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宰相さまと秘書官ちゃん  作者: 依馬 亜連


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2:宰相さまと国王

 クオンの父である前侯爵は、とにかく几帳面な人物だった。どんな場面・状況でも時間を守り、そしてそれを息子たちにも徹底させた。

 父曰く「時間にルーズな人間は、全てがだらしないと思われるのだ」だそうだ。

 ただ大きくなって家の外を知るうちに、そんな几帳面でクソ真面目な人間は案外少ないということも、息子二人は学んでいた。


 現に今も、議会が始まる十分前だというのに、勝手に話し合いを始めているバカが二人もいた。

 禁煙であるはずの議事堂で、葉巻まで吹かして。

 更にたちの悪いことに、バカの一人は国王バルロスである。クオンは無表情のまま、舌打ちをした。


 バカ王と、相方のバカ伯爵が話しているのは王都の西側に建設予定の、例の野外劇場のことのようだ。バカ伯爵が揉み手で、劇場を自領に作るとアピールしている。

「陛下! フェスは是非、小生の領地でいたしましょう! その方が土地も潤沢に使えますよ! 王都の貧民街なんて目じゃございませんとも! それに我が領は、ビールも自慢ですし!」

「そうだなー。まあ、たしかにオブライアン領は超広いよなー……うん、そうね。いい案なんじゃね?」

 スーッパッパと煙を吐き出すバルロスは、いつも以上のニヤけ面だ。きっとクオンが来るまでに、えげつない量のお世辞を浴びていたのだろう。


 ここまで伯爵が必死なのは恐らく――いや、確実に金絡みだ。

(そういえば、彼が責任者になってる街道整備が遅れてるんだっけ)

 クオンが素早く心当たりを思い出す。野外劇場の建設にかこつけて、街道整備の予算もせびるつもりなのだろう。


 しかしバルロスがヨイショに浮かれていることを、クオンは絶対に許さない。音もなく二人に近付き、バルロスの手首を掴んだ。ムッとした顔で振り返った彼が、たちまち口角を引きつらせる。

「うわっ、やべっ……ってかクオンちゃん、今日遅くね?」

「私でなく、陛下とオブライアン伯爵がお早いだけかと。議事堂内は禁煙ですよ?」

 クオンが愛想ゼロの虚無顔で返しつつ、葉巻を灰皿へ強制的にねじ込んだ。へし折られた葉巻の姿に、バルロスは束の間己の未来を重ねる。


「あー……サーセン……」

「そして王都西側の再整備と救護院の設立は、福祉方面への関心が(あつ)い王妃殿下や王女殿下方の悲願でもありますので。野外劇場はあくまでそのおまけ――そうでいらっしゃいますね、陛下?」

「あ、っはい……オマケね、うん。そうね、ハイハイハイ……」

 クオンはアホのように頷き続けるバルロスを捨て置き、次にオブライアン伯爵へ視線を定める。伯爵の、よく肥えた丸い肩がびくりと跳ねた。

「ところで、オブライアン伯爵。前々回の議会で決定しました街道整備に関して、貴公の領地が主導となっていたはずですね?」


 ごくり、とオブライアンが唾を飲みこむ。次いで数秒遅れて応えた。

「……はい」

「そちらに遅れが出ている、との報告を受けております。原因は貴公と、建設会社との金銭にまつわる相互不理解だとか」


 もちろん“相互”不理解というよりも、建設会社の足元を見て報酬の値下げを突如言い渡した伯爵がストライキを受けているだけ、という詳しい事情も把握済みだ。だからクオンもじっと、沼のような目(なにせ寝不足で慢性疲労だ、淀みもする)でオブライアンを凝視した。


 オブライアンも、宰相殿は諸々ご存知らしい、とさすがに察したようだ。今度は肉厚な背中を丸め、突き出た腹の前で両手を揃える。

「その点、は……領地に戻り次第、ただちに是正(ぜせい)して――」

「それは何より。長く禍根(かこん)が残るようでしたら、宰相として私も伺わざるを得ませんので」

「絶対、すぐに! もう最優先で解決しますからァ!」

 オブライアンが、薄っすら青ざめながら甲高い声で即答した。ここまで嫌がられると、さすがのクオンも傷付くし――抜き打ちで行ってあげたくなっちゃうものだ。


(……甥っ子の誕生日の帰りにでも、寄ってやろうかな。いや、楽しい気分で終わりたいから、行きに寄ろう。うん、そうしよう)

