第1話:目覚めの兆し
「愛美、また見てるの? アスナの動画ばっかり」
教室の昼休み。スマホに見入っていた愛美は、背後から声をかけられて顔を上げる。声の主は、親友・日向 葵だった。
明るく人懐っこい笑顔。少しクセのある栗色の髪を揺らしながら、机の上に昼食を広げる。
「またって……別に“ばっかり”じゃないし」
「じゃあ、“ほぼ毎日”って言えばいい?」
「……うっ」
からかうように笑う葵の表情は、いつもと同じで、それが少しだけ安心感を与えてくれた。
愛美はスマホを伏せ、画面に映っていた異能戦闘競技の映像を隠す。
「最近すごい人気らしいね、仙道あすか。『ストームライダー』だっけ?」
「うん。今ランキング2位。風を操る能力で、空中戦が得意で……服装もめっちゃかっこよくて」
「ライダースーツの人よね? 胸元開けすぎじゃない?」
「いや、あれは戦闘効率とか……見せ方とか……」
言い訳になってない、と笑われた。
葵とこうして話すのが好きだった。くだらない話も、将来の夢も、誰にも言えない不安も、自然に共有できる大切な存在。
まさかその彼女と“戦うことになる”とは、この時点では想像もしていなかった。
その日の放課後。校舎裏のベンチで、愛美は一人スマホを見つめていた。
画面の中で、あすかが嵐のような空気を巻き上げて敵を吹き飛ばす。
——仙道あすか。
日本ランキング2位の《クラウン》。異名は《ストームライダー》。風をまとい、どんな相手も一瞬で無力化する、まさに“嵐の支配者”。
「……いいな、ああいうの。自分だけの力って感じで」
言ってから、自分には縁のない話だと知っていることに気づく。
異能者は、日本にわずか150人。その存在すら、ほとんどがテレビやネットの中にしかいない。
(私には……関係ない)
そう言い聞かせて、スマホを閉じた。
夜。
シャワーを浴び、ベッドに横たわったそのときだった。
視界の端に、妙な“光”が見えた。
空中に浮かぶように、三つのアイコンが揺れていた。星、丸、そして一点の点——まるで、ゲームのUI。
「なにこれ……?」
驚いて手を伸ばすと、それはまるで“反応”するかのように一瞬だけ光を強めた。
《認証開始……ゴッドウェポン【スパークル】、ユーザー確認中》
《認証完了:永依愛美。異能適性あり。国家管理下へ移行します》
その声は、外からではなく、頭の中に直接響いてきた。
「は……? 待って……なに……?」
眩暈のような感覚が一瞬だけ走り、視界の奥が広がった気がした。
まるで、頭の奥にもう一つ“視界”が開くような感覚。静かに、冷たく、確実に——異能が目覚める。
《スパークル》
その名前だけが、鮮烈に頭に焼き付いた。
翌朝、愛美の家にスーツ姿の男女が現れた。
「永依愛美さんですね。国家異能戦姫管理局から来ました」
男性は冷静な口調で、身分証を差し出す。女性はタブレットを操作しながら、淡々と説明を続けた。
「あなたの異能発現が確認されました。よって《アスナ》に参加義務が発生します。カマーランクとして登録され、来週の新人戦に出場してください」
「……え?」
「拒否はできません。異能は国家戦力として管理されます」
淡々と、非情に。
それが“異能者”という存在の現実だった。
小さな端末が渡される。異能者専用の通信機器。《スパークル》という未確認のゴッドウェポンが、自身に登録されていることも確認された。
「未確認型……?」
「これまでのどの戦姫にも確認されていない、仮想UI型のゴッドウェポンです。詳細は不明ですが、戦闘を通じてタレント(能力)が開示される可能性があります」
まるで、未知数のまま戦いに投げ込まれるような気分だった。
「……そんな、急に……」
言いかけた愛美に、スーツの男が一言だけ告げる。
「安心してください。カマーは150位から101位の者だけ。いきなり上位陣と当たることはありません」
それでも、不安が消えるわけではなかった。
異能など縁のない人生だと思っていた。昨日までは、ただの高校生だったのだ。
そしてその夜、端末に通知が届く。
《アスナ・カマー入れ替え戦 対戦カード確定》
《永依愛美 vs 日向葵》
「え……」
目を疑った。日向 葵。親友。昨日まで一緒に笑っていた、あの子の名前が——敵として表示されている。
「葵が……異能者?」
理解が追いつかない。隠されていたこと。戦わなければならないこと。すべてが信じられなかった。
震える指で端末を閉じる。心臓がどくどくと音を立てる。
(本当に、私……戦うの? 葵と……?)
戸惑いと恐怖。そして、否応なく引きずられるように、戦いの舞台へ。
《スパークル》と名乗るゴッドウェポンは、ただ静かにその時を待っていた。
——世界は変わった。
——少女もまた、変わらざるを得なかった。
(第1話・了)