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未来から来たと言う双子の兄が俺を離してくれないんだが?  作者: 西海子


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3.自称・双子の兄のその日の行動

「さて、と」


 弟を見送った後に、俺は洗い物を済ませてから少しばかり考え込んだ。

 昨日からの弟の反応、言動、そういったものを思い返してため息を吐く。


 ――まず、弟は俺に関する記憶を鎖している。


 これはおそらく間違いない。

 俺がいたことすら憶えていない、ということは、俺がこの世界から向こうに飛ばされたことによって、俺の存在が一時的に抹消されたのかもしれない。


 ところが、弟はそれをある程度の期間、忘れられなかった――ということだろう。

 それが致命的な傷になった。


 甘えん坊で俺にべったりだった弟が、突然いなくなった『俺』が初めから存在しなかったと言われたことによって、徐々に壊れていったのだろうというのは想像がつく。


「そういえば……」


 俺の顔を見ないように徹底して視線を逸らす弟。

 眼鏡をかけているのに、プライベートの時間になると眼鏡を外してしまう弟。

 洗面所の鏡に掛けられた白い布。


「顔を……()()()()()?」


 呟いて、ぞっとした。


 俺の……いや、自分の顔を見られないのか? 鎖した記憶の中から、俺がよみがえってしまうから?


 そこまで……そこまで追い込まれていたのか。

 自分の顔が、トラウマになるぐらいに。


 これから五年後。弟が命を絶ってしまう理由の一つはこれなのかもしれない。

 自身を認識できず、信仰にも裏切られ、世界から拒絶されたと考えたのかもしれない。


 遺書の一つもなかったから想像するしかなかった根本的な理由。

 俺がいなくなったことによる『無い記憶』と、神などいないという信仰の限界によって命を絶ったと思っていたが……もっと深いところにあるのは『自身の不明』だったのかもしれない。


 だとしたら、やはり俺のすべきは弟の存在を認めることだろう。俺の存在と共に。


 具体的に何をすれば……というのは、まぁ、甘やかして愛してやることぐらいしか思いつかないが。


 まずは俺の顔を見られるようにする、というところか。

 それが自分の顔と同じである、と認識するのは後々でもいい。


 とにかく俺を認識させる。双子の兄だというのを飲み込ませるのも、この際ずっと後でも構わない。

 三冬極夜が三冬白夜の隣にいるという状況を受け入れさせる。


 俺に愛されているという、弟にかつてあった安寧を与える。

 今のところはここまででいいだろう。


 基本方針は変わらないし、俺の希望ともずれていない。

 溺愛する。

 ずっと会いたかった大好きな弟と、離れていた時間を埋めるように。


「と、なると……」


 呟いて出かける支度をする。


 ここには弟の慎ましい生活を支えるだけのものしかない。

 昨夜は食材の買い出しで手一杯だったが、今日はまだまだ時間はある。


 弟はお勤め中に俺が顔を出すことを望まないだろう。

 だったら今の内だ。

 俺の衣服と、日用品、後は……。


 買い揃えるものを考えながら、俺は座っていた粗末な椅子から立ち上がる。

 幸いにして金だけはある。


 ――なぜかと言われて正直に弟に話すことはないだろうが、神というのはいるんだよ。


 手違いで異世界に放り込まれた俺が自力でこちらへ戻ってきた際に、神とやらから詫び代わりにもぎ取ってきたからだ。


 この世界では異世界転移モノなんていう特殊能力を貰って異世界に行く小説なんかが流行っているらしいが、行きに貰えなかった()()を帰りに要求したっていいだろう?


 まぁ、そんなことは弟に伝える必要はない。


 ふと、俺は思い出したように脳内の買い物リストを更新した。

 ――さすがに百七十センチを超える男二人でシングルベッドは狭い。

 広くて寝心地の良いベッドを買おう。


 もちろん、一つだけ。



 買い物から帰宅し、弟が気付かないようにベッドを搬入してもらい、古いベッドは処分してもらった。


 クロゼットに勝手に俺の服も収め、食器の類を棚に入れ、俺が存在するんだという痕跡になるように弟のプライベートな空間を侵食していった。


 お勤めが終わって鬱々としたため息を吐きながら聖堂から戻ってきた弟が、ベッドルームに消えてから一分ほど後に駆け寄って来たのをニィと笑っていなす。


「ベッド、狭かっただろ? だから買い換えた」

「なんでそんな勝手なことを……!?」


 抗議の声を上げる弟は眼鏡を掛けたままだったが、その視線はあからさまに俺から逸らされていた。


 ――やっぱりだ、本人が意識してやっているのかは分からないが。


「ほら、着替えて手を洗って来いよ。夕食はシチューな」


 俺が受け流す態度を取ると、弟は苦虫を噛み潰したような、という陳腐な表現が良く似合う苦い顔でしばし呻いていたが、諦めたように踵を返した。


 多少、強引に進めた方がよさそうだな。

 俺はそんなことを考えて食卓を整える。


 弟は恐らく、振り回されているぐらいがちょうどいいのだろうと気付いたから。


 その日の夜、弟は相変わらず渋い顔をしていたが、俺に放り込まれた新しいベッドで、俺から少し離れて背を向けたまま少し体を丸めて眠った。


 ――積み重ねればいい。弟の日常に、再び俺がいるようになったという事実を。


 眠ったのを確認して、俺は白夜の黒髪をそっと撫でた。


「おやすみ、白夜」

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