8:宰相さまと秘書官ちゃん
厳かな空気の中、不法侵入した魔族の掃討部隊が王都を出発した。からりと晴れた、朝のことだ。紆余曲折の末に予算をがっつり確保できたので、部隊にはニィナと気心の知れた女騎士や、彼女の師匠でもある宮廷魔術師も帯同している。
世間に不慣れな年若い勇者と王女を支えるため、一同の平均年齢は少々高めであるものの、豪華かつ堅実な人員揃いだ。
一方で出発式そのものは、とても簡素だった。なにせこうしている間にも、各地で魔族が施設や住居を破壊したり、無銭飲食や盗みを働いたり、道端にウンコをまき散らしたりと迷惑千万な小悪行をこつこつと重ねているのだ。王都に住む国民だってそれは承知しているので、キリリとした表情で掃討部隊を見送った。
内心では、魔族の追い出しが完了した後に待っているであろう、国を挙げてのどんちゃん騒ぎにワクワクしているが。そういうのは、バレなきゃいいのだ。
クオンも粛々と進む出発式を、こっそり見守っていた――自分の執務室から。魔族と勇者絡みの仕事を優先していた結果、その他の業務が絶賛逼迫中なのだ。
親心ならぬ知り合いのおじさん心として、ルッツとニィナの旅立ちを見送りたかったけれど。
管理職にはやらねばならぬ仕事も多いため、今回は遠くから聞こえる声援だけでよしとした。
「国民も盛り上がってるみたいだね。無事に送り出せてよかったよ」
クオンは机にかじりつきながら、ホッとした声で言った。その間もお気に入りの万年筆は、書類の上を淀みなく走りまくっている。リエルも彼が決裁を終えた書類を担当部署ごとにまとめながら、元気よく頷いた。
「大柄でとっても凛々しい勇者さまと、可憐なニィナ殿下が並んだお姿は目を惹きますものっ。お二人を描いた絵葉書なんかも、好評なようですよー」
ちなみに二人の絵姿を描くのは、バルロスが趣味で育て上げた自慢の画家たちだ。この思いがけない副産物に、クオンもにやりと口元を緩める。
「陛下の審美眼だけは、本当に一流だからね。いやあ、いい臨時収入だよ」
国からの依頼で勇者と姫の絵姿を制作してもらったので、利益も折半となっている。思いがけず懐が潤いまくったので、魔族の追い出しが終わればバルロスの肖像画を依頼してもいいかもしれない。
(まさか陛下が、あそこまで落ち込むとは思わなかったんだよなぁ……)
しばらく真っ白な灰と化していた彼の姿に、さすがのクオンも罪悪感を覚えた。にやけ面もつい歪む。
なにせバルロスはここ最近、日がな一日ブランケットにくるまってはぼんやりと、日当たり良好な窓辺でたそがれているのである。どことなく、余命半年っぽさが漂っている。
(さすがに一枚ぐらい、残してあげるべきだったかも)
と、さすがのクオンも申し訳なく思っているのだ。
リエルは彼の苦み走った顔を見つめてから視線を上に向け、頬に指を添えて小さくうなった。
「でも、陛下はたしか……画家さんだけでなく、旬のお野菜やお魚の知識も豊富だそうですよ」
「え。なにそれ、知らない」
クオンが初耳情報に、つい身を乗り出す。ペンもぴたりと止まっていた。
「はい、わたくしもメイドの皆さんから聞きました。食材の目利きもお上手らしくて、料理人から重宝されているそうですっ」
便利は便利だろうが、国王に求められる技能ではない。これほど王族に生まれたことで可能性を狭めている人材も、珍しいのではないか。
クオンはバルロスの謎スキルを朗らかに褒めるリエルを、机に座ったままじっと見た。リエルも自席から立ち上がったところで、彼のもの言いたげな目に気付く。
「宰相さま? どうされました?」
「あー、うん、あのね……今からする質問に、別に他意はないんだけどね」
「はあ」
「リエル君もああいう……ルッツ殿のような、逞しい男性が好みだったり?」
(いや、ほら、これは本当に、本当に他意はないの。うん、本当。ただなんとなく、そう、なんとなく気になったというかさ……ほら、さっきリエル君がルッツ殿のことを話した時、なんとなーく声がうっとりというか、その……ときめいてる? みたいな感じだったから。それに、もしも逞しい男性が好きだったら、僕みたいなアメンボみたいな男にこき使われて申し訳ないなーって思ってさ……アメンボ、言い得て妙過ぎてつらい)
などと、クオンは声に出さずにだらだらと言い訳しながら、弱々しい声で彼女に尋ねた。声と似たり寄ったりの怯えた目も向けられ、リエルは数秒固まった。
だが、ややあって彼女は頬を緩めた。悪ガキの顔になる。ついでに肩も揺らした。
