1-3 お姉ちゃんのゆめと、わたしの悪夢
うちのお姉ちゃんは、非常に逞しい。
肉体的にという意味が何故か含まれ、精神的なそれに近い、妄想的な意味で。
逞しすぎる妄想力。
想像力、と表記できないのが悲しい所である。因みにお姉ちゃんは、理想のボディラインを作るためと、週3でボクササイズに通っている。
その妄想力の一端を前回ちらっとお話ししたわけだが、あれはわたしが覚えている中でも一番古い記憶で、お姉ちゃんの妄想力の逞しさを裏付ける妄想話は他にも沢山ある。
お姉ちゃんの戯言で一番多いのは言わずと知れたBLモノだが、ここ最近その鉄板を押しのけて台等してきたのが“ドリーム”。妄想の原点(お姉ちゃん曰く)。
お姉ちゃんは、空を自由に飛びたいらしい。
・・・というのは例えで、どちらかというと世界旅行に行きたいらしい。それもただの世界旅行ではない。
『異』世界旅行。それが、お姉ちゃんの欲しいどこ○もドア。
マンガの中や小説の中、ゲームの中にあの子の妄想の中まで、お姉ちゃんの行きたい場所は海外旅行に夢を馳せる普通のOLさんより多岐にわたる。
けれど、わたしにその妄想を語る時、お姉ちゃんの瞳は悲しく揺らぐ。
理由は、お姉ちゃんが年齢制限に引っかかってしまっているためだそうだ。法的な規制か何かだろうか?
『異』世界旅行―――巷では異世界トリップ、というそうだ―――を実現させるためには幾つかの条件がある。お姉ちゃん談。実現させるつもりなのかとツッコミたかったがそこはツッコミ放棄がスタンスになって来た頃だったのでぐっとこらえた。
まず、十代である事。
この妄想を披露した当時、お姉ちゃんは既に二十代も半ば過ぎ。肝心の十代、お姉ちゃんの妄想は100%BLだったそうで、あの黄金期にもっとしっかり妄想しておけばよかったとやや本気で嘆くお姉ちゃんがどこに行きたいのか全く分からなかったわたしは将来公務員にでもなろうと思った。
十代であり、かつ女性なら『女子高生』もしくは『女子中学生』はたまた百歩譲って『女子大生』であること。つまりは、学生だ。何だそれ。
そして、黒髪黒眼の日本人である事。
これが案外重要なキーポイントになるらしい。余談だが、お姉ちゃんのこの妄想のおかげでわたしは高校に入学した時チョコレート色に染めた髪を翌日には真っ黒に染め直させられた。烈火のごとく嘆くお姉ちゃんは生活指導の先生より熱心だった。
備考として、容姿や性格は問わず、趣味特技および特殊能力は要相談。特殊能力って何ですか。
総合するとアジア系の十代の若者は大半が異世界トリップとやらをする可能性があるように思える。
そのわずかなチャンスをつかめ!と全部本気で鼻息を荒くしたお姉ちゃんの頭が大丈夫な事を知っているから、お姉ちゃんって変だなーと結論付けて、わたしは将来とか大人になる事に夢を持つ事を諦めないようにした。未来ある若者だから、わたし。
さて、お姉ちゃんの与太話を参考にすると、わたしは今、異世界トリップをしてしまっているのだ。なんてこと。
本当に掴んでしまったこれはきっとチャンスじゃなくてピンチだよ、お姉ちゃん。
「勇者様。お召しものを失礼いたします」
薄暗い部屋から笑顔仮面に連行されてついた先、高級ホテルのスウィートも真っ青な高級ルームに待ち構えていたのは何とメイドさん。お帰りなさいませご主人様。一時期お姉ちゃんの中で流行語大賞だった言葉だ、懐かしい。
そのメイドさんの中でも偉そうな人にとりあえず風呂に入れと慇懃無礼に威圧され、内心びくびく外見憮然としながら風呂場に足を踏み入れたのが罠だった。シュチュエ―ションのおびき寄せる罠にはお姉ちゃんで耐性があるはずのわたしが、まんまとひっかかるほど緻密に仕組まれた落とし穴。
逃げ場のない狭い脱衣所で、わたしは一人、なのに敵はなんと五人もいる。
「自分で出来ます」
「いいえ、勇者様はこの国の希望。今や王にも勝る貴きお方と伺っております。そんな勇者様のお手をわずらわすことなど、出来ようはずがございません」
「自分でやります。いいですから、あっちに行って下さい」
敵の強情さに、思ったよりもずいぶん冷たい言葉が切りつけるようにわたしの口から吐き出された。 言ってしまってから言い過ぎたと後悔したけど、それでもやっぱり冗談じゃないと思うのは他人に脱がされて、おそらく体を隅々まで洗われてしまいそうな気配がする事。
お姉ちゃんは言っていた。
異世界トリップには幾つかのルートがあって、その中の一つ、一番ポピュラーで人気のある『世界の救世主的な何か』になってしまった場合、お風呂イベントへのフラグはたったも同然、回避する術は強固な意志のみ、と。
これもまた、お姉ちゃんの極意『ノーと言える日本人であれ』に通じる。先ほどは頑張りきれなかったが、今度の相手は同じ女の人で、メイドさん。それに、お風呂に入らないと言っているわけではない。
勝てる。
わたしは確信した。
ありがとうお姉ちゃん。あなたの妄想はこんなところでなんだか役に立ってます。
あなたの妹はこのどこともわからない世界で初対面の怪しいフード青年たちに連れられて理不尽な目にあわされようとしているけど、微妙に心構えみたいなのが出来ているのはお姉ちゃんのおかげです。
わたしはこれからこの怪奇現象&理不尽に立ち向かうべく、がんば・・・・
「わかりました。それが勇者様のご意志とあらば、いたしかたありません。わたくしども、王につかえる僕の一として、そのご下命を全うできなかった責を負い、この場で果てる覚悟・・・」
「脱がせて下さいお願いします」
・・・・・・れませんでした。
お姉ちゃん。
今までお姉ちゃんのたわごとを聞き流したり、ツッこんだりツッコミ放棄したりしてごめんなさい。 もっと熱心にお姉ちゃんの話を聞いて、自分の命を盾に脅迫された時の対処法を聞いておけばよかったと、今は後悔しきりです。ばんざいをして服を抜かれるとか、羞恥プレイって言うんですよね。これもお姉ちゃんに聞いて覚えた単語です。
どんな言葉でも覚えておくものですね。いついかなる時に有用となるかわからないんだから、世の中って理不尽です。
わたしは遠く、湯けむりの向こうを見つめた。その先にはお姉ちゃんがイイ笑顔でサムズアップしてそうで、なんだか泣きそうになったけど。