5.シマリス・ミーツ・オオカミ
「ちょっと律。あんた今日も先週みたいにだらだらしてる気なの?」
「え、いや……そういうわけではないんだが……」
「ないんだが、じゃないでしょ。現に今だらだらしているでしょうが。もう10時よ? 暇ならちょっとお買い物行ってきてちょうだい」
「ええ〜……」
「何、何か予定でもあるの?」
「いえ、特に何も……」
「じゃあお願いね。これエコバッグと買い物メモ。お釣りでアイス買ってもいいから」
土曜日。昨日のもやもやがまだなくならず今日もまた無気力状態で過ごしていたら、母親の圧に負けてしまった。俺より背が小さいのに、どうしても勝てる気がしないのは何でなんだろうか。
「スーパーとドラッグストア、か」
ドラッグストアは洗剤とティッシュペーパー……多少嵩張るが帰りにアイスを買いたいのでスーパーは後回しだ。
頭の中で買い物の段取りを考えながら買い物に向かう。
――帰ったら、残り一枚のどんぐりクッキーを食べてしまおう。
そう、思いながら。
*
「……重い」
買い物を終え、両手に荷物を持ちながら家路に着くが、いかんせん重い。洗剤もだが、ニℓのお茶は本当に今日必要だったのか。箱ティッシュは重たくはないが持ちづらい。そして痛い。
自分の非力さを改めて感じながら、近くのベンチに座り一旦休憩をする。初夏と言えどもこれだけの荷物を持っていたらさすがに暑くなってきた。
スーパーで買っていた炭酸飲料を飲んで一息つき周りを見渡すと、休日だけあって人がたくさん行き交っている。
家族連れも多く、賑やかな声で溢れていた。
「そろそろ行くか。――あれ?」
荷物を腕に掛け立ち上がり、何気なく目を向けた先に。一人で歩いている、狼谷がいた。
思わず建物の影に隠れ、狼谷の姿を目で追ってしまう。
「何をやっているんだ、俺は。こそこそする必要なんかないじゃないか」
そう思いながらも、日頃から隠れてばかりいるため堂々と出ていくのはなかなか難しい。
しかも狼谷が歩いている方向は自宅へ帰る道と同じだ。このまま後ろをついて行ったらまるでストーカーみたいじゃないか。
どうすればいいのか、と頭を悩ませていると小さな男の子が横を通り過ぎて行った。
……あの子、ソフトクリーム持っていなかったか?そんなものを持って走っていたら危ないんじゃないか――と思ったその時。
ドンッという音とともに、男の子が尻もちをついた。
ぐちゃぐちゃになってしまったソフトクリームを何とか手に持っているが、呆然とした様子で目の前にいる人物を見ている。――男の子がぶつかったことで、ふさふさの尻尾にべっとりとソフトクリームをつけた狼谷を。
「おい、大丈夫か――」
「わああああんっ」
尻もちをついたまま微動だにしない男の子に狼谷が手を伸ばした時、ビクッと身体を震わせ、大声で泣き始めた。
「たっちゃん!」
「ままぁっ」
母親の声を聞いた男の子が、突然獣姿へと変化した。あの子はモルモットだったらしい。
前方から慌ててやってきた母親が、男の子を守るように手に乗せると狼谷に向かって頭を下げ、「すみません!」と謝罪をする。……のだが。
――ちょっと、過剰じゃないか?
母親は震え、子供はその手の中で獣化している。
端から見ていると、気の毒なほど必死で。
声も大きいため、周囲の注目も集めている。狼谷は何か言おうとしているが、怯えられていることがわかるからか上手く言葉にできていないようだ。
――まるで、狼谷が悪者みたいじゃないか。
遠巻きに狼谷を見る人達の視線が、冷たい気がする。狼谷は何もしていないのに。見ろ、あの尻尾を。この空気に耐えられずにちょっと内巻きになってるじゃないか。
「狼谷!」
その様子に我慢ができず、両手に荷物を抱えたまま狼谷の元へと向かう。
「すまんな、待たせてしまって。どうした? 何かあったのか?」
「え? あ、いや……」
状況が把握できないのだろう、狼谷は目を丸くしてこちらを見ている。これは初めて見る表情だ。――いつものクールな表情もいいが、キョトンとした表情がとても可愛い。
「あっ尻尾にソフトクリームがついてるじゃないか」
「あの、すみません、それうちの息子が……っクリーニング代をお支払いしますので……っ」
「だ、そうだが、どうする?」
「……いや、汚れたのは尻尾だけだから大丈夫だ。それより、怪我はありませんか?」
やっと言葉を発した狼谷は、心配そうに母親の手の上を見る。その声に母親が顔を上げ、息子の様子を見ながら少し安心したように身体の力を抜いたのがわかった。
「大丈夫だと思います! ちょっと驚いて獣化してしまっただけなので……」
「それなら良かったです。でも、これからは気をつけるんだぞ?下手したら大怪我になるかもしれないからな」
狼谷は母親に言葉を返すと、少し屈んでモルモット――男の子の目を見ながら注意をする。小さな頭を必死に上下に振りながら、「ごめんなさい」と謝罪する男の子に「いい子だ」と、とびっきり優しい笑顔を見せていた。