 小さな嫌がらせを無表情のまま決め、ついでに出発までの日程調整もさっさと脳内で積み上げる。

 クオンがバカ二人を威圧している内に、議会の時間が訪れた。それまで隣近所の者と世間話に興じていた貴族たちも、ただちに口を閉ざす。

 ついでにクオンの斜め後ろから、グルルと唸ってオブライアンを威嚇(いかく)していたリエルも、ただちにおすまし顔になっていた。えげつない落差である。


 ともあれ粛々(しゅくしゅく)と、議会は始まった。クオンも小さく肩をすくめ、進行役並びにバルロスの手綱役に徹する。



+++



 クオンが、甘い誘い文句に流されまくるバルロスの首根っこを掴んでいたおかげで、議会はつつがなく終了した。

 彼も地方貴族たちの提案が国にとって有益なら、もちろん採用する。今回も一割の貴重なご意見は、政策に盛り込むことを即決していた。

 ただ残りの九割は、自領というよりも自分の懐を可愛がりたい案だったので、蹴散らかすしかないのだが。


 クオンは自分の父親とさして変わらない年齢のおじさん・ジジイたち相手の一戦に疲れ果て、ぐったりと一人掛けソファに体を沈めた。彼がいるのは、王族一家がくつろぐサロンだ。

 大きなテーブルを挟んで向かいに座るバルロスと王妃のカップに、メイドたちがコーヒーを給仕(きゅうじ)している。彼女たちは次にクオンと、その横のソファにちんまり座るリエルの前にも熱々コーヒーをそっと置いた。


 香ばしい豆の香りが、黒い水面からふわんと立ち昇る。無表情でこめかみを揉んでいたクオンの表情も、つられて緩んだ。

「ありがとう」

 彼が灰色の瞳を細めて笑顔で礼を言うと、メイドたちの頬がたちまち赤らんだ。辣腕(らつわん)宰相だの仕事狂いと言われがちなクオンだが、王城勤めの女性からは目の保養認定を受けているのだ。

 彼は上司には恵まれていないものの、容姿には恵まれているらしい。それが幸運かどうかは、かなり微妙だが。


 リエルはメイドたちが小声でキャッキャと喜ぶ様子を、唇を尖らせてじっとり見つめていた。無言だが、顔と言わず全身から「面白くない」と思っているのが丸わかりだ。

 しかしメイドのハートを一網打尽にした当の本人は、その事実にも部下のヤキモチにも一切気付かず、コーヒーに砂糖をぶち込んでティースプーンで一心不乱に混ぜていた。

 やがて渦が出来たコーヒーに、そっとミルクを注ぎ込む。黒と白の縞模様が出来上がる様子を眺め、にんまりほくそ笑んだ。奇妙で暗い趣味だ。


 向かいに座る王妃は、メイドとリエルとクオンの、それぞれの噛み合いそうで全く噛み合っていない一部始終を眺めていた。特にクオンの様子に、やれやれと言いたげに頬を緩める。

 優しいその笑顔のまま、次に同じソファに座るバルロスの浅黒い横顔を見た。

「陛下。また百戦錬磨の議員たちから、足元をすくわれそうになったんですってね?」

 柔らかな声で、ズバリ指摘する。バルロスはコーヒーカップを中途半端に掲げたまま、一瞬だけ固まった。だがすぐに、すまし顔でコーヒーを一口すする。視線は向かいのクオンに固定されていた。


 てめーチクりやがったな、と言いたげな国王の視線で、クオンは業務仕様の無表情に戻る。

「私が報告などなさらずとも、聡明かつ広い視野をお持ちの王妃殿下であれば、全てをご存知に決まっているでしょう。せめてそれぐらいは察しましょう」

「なんかそれ……オレちゃんがバカで視野が狭いって言ってね? 当てこすってね?」

「事実、そうではないですか」

 彼はそう断言して、バルロスの恨みがましい視線を眼力で弾き飛ばした。クオンの視界には歯を食いしばるバルロスと、そんな彼に呆れ笑いを向ける王妃と、二人の後ろに並ぶ石像が映る。


 石像はいずれも、半裸のバルロスをモデルにしていた。もちろんこれも廊下の肖像画と同じく、彼お気に入りの芸術家に作らせたものだ。

 半裸なので廊下に飾るにはセンシティブ、ということで私的なサロンに並べているそうだが――妻子だけでなく王弟・王妹といった親戚一同からも、ものすごく不評だという。だろうな。


 バルロス本人も薄っすら察している通り、彼はアホだし視野も狭い。ついでに楽しいもの・ことが大好きなお調子者だ。典型的パーリーピープルだろう。

 そんな性格のため芸術家へのパトロン事業が趣味の一つなのだが、審美眼だけは本物だったりする。彼が目を付けた芸術家は軒並み大成し、巡り巡って自国の評判を上げるのにも貢献しているのだ。


