知った。

それにしても、よくこんなつらつらと言葉が出てくるものだ。我がことながら感心する。お姉ちゃんとの修行(会話)の賜物だろう。これが吉と出るか凶と出るか。

 

 

 「それはお気の毒な。しかし、勇者殿は最早我が国の人間、こちらの作法に慣れていただかなければ困ります」



 出たのは、笑顔のごり押しだった。わかってはいたけど。凶以外のどんな目も出るはずがないこと。

 にしても、やっぱりふに落ちない。

 勝手に呼んでおいて、こちらの都合も聞かず非難し、脅しまでする。何て理不尽。こいつに人間の心はあるのか。いや、無いに違いない。



「・・・昨日も言いましたが、わたしは、勇者なんかじゃありません。この国の為に指先一本動かすつもりはなく、髪の毛一筋提供する気はありません」



 そんな怖くて理不尽な人間の皮を被った何かを相手に、しがない女子高生にしては頑張ったと思う。声も震えてなかったと思う。手は・・・ちょっと、うん。右手が左手を、左手が右手を抑えている状態だが。


 でも、ここで頑張るのをやめたら、わたしは本当に『勇者』になってしまう。家族も友達もいない、何の関係もない国の為に命をかける存にならされてしまう。そんなの嫌だというか本当に無理。だってわたし、頭は悪くないけどお姉ちゃんみたいによくもないし、運動神経だって壊滅的ではないけど何かに秀でることができる程よくもないし運は絶対悪いし(なんせ異世界に召喚されてしまうほどだ)、そもそもヤル気が無い。

最初は、トリップ混乱してお姉ちゃんの教えが頭の中を駆け巡っていた時は、条件反射で全否定していたが、今は違う。


一晩寝て起きて考えて、勇者になりたくない理由が出来た。



「そのようなご心配なさらずとも、勇者殿はその身全てをわが国の平和に捧げていただければよいのですよ」


 「・・・誰が、」



 だから、無理だから嫌だからと何回言えばいいのか。

 


 「本日は、勇者殿もお疲れの御様子ですのでどうぞこの部屋でごゆっくりおくつろぎください。テーブルの上の呼び鈴を鳴らしていただければお世話の者が参りますし、お望みの物を揃える様申しつけています。ただ、部屋の外に出る事はお控えください。良からぬ者が寄って来るやもしれませんので、勇者殿の恩身のためにも」


 「ちょっと、わたしの話を・・・・!」



 その『良からぬ者』が今のわたしにとってはお前だと、全力で抗議したい。



「それと、明日からの予定をお伝えしておきます御朝食後は我が国の歴史や伝承に関する講義を受けていただきます。ご昼食後、休憩をはさみ剣の稽古。これには指導役として我が国最高位の将軍をお付けします。夕方からは我が国に伝わる『勇者』としての資質を磨く儀式を」


「は!?」


「ああ、最後に。魔王討伐の日程が決まりました。今より一月後、精鋭300をつれ、出兵していただきます」


「え、まお、」



 魔王って、はぁ?何ソレ聞いてない!ますます無理だよ、だって魔王って、魔王って、ラスボスじゃん!?むこうで言うところのお姉ちゃんじゃん!(←混乱)

 つーかしょっぱなから魔王って、もったいぶって最後に出してよそーゆーのはさぁ!!それでもどうにもできないけど!けど、でも・・・!



「来る日までに、どうか国を救うにふさわしい智と力を身につけて下さいね・・・『勇者殿』」



 言うだけ言って、にっこりと笑みを深くした笑顔仮面はわたしが何かを言う前に部屋を出て行ってしまった。



 残されたわたしはというと、怒り過ぎてもう意味がわからないカンジになっていた。

何なんだ。

何なんだ、一体。

 なんであいつにはこんなにも言葉が通じない?いや、言葉は通じてる。通じてないのはわたしの意志。出来てないのは意志疎通。―――疎通させるつもりがあちらにないのが、わたしにだけ伝わっているって、何て不公平!!

 こいつ(等)の為に、何でわたしが命なんぞかけなくてはならないのか。

 朝から抱えていたもやもやが、今この瞬間にその気持ちが10倍ぐらい膨れ上がった。


 あんたホント、人の話を聞こうよ!!


