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未来から来たと言う双子の兄が俺を離してくれないんだが?  作者: 西海子


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8.手作りひとつ

 夢を見ていた。

 赤く蕩ける世界の夢。

 いつもの、恐ろしい夢。


 どろどろと赤が世界を飲み込んでいき、誰かの背中を……小さな背中を飲み込んでいく。

 なす術もなくそれを見ている俺は、理解できない恐怖に襲われ、喪失することに悲鳴を上げて泣き崩れる。


 いつもの夢は、唐突な変化を迎えた。


 背後から抱き締められる。

 自分の体が大人に抱き締められて、自分が子供なのだと理解した。


「迎えに来た」


 優しい声が聞こえる。

 赤が、蕩けて混ざる。

 背後を振り返ることは出来ない。

 それでも、俺を満たしたのは安堵だった。


 あぁ、もう、喪わなくて済む。


「  」


 自分が何を口にしたのか分からない。

 それでも、そこには確かに懐かしい優しさに包まれている安堵があった。


 とろりと赤は溶け切り、夕日の穏やかな橙色に世界が染まる。


「一緒に帰ろう」


 ――あぁ、やっと。

 胸がいっぱいになって、そして――


     ***


 ふと、目が覚めた。

 いつもの時間だ。


「……」


 無言のまま、傍らを見る。

 極夜はまだ眠っていた。


 その表情は……幾分、穏やかだろうか?

 俺としても今日は何故か寝覚めがいい。


 あの悪夢を見なかったせいだろうか?

 いや、悪夢……悪夢は、見た、はずだ。


 それでも、何か違う心持ちでいられたのはどうしてだろう。


「はぁ……」


 ため息を一つ。

 今日は土曜日。つまり明日は日曜日。週に一度のミサの日だ。


 ――実は、うちの教会では土曜日のミサは執り行っていない。

 何しろ、神父一人で全てを賄っている小さな教会だ。助祭もいないので已む無し、と司教に許可を頂いている。その代わりに、休みなし。三百六十五日、常に神に奉仕せよ、というのがうちの教会の存在意義だ。


 が、俺は不真面目な神父なので、信徒が来なければ日がな一日、届くはずのない祈りを捧げるだけ。

 唯一、ちゃんと執り行わなくてはいけないのが日曜日のミサだった。


 必然、土曜日はその準備に当てることになる。

 念入りに聖堂を清掃し、信徒を迎える準備をする。


 ――とは言っても、来るのは顔馴染みの熱心な信徒ばかリ。しかも片手で足りるほど。

 俺が土曜日の準備に時間をかける理由は、その信徒が連れて来る子供達のためだった。


 ベッドを降りようとした時、もぞりと極夜が動いた。


「……ん、……おはよう、白夜」

「おはようございます」


 目を逸らしてそう挨拶をすると、いつも通りに……いや、少し注意してベッドを回り込む。


 あ、そういえば。


「今日は私は買い物に出ますので、少し留守にしますが」

「ん? 何か必要な物があるなら俺が買って来るぞ?」


 当然、そう言うと思った。

 だが、これは教会の運営に関わることだ。極夜に頼むわけにはいかない。


「いえ、明日のミサで子供達に与えるお菓子を買いに行くんです。貴方に頼むわけにはいきません」

「あー……ミサって子供も来るのか。それでお菓子……」


 極夜は納得したのかそうでないのか、よく分からない反応をしている。

 なので、付け加えることにした。


「子供達の中に、卵のアレルギーを持っている子がいるんです。市販のお菓子をその子に食べさせるわけにはいきませんから、お菓子屋さんで卵不使用の物を買って来るんです」


 俺の言葉を黙って聞いていた極夜は、短く唸った。


「そのお菓子って、結構高いんじゃないか? 確かアレルギー対策のお菓子って普通のより高いんだろ?」


 ――痛いところを突かれた。


 確かに、普通のお菓子よりも高価ではある。教会は信徒の善意で活動している面もあるのであまりに高額なものは買えないし、俺の生活費を削って購入しているのは事実だ。


 それでも、一人だけお菓子を貰えない子供の顔を見るぐらいなら、その程度の出費は大した問題じゃない。


「ですが、みんなが貰えるお菓子をアレルギーがあるからって一人だけ貰えないのは……教会という神の愛を説く場でおかしなことでしょう?」


 極夜は身を起こしてふむふむと何事か考え込んでいた。

 話を打ち切って良い頃合いか、と俺は身支度をするために部屋を出ようとする。その背に極夜の声が飛んできた。


「白夜」

「……何ですか?」

「ちょっと待った。――今調べてる」

「はぁ?」


 話が見えない。

 それでも足を止めて待っている俺がわずか振り向くと、極夜は持っていたスマホを振ってニタリと笑った。


「見つけた。買い物に行く時間、お前の手が空くんだよな?」

「まぁ、そうですが」

「それじゃあ、神父様のスペシャルクッキングと行こうか」

「は?」


 意味不明を示す言葉が俺の口から出たところで、極夜はヒラヒラと手を振った。


「いつもの支度済ませてこい、朝飯を作っておくから。その後にちょっと作戦会議と行こう」



 身支度を済ませ、いつもの清掃は省略。後できちんとした清掃をするからだが。

 簡単に祈りを捧げ、居もしない神に祈って何になるんだ、といつもの鬱々とした思いを抱えて聖堂を出るなり眼鏡を外した。


 手を洗ってからキッチンへと向かうと、極夜は簡単な朝食を整えていた。


「今日は早いな」

「貴方の手際も相当ですがね」


 ベーコンエッグとトースト、コンソメスープにサラダが置かれている。

 極夜はふっと笑って俺に「座れ」と促した。


「自炊には慣れてるんだ。何せ二十五年間、自分の飯は自分で作ってきたんだからな」

「……そうですか……」


 この男はどんな人生を歩んできたんだろう。

 俺よりも少し年上に見えるが、本人の言葉を信じるならば三十二歳か?


