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宰相さまと秘書官ちゃん  作者: 依馬 亜連


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7/8

7:宰相さまとフェス

 バルロスが顔見知りの近衛騎士たちから寄ってたかって縛り上げられ、そして母のコレクションがひしめく地獄部屋に閉じ込められてから、なんだかんだで十日が経過した。


 四六時中のマッチョ責めで彼の心は(すさ)み、遂には夢の中でもマッチョたちが出て来た。マッチョに囲まれ、延々と胴上げをされる悪夢にうなされたのだ。おかげで目覚めた後も、部屋中に汗と熱気が充満している気がしてたまらなかった。


 バルロスが人生最悪の目覚めを経験した日の朝、珍しく使用人以外の来訪者があった。妻である王妃だ。

 彼女は両手を後ろに回し、何かを隠し持っているようだった。


「あら陛下。今日は早起きですのね」

 ボサボサ頭に据わった目のバルロスに対し、王妃はメイクもヘアセットもばっちりだ。ついでにドレスも品よくお洒落で、ついつい惚れ直しちゃいそうになるが――それはそれとして。

「……早起きってーか……こんな汗クセー部屋で熟睡できねーってか……」

「ですよね。お義母様には申し訳ないけれど、私も絶対に嫌ですもの」


 コロコロと屈託なく笑う王妃であるが、バルロスの監禁にゴーサインを出した一人だったりもする。むしろ

「折角ですもの。あの人のお食事も、鶏むね肉とゆで卵とブロッコリー責めにしましょうよ」

と、誰よりもノリノリだった。


 そうとは知らないバルロスは、

「ってかさー、ヒドくね? たしかにオレちゃん、あん時逃げたけどさー。十日も閉じ込めるとかさ、クオンもやりすぎじゃん。これ、虐待じゃね? オジサンだって人権あるんすけどー、ってかオレちゃん王様だし。マジ不敬」

ブチブチ文句を言いながら、王妃に続いて入室した侍従に手伝われて身支度を整えた。


「まあまあ、大変でしたのね。ではそちらの文句は直接、クオンに伝えましょうね」

 王妃は猫なで声で、クラバットの形を整えるバルロスに近付いた。そして後ろ手に隠していた幅広のリボンをガバリ、と彼の顔に巻き付ける。

「うわっ? えっ、あっ、ナニ!? なんで目隠しすんの!? え、朝からそんな、ヤダ、大胆……」

「ごめんなさいね、そういうプレイではないの。でも、お楽しみは用意していますので、このまま行きましょうよ、ね?」


 王妃の猫なで声どころか、子猫をなでくり回すような声に侍従たちも更に甘ったるい声で続く。

「そうですそうです、お楽しみですから!」

「さあさあ陛下、お手を失礼いたしますねー」

「いやぁもう、何!? 手取り足取りすぎて、逆に怖いってー!」

 バルロスはギャンギャン叫びながら首を振るも、両手を侍従たちに掴まれているため、目隠しを外すことは出来なかった。ついでに王妃と彼女の侍女たちに、背中もグイグイと押されている。立ち止まることすら許されないらしい。


 周囲を使用人たちに囲まれながら進むバルロスは、靴越しに伝わる絨毯(じゅうたん)の感触から渡り廊下を歩かされているらしい、と察した。

 他の廊下よりも往来が激しいため、ここだけぶ厚い絨毯が使われているのだ。

 不意に瑞々しい花の香りが、鼻腔(びこう)をくすぐった。いつもはもっと、自分の肖像画に使っている油絵具の匂いが強いのに。換気のため、どこかの窓を開けているのだろうか。


 バルロスはそのまましばらく城内を連れ回された後、地面を踏む感触も覚えた。風もかすかに吹いているので、城内の庭園だろうか。若葉の匂いもする。

 庭園の先に待っている、クオンのいる場所――バルロスもここでピンときた。


「あれ? ひょっとしてオレちゃん、議事堂に向かっちゃってる系?」

「はい。ちょうど今、緊急会議を開くところですの」

「なにそれ。初耳なんだけど」

「ええ。クオンから、陛下には伝えないようにとお願いされていましたので」

「なんそれ!? オレちゃん、国王なんだけど――うぉっ、まぶしっ」

 文句を言っている途中で目隠しを外され、爽やかすぎて逆に忌々しい、朝の日差しに目を細めた。


 彼は目をしょぼつかせてまごついている内に、侍女たちの案外強い腕力で議事堂入り口のホールへと押し込まれた。そして、議場へ通じる両開きの大きな扉の前で顔をしかめる。

 バルロスだって、この前はちょっとやり過ぎちゃったなぁ、と反省しているのだ。さすがに催涙煙幕は過剰(かじょう)な八つ当たりだったかもしれない。


 しかし彼は、それぐらいビールフェスが楽しみだったのだ。なんなら年一回のそれのために、王様業だって頑張っている。

 なのに魔族の乱入でフェスは中止になり、そしてクオンたち忠臣はそのことに同情するよりも先に

「港湾都市への救助を」

「中止になったフェスの補填(ほてん)を」

「領主に連絡を」

と、事務作業を優先していた。


 国としては正しい対応だとは分かっているけれど、せめて一言ぐらい慰めて欲しかった。

「中止になって残念だったね、代わりに飲みに行く?」

と、ついでに飲みにも誘ってほしかったのだ。


 ――以上のような、面倒臭い構ってちゃん思考で煙幕をぶちまけて、クオンどころか使用人たちからも親の仇のように恨まれたバルロスは今、議場に入るのが気まずくて仕方ないのだ。急に高熱、出ないだろうか。