 わたしの言葉が届くなら、このセリフを叩きつけてやるのに。 

 『勇者』なんてある意味特権階級な立場でやって来て、そう呼ぶくせに個々の人達はわたしに対する態度が酷い。これはわたしの被害妄想でも我がままでもないはずだ。誰に聞いたって十人中十人が共感してくれるはずだ。

 それに、お姉ちゃんは言ってたのに。『勇者』ルートは、基本的に『逆ハー』だ、って。

 






 『逆ハー』っていうのは、逆ハーレムの略。

 まず、ハーレムっていうのは男性が複数の女性に囲まれて鼻の下を伸ばすこと。

 で、逆ハーレムは、言葉通りハーレムの逆、女性が男性に囲まれて涎を拭う事だ。と、お姉ちゃんが。

 異世界トリップにはもれなくついてくるオプションで、勇者なんてルートになった女子高生はやれ王子だ将軍だ騎士に兵士に偶然出会った村人Aにと好かれて好かれて困っちゃう現象が起きるらしい。


 It’s  a paradise!!


 こたつから這い出て立ち上がり、お姉ちゃんは叫んだ。小声で。器用な人だ。

 キャバクラが男性の癒しなら、ホストクラブは乙女の花園。ちやほやされて嫌な気分になる人間はそうそういない。しかも相手がイケメン揃いだったら鼻血モンでしょう女として、がお姉ちゃんの主張。

 よくわからなかった。男の人、しかも知らない人に囲まれるなんて・・・緊張するだけじゃないか。

 わたしは中学の時も高校に上がってからも、好きな人はいたけど告白なんてしたこともなかったし、されたこともなく、誰かとお付き合いをした経験も皆無。関わり合いのある男子なんてお父さんか先生かクラスメイトぐらいだし、友達も女の子ばっかりで、進んでる子みたいに他校生と遊んだりもした事が無い。

 ・・・というか、コレはお姉ちゃんが100%悪いと思うんだけど、わたしのなかで『男の人=お姉ちゃんの妄想の餌食』みたいな感覚があって、下手にちょっと格好イイなって人とか見ると・・・・・・ほら、あれだよ・・・・・・・・・察して!

 おかげでわたしの好きな人、絶対友達から『地味』って言われちゃうんだから!!だってそういう人しかお姉ちゃんの中で無事ではいられないんだもんしょうがないじゃないお姉ちゃんが出張って来るんだもんわたしの頭の中までさ!中学あがる前からわたしの脳みそはじわじわ侵略されてたんだお姉ちゃんめ・・・!!あの笑顔仮面王子のことだって、怖いって思うけど心の底から思うけど頭の片隅がお姉ちゃんを出してくるからなんか微妙に平気で困るんだよああこれが『困っちゃう』ってやつ・・・って、違う!!


 ・・・あー、っと。

 気を取り直して。


 そう、それに、好きという感情に気恥かしさもある。お姉ちゃんみたいに自分の世界の中心で愛を叫んでる人にはわからないだろうけど。

 そんなに沢山の人に好かれて、それが楽しいって、なんで?って。別に好きでもないクラスメイトの男子と話すのだってちょっと緊張するのに。たった一人を好きになるのさえ大変で、心臓が煩いぐらいドキドキするのに、その人の前に立つと言葉も覚束なくなるくらいなのに。

 本気で、『困っちゃう』と思うんだ。なのに、お姉ちゃんの言い方だと『困っちゃう』のがいいみたい。

 なんで?

 困ってるのなら、ちゃんと困ろうよ。今のわたしみたいに、全力で。

 本気でここから逃げたいくらい追い詰められてるけどその先を考えると身動きがとれないっていう真の困惑者はわたしだよ?困っちゃうとか言ってる場合じゃないよ。『ちゃう』とか。どんだけ余裕だよ。

 大人の女の人って・・・いや、お姉ちゃんって、やっぱり意味不明。いつかわたしも『逆ハー』に『困っちゃう』ことに胸躍らせる日が来るのだろうか。

 一生遠慮したい。

 はい、思ってますよ?『逆ハー』とは一生無縁でいたい、って。今も昔もこれからも、この考えはかわらないだろう。

 そんなわたしにしてみれば、まさかの異世界で初『逆ハー』体験とかならなくてよかったと心底思ってもいる。

 思っては、いるけれど。

  


 だからって『嫌われ』を用意してくれなくてもいいじゃない。



 固く閉ざされた扉を見つめて、わたしはぎゅっと目を閉じた。

 瞼の向こうに映ったのは、『逆ハー』を語る以上の輝きをもって『嫌われ』について熱弁する、お姉ちゃんの姿だった。


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