 来歴が分からない極夜に少し興味は湧いたが、今はとりあえず目の前の食事を胃に詰め込むのが先だろう。

 いつも通りの祈りを捧げ、いただきます、と続けて食べ始める。


「食べ終えたら、少し時間を貰うぞ、白夜」

「――あぁ、そういえば作戦会議とか言っていましたが」

「さっき、卵を使わないクッキーのレシピを拾ってきた。今うちにある材料だけで作れるから、一緒に作ろう」


 …………、何を言っているんだ、この男は?


「私はクッキーなんて作れませんが……」

「その為に俺がいるんだろう? ちゃんと横で指導してやるから安心しろ」

「大体、お菓子を作るための道具だって……あ」

「オーブンならあるだろう?」


 そう言えばそうだった。

 極夜が買って来て設置したオーブンがある。

 だとしたら……高額なアレルゲンフリーのお菓子を買わなくても済む……?


 少し、少しだけ、心が動いた。


「ちなみに、貴方はお菓子の作成経験は?」

「――もちろん。なんだったらケーキだって作ってやれる。でも、初心者のお前にはクッキーからでちょうどいいだろう?」


 なるほど、それなら納得だ。

 手を出さずに口だけ出す。

 あくまでも、神父が一人で作ったもの。教会に他に誰かがいるとは窺わせない、ということか。


「分かりました。――ご指導、よろしくお願いします」

「あぁ、ちゃんと美味しいクッキーを作らせてやる」


 そんな会話を交わしながら朝食を終えると、そのまま俺達はスマホに表示されたレシピを真ん中に、極夜が言うところの作戦会議を始めたのだった。


     ***


 エプロンを身につけ、仕方なしに眼鏡を掛けた俺は、極夜の指導の下で悪戦苦闘していた。


「小麦粉はちゃんと篩にかけるんだ」

「え?」

「そのまま入れるとダマになるだろ。――あー、だから、篩に……」

「入れちゃったんですが」

「……他の物は入れるなよ? まだ取り返しがつくから」


「い、一旦戻しますか?」

「そうだ、落ち着け、一旦戻して、それから篩に……」

「戻す……」

「うわ!? お前、本当に自炊経験あるのか!? ポンコツにも程があるぞ!?」

「粉が……舞ってますね……」


「よし、落ち着け、俺もお前も一旦落ち着こう。白夜、レシピは読んだよな?」

「読みました」

「まずは薄力粉を篩にかけるって書いてあったな?」

「書いてありました」

「よし、そこまでは理解しているな。じゃあなぜ、そのまま投入した?」

「あぁ、ここで篩に掛けながら入れるんですか」


「くっそぅ……俺の弟、ポンコツで可愛いなぁ!!――あのな、白夜。菓子作りは化学なんだよ。手順を守って分量通りに作れば失敗はしないんだ。もう一度、レシピを確認しようか」

「はい」


 ……なんだか、極夜的には俺は酷く手のかかる生徒のようだった。

 しっかりレシピを確認し、手順通りに一つ一つ進めていく。


 正直言って、こんな風に料理をした経験はない。

 食に無頓着だった弊害が出たと言うしかない。


 それでも、極夜は根気強く俺に手順を説明して、俺が間違ったことをする前に止め、オーブンに入れるところまでは何とかなった。


「はぁ……すごく、疲れた……気がする」

「……お菓子ってこんなに作るの大変なんですね」

「まぁ、後は焼けるのを待つだけだ。コーヒーを淹れようか」

「はい」


 大人しく椅子に座ったのは、慣れない作業をしてだいぶ気を遣ったからだ。

 極夜がコーヒーを淹れているのを眺めていると、バターの香りが少しずつしてくる。


 ……疲れたけど、結構楽しかった、気はする。


「ほら、コーヒー」

「ありがとうございます」


 しばし二人で無言のまま、コーヒーを飲む時間。

 やがて、オーブンが焼き上がりを告げて、出来上がった卵抜きの手作りクッキー。

 一つを摘まんで、極夜が差し出してくる。


「はい、あーん」

「……あ」


 口を開けてみると、まだ熱を持ったクッキーが入ってくる。

 サクサクして、優しい甘さ。

 飲み込んでから、俺は言った。


「……美味しいですね」

「よし、何とかなったな」


 満足そうな極夜の笑顔を眼鏡を掛けたままでまともに見てしまって、反射的に目を逸らした。

 それでも、……悪くはない結果だし、悪くはない時間だった。



 テーブルの上に手作りクッキー。

 二人で作ったクッキー。

 子供達に喜んでもらえたらいいな、そんなことを思った。

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