「あらあらー? ひょっとして宰相さま、勇者さまに対抗意識を燃やしちゃってますか?」
「うーん、対抗意識ってわけじゃないんだけど……」
ルッツの年齢が年齢なだけに、彼に抱くのは父性一択だ。その発想はなかった、とクオンも困り顔で肩をすくめる。
「どちらかと言うと、力自慢な人の方がモテるのかなーっていう心配というか疑問で。僕、筋肉付きにくいしさ」
リエルはこの嘆きに、たちまちスンッと表情を消した。彼女は一つ息を吐いてから、淡白に言った。
「宰相さまが今まで未婚なのは、おモテにならないからじゃなくて、私生活が壊滅寸前だからだと思いますよ?」
「うっ」
実際問題、クオンは今でも縁談を持ちかけられることがあった。
が、その大半が彼の仕事の都合により、顔合わせの前に立ち消えてしまうのだ。どうにか顔合わせまで漕ぎつけた場合も、その後もれなく空中分解してしまう。
もちろん家にも帰れず、使用人からも顔を忘れられがちな多忙さが原因である。
図星を突かれるどころか撃ち抜かれたクオンは、両手で胸を押さえてうめいた。リエルは猫背で撃沈する彼を、机の前に立ってじっと見下ろす。
「それに逞しい男性が好きかどうかは、意見が分かれるところだと思いますねー。細身で繊細な男性がお好きな方も多いですし。男性だって、そうじゃないですか?」
「……うん、そうね」
クオン自身、容姿よりもうなじの綺麗な女性にキュンとしちゃう、若干気持ち悪い趣味の持ち主だ。好みが千差万別であることは、実感している。
「それにわたくし……あまり、お顔にこだわりはないですね。人として、尊敬できる方が好きです」
リエルはそう言うと、冷めた表情から一転してはにかんだ。キラキラ光るオレンジの瞳は、じっとクオンを見つめている。彼は思わず頬を赤らめた。
その「尊敬できる方」の端っこに、自分もいたりするのだろうか、とおこがましくも一瞬考えてしまったのだ。年甲斐もない、と気恥ずかしさで髪をかき回す。
「リエル君は、堅実でまっとうな好みなんだね。うん、いいと思う」
「それが、そうでもないんですよねー。意外と平凡のような、それでいて上級者向けのような好みだったりもするので」
「あら大変」
リエルも過去に、恋愛でこじらせたことがあるのだろうか。若気の至りかな、とクオンは目を細めて笑った。
「……もう、他人事みたいに」
しかしリエルは眉間にしわを寄せ、むっつり唇も尖らせている。
(未婚のお前に同情されてもムカつくよ、とか思われちゃったのか。悪いことしちゃったかも)
そう判断したクオンは、とりあえず「ごめん」と謝った。
「宰相さま、とりあえず謝ればいいと思ってますよね?」
「うー……うん。なんか怒らせちゃったなぁ、とは思ったので……ごめんね?」
両手も揃えてしおしおと頭を下げる姿が、たぶん哀れ度満点だったのだろう。リエルはしかめっ面を保てなくなって噴き出した。
クオンもこっそり顔を上げ、笑う彼女にホッと息を吐いた。
執務室が束の間、ほのぼのと温かい空気に包まれた時だった。
扉がけたたましく叩かれた。二人が驚き目を丸くするのと、扉越しに馴染みの文官の慌てふためく声が届くのはほぼ同時だった。
「さっ、ささ宰相様っ! 大変ですっ! 陛下が……竜の卵を隠し持っておりましたぁ!」
「はぁっ!?」
クオンも似たり寄ったりの甲高い声を上げ、ギョッとのけぞった。
「どうして竜の卵なんて……いえ、そもそも、どこで採って来たんです!」
「オブライアン伯爵から、お見舞いに貰ったそうです! 陛下が赤銅の間で謹慎なさっている間、対外的には病気療養中と発表しておりましたので、その際に贈られたと供述なさっております!」
この瞬間、クオンの脳裏で全てがつながった。
バルロスが赤銅の間――筋肉教洗脳部屋から出所した後も、ブランケットにくるまって一日中ぼんやりしていたのは、落ち込んでいたからではなかったのだ。
彼は卵を、ずっと温めていただけなのだろう。
「あんの黒光り野郎ぉっ!」
クオンが歯ぎしりしながら声を上げ、椅子を蹴倒して立ち上がった。
その姿を見つめ、リエルはそっと目を閉じた。今日がバルロスの命日になるかも、などと考えながら。
彼女は天を仰いでそっと、祈りの言葉も唱える。
なお幸いにして、バルロスは一応まだ国王なので。
今回は半殺しで済ませてもらえることを、ここに追記する。
でも半殺しにはしちゃうんだ、というね。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございましたー!




