6:宰相さまと王太子
結果論として「それなりにいい国王」認定を受けているバルロスと違って、彼の息子であるベイル王太子は国内外問わず「文句の付け所がない次期国王陛下」として評判である。
品行方正で文武両道、おまけに眉目秀麗――絵に描いたような理想の王子様なのだ。ちょっぴり勝ち気な部分も、好意的に受け止められている。イケメン、それすなわち大正義である。
そんな彼は定期的に国内の領地を巡回しては、国民の暮らしを自ら見て学び、彼らに必要な政策を生み出していた。
今回の魔族襲来も、彼が西端の辺境伯領を訪問中に発生した。そのためベイルが王城に戻れたのは、勇者ルッツの謁見が終わってから三日後のことだった。
慌てて戻って来たベイルは、城門をくぐる前から父親のありとあらゆるやらかしを聞かされ、とんでもなく怒っていた。
彼は艶のあるこげ茶の髪をかき回し、王城の廊下を速足で歩く。ほぼ競歩の速度だ。高身長で足も長い彼のバカ速い歩調に、小柄な従者が小走りで追いすがっている。
ベイルは真っすぐ前を向いたまま、その従者に声をかけた。
「勇者殿は、まだ城内にご滞在中なのだな? ――ああ、すまない」
だがその途中で、従者の荒れに荒れた呼吸音に気付き、慌てて歩調を落とした。ゆったりと客室へ向かいながら、改めて従者を見下ろす。
従者も汗の浮いた額をハンカチで拭き拭きし、こくりと頷いた。
「は、はい……陛下はすぐにでも旅立たせよう、となさったそうですが、クオン宰相閣下が引き留めてくださったそうです……」
「ふむ、なるほど。またクオンに借りが出来てしまったわけだな」
ベイルは目を細めて腕を組み、思い切り舌打ちをこぼした。
「全く……勇者殿への予算をケチってどうするんだ。最悪、途中で討ち死にではないか! 代わりに俺が父を殺してやろうか! 今すぐにでも!」
クオンが中庭にてクソデカボイスで「ぶっ殺してやる!」発言をしていたことと、そして重臣・忠臣たちもそれを煽りまくっていたことも、従者は知っている。
しかもベイルの帝王学は、クオンから伝授されている。従者は「似た者師弟だなぁ」と、汗ばむシャツをぱたつかせながら考えていた。
「あの殿下、ここは一応ご冷静に……ほら、深呼吸でもなさって下さい」
「深呼吸が必要なのは、お前の方だと思うんだが……まだゼーゼー言ってるじゃないか。大丈夫か?」
従者の顔色も赤を通り越して赤紫に近かったため、ベイルもさすがに平静を取り戻す。怒って先走った結果、従者が酸欠でぶっ倒れては末代までネタにされかねない。
従者は身をかがめた主に背中をさすられつつ、王城の天井を見た。正確には、その更に向こう側にあるとある一室へ意識を向けている。
「お気遣いいただき、恐縮です……ちなみに陛下は、宰相閣下のご指示で赤銅の間に軟禁中とのことです」
この報告に、今までずっと怒り顔だったベイルが豪快に噴き出した。
「父上はあそこに閉じ込められているのか! それはざまあないな!」
赤銅の間は、先代王妃である王太后の元・私室だ。そしてパリピな息子を育て上げた高貴なる女性は、未曽有のマッチョ好きでもあった。
よって私室は、壁紙からカーテンあるいは調度品や絨毯に至るまで、全てが半裸でポーズを決めたマッチョ男性の意匠や模様で統一されている。常人なら十分も滞在すればむさ苦しさに胸焼けがする部屋であるため、王太后以外の王族や王城勤務者からは「筋肉教洗脳部屋」と呼ばれている。
なお普段は離宮で暮らす王太后が来城すると、ここに必ず筋肉調度品が増える。今年の正月に、これまた暑苦しい東洋の奇祭・裸祭の油絵が追加されていたはずだ。
きっと父も今は、四方八方からのマッチョ責めで胃と脳をやられているに違いない。まさにざまあみろだ。
ベイルが父の悲惨な現状に気分をよくしたところで、彼を呼ぶ声がした。
「王太子殿下、おかえりなさいませ」
「おお、クオンか。今回も世話をかけてすまなかった」
そつなく無表情をまとっているクオンに、ベイルは朗らかに片手を上げる。彼と、その背後にくっつく小型犬もといリエルを出迎えた。
「いえ。悲しいかな、私も陛下の所業につきましては、それなりに慣れておりますので」
「とはいえ今回は、催涙ガスも吸わされたんだろう?」
「ええ。そちらに関しましては、陛下をぶっ殺すべきかと改めて思案いたしました」
「奇遇だな、俺もだよ」
そう言い合う二人は、お互いに真顔である。本気あるいはガチなのだろう。
ベイルの従者とリエルは無言で目を合わせ、同時に肩をすくめた。国王塩対応勢に仕える者同士、息の合った動きだ。練習したのかもしれない。
ただ国で一・二を争うご多忙野郎どもが、廊下のど真ん中でブッコロ発言を繰り返すのは生産的でないし不穏だ。
クオンは焦れたリエルにつん、と背中を突かれて当初の目的を思い出した。ごめん、と彼女へこっそり笑い返してから軌道修正する。
「殿下。勇者殿の今後につきまして、ご相談もございます。一度、執務室に伺ってもよろしいでしょうか?」
「それは構わんが、君の部屋の方が都合が良いのでは?」