 そしてバルロスは意外にも、パトロン事業の他に金のかかる趣味を持っていない。

 宝飾品の類に興味がなく、服もそれなりに見栄えが保てればOK派なのだ。加えてビール好きの庶民派志向かつ愛妻家の子煩悩なため、妻や子供たちが熱心な福祉・慈善活動も応援している。

 この結果、国民の間では「チャラいくせに割といい国王」という評価に落ち着く点も、まあ腹立たしい。


 調子と要領がいい国王は、取りつく島のない宰相に代わって秘書官に助けを求めた。リエルの家名を、情けない声で呼ぶ。

「なあフォーナ……キミのボス、なんかオレちゃんにばっか、キツくね? これってイジメじゃね? パワハラだよなー?」


 静かにコーヒーを飲んでいたリエルは、カップを置いて元気よく顔を持ち上げた。オレンジ色の丸い瞳はキラキラと輝いている。

「いいえっ! いじめではなく、正々堂々と叱っていらっしゃるだけですね! 宰相さまはたとえお相手が陛下でも魔王でも、絶対に遠慮なさりませんから。とっても心が強くて素敵な方なんです。陛下もぜひ、存分にお叱られになってください!」

「ヤベっ、狂犬ってか狂信者の目じゃん」

 思い切りの藪蛇(やぶへび)に、バルロスは震えた。

 そうだった、一見すると小型犬っぽいこの部下、割とこういう性格だったと浅はかな頭で思い出す。


 思わずと縋りついて来た彼の手を、王妃が微笑みながら優しく撫でた。

「陛下がその場の空気に流されず、ご自分のやるべきことを大事にすれば良いのですよ。王都でもフェスを、なさるんでしょう?」

 穏やかな激励に、バルロスもはたと我に返る。

「あー……そうだよな。だってやっと、最近落ち着いて来たもんなー」

 この意見にはクオンも賛成だ。おっかない無表情から敵意のない顔に戻って、こくりと頷く。

「辺境地でも魔族による被害から、ようやく復興出来たところです。フェス云々はともかく、王都の貧困層の救済は今しかないでしょう」


 人間族が暮らす南の大陸・諸島から海を挟んで、北の大陸がある。そこには魔族という異種族が暮らしている。

 耳が尖っていたり、角が生えていたり、肌や髪の色がカラフルであること以外は人間族とあまり変わらない背格好の種族なのだが、何故かとんでもなく血の気が多かったりする。

 人間族が「陽」と「陰」で二分出来るのなら、魔族は「暴」と「穏」で分けられる。しかもタチの悪いことに、人口の七割が「暴」側なのだ。


 その七割はやれ成人式だの、やれ腕試しだの、やれ結婚祝いだの、やれ新年度の挨拶代わりだのと、謎の理由をおっ立てては人間側へちょっかいを出しに来ていた。それもまあまあな人数で徒党を組んで。

 その度に公共施設を壊されたり、農産物や生産品を盗まれたり、家の壁にラクガキをされたりと、人間側はもれなく迷惑を被って来ていた。


 しかし十数年前、人間族の勇者と、とある穏健派の魔族が手を組んだ。彼が玉座に就いて以来、両種族は平和な関係性を維持できている。

 そんな事情もあっての、今回の王都西側の再整備なのだ。

 バルロスがカップに残っていたコーヒーを一気に飲み干し、快活に笑う。

「――ってか、こんなこと言ってたら、また魔族が来たりしてな!」

 実際にそうなったら笑えない冗談に、王妃とクオンも苦笑いになる。

「嫌だわ、縁起でもないわ」

「そうですよ。そうなれば再整備だけでなく、今年予定されているフェスももれなく中止ですよ」


 バルロスは国王という立場を上手に使って、国内のあちこちのお祭りに顔を出す予定だ。そこをクオンに突かれ、バルロスも「だよなぁ」とまた笑った。

「悪かったって。でも魔族はオレたちより長命っしょ? 現魔王くんも、あと数百年は元気だって! だってあいつ、頭いいし!」

 緩いフォローに、王妃たちだけでなくリエルやメイドたちもふんわり笑った。人格者な現魔王の人気はそれなりに高いらしい、と知った上での油断しきった笑顔である。


 しかし結局は「暴」の種族である、と彼らが思い知るのはこの一週間後のことだった。

 前魔王の強烈な信者たちが、クーデターを敢行(かんこう)したのだ。

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