 だがまごついている気配で気付かれたのか。彼が内股でもじもじしている内に、両開きの扉が議場内から開かれた。

 バルロスがギクリと身を強張らせていると、扉の間から顔を覗かせた細身のインテリイケメンもといクオンが、相変わらずの何を考えているのか分からない無表情でこちらを見据える。とても気まずい。


「あー……元気? オレちゃんは……そうね、ちょっと吐きそうかも」

「左様ですか。場内に洗面器はありませんが、花瓶ならございますので」

 バルロスが半笑いで先に声をかけると、気遣いがあるんだかないんだかな言葉を返された。いや、ないな。花瓶へのゲロを推奨するのは、気遣い皆無とほぼ等しいだろう。

 そもそも花瓶なんて飾っていただろうか。自分の彫像はあるけれど、とバルロスの頭の片隅に疑問符がちらついた。


 ただクオンはさほど怒っている様子もなく、薄い手をひらめかせて彼を手招きしてくれた。バルロスも黒光りする額に浮かんだ冷や汗を手の甲で拭い、ほっと議場へ入る。


 どうやら緊急会議は、始まったばかりのようだ。円卓を囲む貴族たちもまだ、場の空気を掴みかねている宙ぶらりんな表情だ。彼らの視線は、最奥(さいおう)の席で立つ息子のベイルに注がれている。

 視線を集めても堂々としているベイルの手元には、大きな一枚の紙が広げられている。何かの計画書のようだ。バルロスも息子の方へ回り込みながら、紙に書かれた見出しを覗き込み――目をまたたいた。


「なあベイル。この『魔族追放フェス』って……なに?」

「読んで字の通り、今回の追放作戦に伴うお祭りですが」

 熱血明朗イケメンに育った息子が、老若男女問わず国民からウケまくりの満点スマイルで即答した。


「なんでそんなこと……え、今まで魔族追い出してフェスとか……してねーよね?」

 半信半疑の父に、ベイルは力強く頷き返した。

「はい、しておりませんね。ですが父上はお祭りがお好きでいらっしゃいますし、今回は王族も作戦に同伴するのですから。それぐらい盛り上げても問題はないでしょう」

「はっ? 王族? 誰? え、まさか……オレちゃん……?」

「それだけはあり得ませんので、ご安心ください。同伴するのはニィナですよ」

「ハァァァッ!? それこそありえねーっしょ!」

 バルロスは今日一番の大声を出して仰天した。寝起き直後に連れてこられたので、カラッカラに乾ききっている喉もビックリして思わずむせる。


 ベイルは涙目でむせる父の背中をさすりつつ、やっぱり朗らかに言ってのけた。

「実はニィナが、勇者ルッツ殿と恋仲になりまして。私も彼と面談いたしましたが、実に真っすぐで気持ちのいい青年ですね。それにニィナとの相性もいい」

「げほっ……そんなん無理ィ! ニィナちゃんはずーっとウチにいるって決めてんの!」


 バルロスは吠えつつ、侍従がグラスに注いでくれた水を一気に飲む。ベイルは父親というよりも、言うことを聞かないアホガキの脳髄(のうずい)へ染み込ませるような、念押し口調で返した。

「父上、いいですか? ニィナの人生は、あの子のものです。あの子の意思と決定を尊重してください。内向的で、公式行事に参加するのもおっかなびっくりだったあの子が、旅に出ることを望んだのですよ? あの性格では政略結婚でも難航するでしょうし、むしろ願ったり叶ったりではないですか」


 滔々(とうとう)と父をたしなめるベイルに、クオンも薄ら笑いで乗っかる。

「そうですとも。魔族の追放を成功なさった勇者殿が平民の場合、爵位を与えるしきたりもございます。降嫁(こうか)を理由に報奨金も上乗せすれば、ニィナ殿下の生活基盤も問題はないでしょう」

「お前……オレのこと、ハメただろ!」

 自分を閉じ込めている間にニィナとベイルをたらしこんだな、とにらみつけるも。クオンは胡散臭い笑顔のまま、はてと首を傾けた。


「ニィナ殿下ご自身が、ルッツ殿をお選びになりましたよ? 私は何も、無理強いはしておりません」

「当たり前だ! お前、オレの天使ちゃんに無理させるとか許さねーし!」

「それは何よりです。私も殿下の旅路が、順調で不自由のないものである事を切に願っております。ですので――」

 クオンがそう言いながら、魔族追放フェスの計画書を指し示す。


「そこで打ち立てるのが、こちらのフェスになります。殿下もご帯同なさる旅路への関心を集めつつ、勇者による魔族追放が完了した地域の復興も目的とした、各地での祭事を予定しております。また王都などの被害を免れた地域では、被災地の特産品を扱った出店イベントも併せて実施予定です」