ベイルが不思議そうに首を傾げる。なにせ彼は、長期の外回りから帰って来たばかりだ。クオンの執務室の方が、資料だって揃っているはずである。
しかし彼の質問に、クオンが無表情から歯を食いしばった、怒っているのか泣くのを我慢しているのか、判断しづらい微妙なブサ顔に変わった。
なんで?とベイルが更に困惑すると、リエルが元気よく挙手した。
「はい、殿下っ。わたくしが発言しても、よろしいでしょうか?」
「君はいつも元気だな。よろしい、説明を頼む」
「恐縮です。宰相さまは陛下がご予算の代わりに煙幕をばら撒きあそばされた日から、ご自宅に戻っておりません」
「なんだ、またウチに住んでいるのか。もう父上の養子になるか?」
「……絶対ヤです」
クオンが地を這うどころか、地面にめり込んだ声で答えた。そりゃそうだろう。
二人も「だよね」と頷くと、すぐに会話を続けた。
「――このようなご事情のため、執務室はお仕事部屋というよりも、三十二歳男性の独居部屋に限りなく近いご状況となっております。はいっ!」
臭そうだ――この素直な感想は、ベイルの胸の内に留められた。彼は代わりに、真面目ぶった顔を作る。
「なるほど、それは大変だ。では俺の執務室を使おう。クオン、頼むから王城で孤独死だけはやめてくれよ」
ただこれだけは、しっかり釘を刺した。死ぬなら病院または、自宅を選んで欲しいものだ。
クオンたちは話し合いの準備があるということで、一旦廊下で別れた。ベイルと従者は先に執務室に戻り、荷ほどきを始める。ついでに侍女たちに、土産を配るよう手渡した。
そうこうしている内に、クオンたちが執務室へやって来た。彼はリエルの他に、今回の最大の被害者である勇者ルッツと、何故かニィナも連れてきている。
ベイルは内気な妹のはにかみ笑顔に笑い返しながら、再びなんで?と疑問符を浮かべた。
「ニィナも、何か関係があるのか?」
父に溺愛されているこの子も、さすがに今回は思うところがあるのかと思ったが、違った。
ニィナはチラチラと、クオンへ視線を向けている。どうしよう、と言いたげだ。クオンもニィナを見下ろし、恭しく頭を下げた。次いで、ベイルにも仰々しく礼を取る。
「今回の魔族の追放作戦へ、是非ニィナ殿下にもご参加いただきたく愚考しております」
「うん? 何故だ?」
ベイルは十代の頃に騎士団でバリバリ働いた経験はあるけれど、王族=従軍必至というわけでもない。父のバルロスは運動能力がお年寄り未満だから、騎士団でなく王都の商会で修行をしていたというし。
しかしニィナは頬を赤らめ、儚い声で宣言した。
「あの、お兄様……わたし、ルッツ様を、お慕いしておりますの」
「はっ!?」
ベイルは甲高い声を上げながら、思い切りむせた。彼の後ろで、従者も目を見開いて固まっている。
同世代の紳士どころか、淑女と話すのもやっとなニィナが恋だなんて。嘘だろう、と言いたかったが、ニィナの視線はルッツに向いており。
そしてルッツも彼女へ、裏社会の住人みたいな強面を緩めて照れ笑いを返しているので、どうやら真実らしい。
そもそもクオンは、そんなタチの悪い冗談は好まない人間だ。
そんな彼の薫陶と悪影響をばっちり受けている愛弟子のベイルは、目をつぶってこめかみを押さえながら数秒考えた。
クオンが何をしようとしているのか、を。
「……つまりクオン。君は父の無駄に固くなった財布の紐を緩めるために、ニィナを連れ出したいわけだな?」
この回答は満点だったらしい。クオンの無表情がにっこりと緩む。うーん、逆に怖い。
「ご名答でいらっしゃいます。勿論陛下の情に訴えるだけではなく、ニィナ殿下の魔術の才を活かす絶好の機会だと判断しての事でもありますが」
「まあ、な。聖女だからな」
ニィナは優しい性分に合っているのか、治癒魔術が特に優れている。神殿から聖女の称号を与えられ、ついでに出家を誘われるほどには。
ベイルも兄として「内気なこの子には、政略結婚に臨むより神官の方が向いているかも」とも考えていたけれど。まさかこんな進路をお出しされるなんて。
「ちなみに母上は、なんと?」
念のため訊くが、クオンは淀みなく即答だった。
「王族として見聞を広めるためにもいいだろう、とのご快諾を頂戴しております」
「さすがの根回しだな」
母も妹本人も納得しているなら、ベイルに不満はない。彼だって、ニィナが外の世界へ興味を持ってくれて嬉しいのだ。
「ならば俺も支持したい、が。父上は納得するか? 確かにニィナが参加となれば、金に糸目は付けないだろうが……あいつはそれぐらい、ニィナを心底溺愛しているぞ? まず外に出さないのではないか?」
腕組みしたベイルに尋ねられても、クオンはにっこり笑顔のままだ。何を考えているのかよく分からない笑顔は、やっぱりちょっと怖い。
「殿下、ご安心ください。その点につきましても、陛下が食い付き、そして釣り上げられずにはいられない案がございますので」
そして自国の王を魚扱いしている淡々とした物言いも、頼もしくも怖かった。頼もしいんだけどね、本当に。




