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宰相さまと秘書官ちゃん  作者: 依馬 亜連


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4/8

4:宰相さまと予算

 クオンは宰相だ。年齢的にはまだまだ若輩者扱いを受けるものの、宰相歴も八年になるのでそれなりに修羅場もくぐっている。

 魔族や他国との交渉の場で、危うく死者が出そうになった経験だってある。もちろんその原因の大半は、バルロスのうっかり発言だ。


 しかし彼は、侯爵家生まれの天然もののお坊ちゃんなので――平民との接点は薄い。そして平民の中でもガラがよろしくない裏路地の住人とは、出会うことすらない暮らしを送っていた。彼の中でチンピラは、古竜と同じぐらいの希少生物である。


 そんな生粋(きっすい)のおボンボンでいらっしゃるクオンは、ほんの十メートルほど先で悠然と立つ勇者に怯えまくっていた。

 だって古竜とニアリーイコールな、チンピラにしか見えない風貌なのだ。それでいて、城内のどの騎士よりもガタイがいい。暴れ出したらどうしよう、と思わず内股になっていた。


 なお、この場にいるほぼ全員が良家のご出身である。おじさん・おじいさんが半数を占める重臣たちは、加齢以外の理由でカタカタと震えていた。

 そして近衛騎士も、ちょっと及び腰になっている有様である。


 その中でバルロスだけは、相変わらずふてくされた面構えである。そんなにビールフェスが惜しかったのだろうか。

 しかし怯えたままでは話にならないし、このぶすくれ国王に主導権を持たせるのもよくない。クオンは一つ深呼吸をして、自身の柔らかな銀髪を撫でつけた。心を奮い立たせ、無表情も再装着する。

「遠路はるばるお越しいただきまして、ありがとうございます、勇者殿。お名前は――ルッツ殿でお間違いないでしょうか?」

 戦神の神官から渡されていた資料に目を通しつつ尋ねると、勇者ルッツの凶悪フェイスが向けられた。わあ怖い。


「はい。自分、ルッツっす。地元で木こりしてます」

 しかし喋り方は、思った以上に朴訥(ぼくとつ)だ。そして資料に書かれていた「年齢:十六歳」という情報に、クオンは脳内でギャッと悲鳴を上げる。

(絶対僕と同い年ぐらいだと思ったのに! 半分ぐらいの年じゃん! まだ子どもじゃん!)

 こんな低音ボイスで胸毛もゴツ盛りそうな見た目なのに、数年前まで基礎学校に通っていただなんて。嘘だろう。


 しかも未成年を旅立たせるとなると、また勝手も違って来る。

「ルッツ殿。貴方が勇者として魔族の追放作戦に従事することを、ご両親はきちんとご理解なさっておりますか?」

 うっす、とルッツが(たくま)しい首を動かした。

「母さんも爺ちゃんも、魔族が村に来るかもって怖がってました。だから自分が、村を守りたいっす。そう言ったら母さんたちも、絶対頑張れって。あと神官さんも、母さんたちとちゃんと話、つけてくれてました」

 そう言って握りこぶしを作る表情は、義憤(ぎふん)に燃えていた。それに真っすぐで綺麗な目をしている。


(顔は怖いのに、すごくいい子だ……)

 脂ぎったおじさんたちとの、日々繰り返される言い合いに疲れ切っていたクオンは、純朴そのものなルッツの様子に図らずもキュンとした。

 これが父性の芽生えかもしれない。彼には子どもどころか、妻も恋人もいないのに。

「……ありがとうございます。ちなみに今回は、魔族の追放に加えて逃亡中の現魔王の捜索もお願いしたい、と考えていますが」


 クオンが感動でちょっぴり声を震わせつつ、ルッツにジャブをしかけてみるが。こちらも素直に頷かれた。

「困ってるんすよね、魔王さん。それで王様たちは、助けたいんすよね。なら自分も、絶対助けます」

 ぶ厚い胸板を、ドンと叩いての大変頼もしい快諾(かいだく)である。

(やだーっ、むちゃくちゃいい子ー!)


 さすがは戦神。その時代・その状況に合わせた、最高の人物をマッチングしてくれている。どうやら当代は、義によって助太刀(すけだち)いたす系勇者のようだ。

 人選に問題なし、とクオンはひとまず安堵した。そして玉座のぶすくれハロルドを見上げ――嫌な予感を覚えた。

 彼は相変わらず()ねているが、ほんのちょっぴり口角を持ち上げていた。これは、彼が悪ノリしている時の顔である。


 クオンが呼びかけるより早く、バルロスが動いた。

「すげーな。勇者ちゃん、超やる気じゃーん。頼もしすぎて、ウケるかも」

 彼はヘラヘラ笑って玉座から降り、ルッツに歩み寄った。まさか国王に近寄られると思っていなかったのだろう。ルッツは輪をかけて怖い顔になり、ガチリと固まった。呼吸も止まっている。