 計画書内にはすでに、被災地域への復興支援の概要も、主だった特産品も列挙されていた。さすがはクオン、抜かりがない。


 バルロスがぐぬぬと歯噛みしていると、ここでクオンの忠犬ことリエルが駄目押しの一手を放つ。

 彼女は紐で束ねられた書類を抱えており、それを計画書の隣にでんと置いて言った。

「こちらはニィナ殿下が今まで訪問なさった孤児院や養護院での活動記録と、支援なさっている福祉団体のリストですっ」

 リストのぶ厚さに、バルロスは絶句。


 しかしリエルは黙りこくるバルロスの顔をじっと見つめ、丸い瞳をきらめかせて得意げに続けた。

「殿下が同行してくだされば、被災地での支援活動についても、とーってもスムーズな打ち合わせも出来ますね!」

「あらー……そうなのねー……」


 薄っすら青ざめるバルロスが力なく書類をめくると、他国の支援団体の名前もそこそこあった。真面目で勤勉な愛娘がいれば、被害地域がどこであろうと安心安全かもしれない。


 引っ込み思案な天使ちゃんが、こんなにも立派に成長しちゃって……バルロスはそんな気持ちで、つい涙ぐんだ。ぐず、と鼻をすする彼を見据え、クオンが無慈悲に続ける。

「そんなわけですので陛下。勇者殿への予算ですが」

「んだよ、もう! 分かったよ、ケチらねーし! でも、血税だかんな! ちゃんと大事に使えよな!」

 涙声でヤケクソ気味に快諾(かいだく)すると、クオンとベイルが手を打ち合わせて「ウェーイ」と喜んだ。実にムカつく。


 息子は小生意気に成長したな、とバルロスが鼻を噛んでいると、ここで議場にいる貴族の一人が挙手をした。魔族に乱入された、港湾都市を治める伯爵だ。

「あのう……復興支援や特産品の優遇をしていただけるのは誠にありがたいのですが。現状、我々も防衛に手一杯でして……祭を行う余裕があるとはとても……」

 実直な伯爵からの申し訳なさそうな言葉に、ベイルが鷹揚(おうよう)に笑う。

「安心しろ。被災地への負担は極力排除するつもりだ。そのために、王家の臨時予算も捻出(ねんしゅつ)済みだ」


 再びの初耳要素に、バルロスが口を丸くすぼめた。

「ムチュコたん? それも聞いてないってーか……オレちゃん、朝起きてからずっと、聞いてない話ばっかなんだけど……」

「はい。あえて伏せておりましたので」

「なんで? パパ、王様なんだけど……え、これって、クーデター的なアレ?」

「いえいえ、まさか。そんなの面倒臭いですし」


 ベイルは空々しい声で返しつつ、議場の壁際を見るように視線をゆっくり動かした。

「ところで父上。この議場を眺めて、何か変わったとお思いになりませんか?」

「え? え……えっ、あっ、ああああ!」

 バルロスはベイルの声に嫌な予感を覚え、改めて議場を見渡し――絶叫した。


「ない! ないんだけどッ! オレちゃんのコレクションがッ!」

 壁一面を埋め尽くしていた、バルロスの肖像画や彫像がきれいさっぱり消え失せていたのだ。代わりにシンプルだが上品な花瓶が置かれ、色とりどりの花が活けられている。


 肖像画や彫像は、バルロスにとってあって当たり前の存在だった。だから、言われるまで全然気づかなかった。

 ガクガク震えるバルロスに、クオンが無表情に戻って答える。


「陛下の自画自賛コレクションにつきましては、この十日間の間に売り払いました。渡り廊下の肖像画も含め、殆ど全て」

「売ったのォォォッ!?」

 バルロスの絶叫は、高音を通り越して超音波に片足を突っ込んでいる。しかしクオンは動じず、おすまし顔のままだ。


「ええ、チャリティーオークションの目玉商品として。幸い、どれもいい値が付きました。陛下は国民から、大変愛されていらっしゃいますね?」

 今そんなことを褒められても、全然嬉しくない――バルロスはそう文句を言いたかったものの、実際には小刻みに震える「わぁぁぁ」という小さな小さな悲鳴しか出なかった。


 ショックのあまりその場に座り込む国家元首の姿に、議場に集まる貴族たちももれなく戦慄した。

 だってこれは、あまりにも不憫すぎる。

 そんなビビり散らした貴族たちへ、クオンが畳みかけるように告げた。

「ご覧のように陛下が国民のため、ご自身の大事な美術コレクションを処分なさりましたが、それでも全ての復興支援を王家で行うには心許ないのが現状です。ついては被害に遭われていらっしゃらない地域の方には、ご協力いただければ幸いです」


 これを見せられて、NOと言える猛者(もさ)がいれば教えて欲しいものだ。

 異議など唱えられず、ただ生唾を飲み込むしかないおじさん・おじいさん衆は結局、魔族追放フェスへの協力を約束させられるのだった。

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