 バルロスは、体格がよすぎるあまり故障したゴーレムみたいなルッツの体も、遠慮なくベタベタと触る。

「うわっ、筋肉エッッッグ。でもキミ、クッソ強そーね。これならマジで、魔族も楽勝じゃね?」

 そう言ってだらしない笑顔のまま、クオンへ振り返った。


 クオンは本能がガンガン警鐘(けいしょう)を打ち鳴らしている中、内心で身構えながらも頷く。

「――ええ。頼もしい限りですね」

「ってコトで、予算はこんなもんでどうよ?」

 バルロスがそう言って提案した予算に、クオンは目を見開いた。

「はぁ?」

 と、裏返った声も口からこぼれかける。それを慌てて飲み込みながら、ギロリとバルロスを見た。


「――陛下、その予算は一週間辺りの?」

「んなわけねーよ、月額だよ」

「ご冗談もほどほどに。それでは、王都に住む新卒職人の平均月収と大差ないではありませんか」

「ってか勇者ちゃん、まだ未成年っしょ? ならこんなもんでいいじゃん。食うには困んねーしな、なあ?」


 バルロスは手を広げ、ルッツへ更に距離を詰める。顔と図体はゴーレムだが心はピュア青年のルッツは、目を泳がせながら頷きかけて、

「ルッツ殿、貴方はどうかそのままで。承諾(しょうだく)なさらなくて結構です」

声に凄みをにじませたクオンに、たちまち制止された。シゴデキ風なおじさんに呼ばれ、ルッツは再びガチリと固まる。


 クオンはバルロスをやや強引に引き剥がし、眉間をきつく寄せながらジロリと見据えた。

「陛下。確かにルッツ殿が、故郷から王都へ出稼ぎに来られた青年であれば十分な給与でしょう。ですが彼がこれから(のぞ)むのは、国内に侵入した魔族の追放と魔王の捜索活動です。それには人員も、武器や防具や医療品のような各種専門道具も必要となります。十分な食事だけで事足りるわけがないでしょう。前勇者殿は、陛下が提示された額の五倍は受領されておりました」

 バルロスが両頬を膨らませムッツリ、と口も尖らせた。両手もポケットに突っ込んでいる。四十歳を余裕で超えたおじさんに、そんな態度で拗ねられましても。


「でもさー、前の勇者ちゃんは超病弱でフィジカル雑魚だったじゃん? 病院代、超かかってたじゃん。今回はそこ、要らないじゃ――」

「陛下も仰ったように、当代勇者殿は未成年です。たとえ身体は頑丈でも、先代よりも世慣れしておりません。知識面や精神面での支えが必要になります。また一見成熟した外見であろうと、彼はまだまだ成長期。思いもよらぬトラブルに見舞われることも考えられます。十分な支援は必須です」

 クオンはゴネる彼へ被せるようにして、息継ぎなしに畳みかけた。言い終えてから一つ息を吸い、まだ文句でもあるのか、と目を細める。


 バルロスも目を細め、クオンを睨み返した。反論はなかった、が――

「……まじウザい、メンドい」

 仕立てのいいジャケットの内側に手を突っ込みながら、ごくごく小さな声でそれだけボヤいた。それは衣擦れの音に紛れ、クオンの耳には届かない。彼はわずかに首を傾げ、バルロスへ身を乗り出す。

「陛下? 今、なんと仰いました?」

 バルロスはそんなクオンと自分の間に、ジャケットから取り出したものを投げつけた。手のひらにすっぽり収まる、真っ黒なボールだ。


 ボールはピカピカに磨かれた石床に叩きつけられると、たちまち割れた。

 そして中から毒々しい黄色の煙がぼわり、と立ち昇る。色だけで、吸っちゃ駄目だと分かる代物だ。

 しかし分かったところで、そんなものを足先で発生させられれば反応が間に合わない。クオンは顔を覆って逃げる前に、うっかり鼻から吸ってしまった。

「うわっ、痛っ……ゴホッ、ウエッ――ぶえぇっくしょんッ!」

 途端、鼻と目の粘膜に突き刺さるような痛みが訪れ、思わず背中を丸めて顔をそむけた。しかしすぐさま涙と鼻水と、ついでに無様なくしゃみにも見舞われる。


 バルロスがジャケットに忍ばせていたのは、タマネギや唐辛子やコショウといった、ご家庭でお手軽に取り揃えられる刺激物のエキスを混ぜに混ぜたうえ、効果を増幅させまくった煙幕だった。ほとんど劇物である。

 本人は放り投げる前にちゃっかり鼻をハンカチで覆っており、クオンがくしゃみ地獄に落とされたのを見届けると、そそくさと逃げ出していた。

 煙幕はそのまま謁見の間にどんどんと広がり、国で一番偉そうな場所が国で一番みっともない修羅場と化した。


 ルッツや近衛兵、そして後ろで控えていた家臣や文官あるいは使用人たちも、ボロボロと泣きながらくしゃみを続ける。

「さっ、宰相さまっ! 大丈夫ですか――へぶちっ!」

 リエルもクオンを助けよう、と果敢(かかん)に彼へ駆け寄ってあっという間に二次災害に見舞われた。

 彼女は体を折って「へぶちっ! へぶちっ!」と、風変わりな音でくしゃみを繰り返している。

「リエル君、なんでこっちに来ちゃったの……うぇっ、ぐしゅんっ!」


 クオンは止まらない涙のせいでよく見えない中、変なくしゃみの音とミルクティー色の髪を頼りにリエルの腕を掴んだ。

 彼女がこれ以上、煙幕を吸わないように顔も抱き寄せる。そしてもう片方の手で、しゃがみ込んでいるルッツの腕も引いて、謁見の間からの脱出を図った。


 彼は半死半生の近衛兵たちと一緒に、職員用の出入口へ向かっている途中で、今更ながら玉座の方を見上げた。数段高い場所に待機していたからか、王妃とニィナ王女はまだブサ顔くしゃみ地獄を味わっていないようだった。

 ただ、ありとあらゆる汁を垂れ流し中の侍女に避難を促され、王妃は罪悪感と困惑で顔を青白くしている。


 そして彼女より何十倍も気の小さいニィナは、失神寸前なのではと思ったが、違った。彼女はクオンの方を凝視していたのだ。

 いや、正確には彼が引っ張っているルッツの後ろ姿だけをただ見つめている。その視線は、クオンが初めて見るような熱のこもったものだった。

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