わたしのアロイシャス・パーカー
〈蟻地獄流砂の城に見覺えあり 涙次〉
【ⅰ】
カンテラ、平涙坐に面談‐「だう、スパイ稼業には慣れて來たかな?」‐「慣れたも何も、もつと仕事の數を熟さなくちや、と思つてゐるんです」‐「さうねえ、それには機動力、かな。『思念上』のトンネルは、至るところに開いてるから‐ 中にはクルマごとトンネルを下れる、大きな穴もある」‐「わたし、クルマの免許、持つてないんです」‐「運轉手、アロイシャス・パーカーみたいなの、雇ふか」
パーカーと云ふのは、サンダーバード・シリーズで、トレーシー家のスパイを勤める、レイディ・ペネロープの執事兼運轉手である。涙坐自身に運轉免許を取らせるよりも、その方が手つ取り早いだらう、とのカンテラの判断だつた。
【ⅱ】
「パーカー求む!」ロボテオ2號が、さうSNSに流した。すると- 來るわ來るわ、候補者が山のやうである。世の中には冒険好きは、掃いて捨てる程ゐるんだなあ、と改めて一味、感心した。
選考は案外あつさりしたものだつた。一味全員が參加して撰んだのだが、對象となるのは運轉手であり、スパイ(ペネロープ役)本人を撰ぶ譯ではない。たゞ、【魔】にだけは氣を使つた、それだけが選考基準だつた。
【ⅲ】
結果、肝戸平治と云ふ、謹直そうな中年男(大柄な男である)が雇はれる事になつた。クルマは黑い日産グロリア。勿論、佐武ちやんの「ギャレエヂM」にて購入したもの。何処となく、サンダーバードの「FAB1」を髣髴とさせる。流石にリムジンではないが。
で、肝戸の初仕事は、涙坐を千葉県銚子の犬吠埼灯台まで送る、と云ふものだつた。そこで【魔】が跋扈してゐる、と云ふ噂がweb上を席卷してゐる。灯台が【魔】に占領され、一階の食事處で、腐つた食べ物が出されたり、展示スペースに卑猥な冩眞が貼り出されたりしてゐる、らしい。今の世の中、何でも自分の目で見てみなくちや、webの情報を鵜呑みにするのは危険だ。云ひ變へれば、その為に、誠實な涙坐を、一味は雇つてゐる、のである。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈藝術は爆發後にある何をかを拾ふ事だと云ひ替ふ太郎 平手みき〉
【ⅳ】
肝戸の運轉が心地よいので、涙坐はつひうつらうつらしてしまつた。その點、まづは運轉手合格である。犬吠埼灯台は、涙坐の見たところ、確かに【魔】に乘つ取られてゐた。人間の惡戲とするには、余りに惡魔的記号が溢れ返り過ぎてゐる。【魔】の血が混ざる涙坐には、よく分かるのである。肝戸、「はい、お嬢様」と、パーカー氣取りでスマホを涙坐に手渡した。
【ⅴ】
「涙坐です。だうやら本物の【魔】、ですね。間違ひないです」‐「肝戸サンノ運轉ダウデシタカ?」(連絡係:ロボテオ2號)‐「快適でした☻」
【ⅵ】
社内にはブラームスが鳴り、薔薇の香りがする。過度ではないエアコンディショニング。まさしくラグジュアリー空間である。訊けば、肝戸は元ホテルマンだとか。涙坐は仕事がこんなに快適でいゝのだらうか、とさへ思つた。
滑るやうに黑いグロリアは事務所前に着けた。入れ替はりにじろさん運轉のトヨタ・コロナ改が出發。犬吠埼へ向かつた‐
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈日記癖蟻の道的續きもの 涙次〉
涙坐は勝手に紅茶を淹れ、カップとソーサーを肝戸にも手渡した。訊けば、肝戸はホテルのカネを拐帯してクビになつたのだと云ふ。涙坐にだけは、その事を打ち明けた。だがサンダーバードのパーカーだつて、元は金庫破りだ。人は變はれる物なのだ。涙坐はそれを信じた。自分だつて、變はつたではないか。「肝戸さん、安心して。こゝは落伍者もはぐれ者も受け容れる、懐の深い人たちの場ですから」‐肝戸は少し、涙したやうだつたが、「失禮しました」すぐに元に戻つた。プロだなあ、と涙坐、思つたとか。
犬吠埼灯台では、カンテラ・じろさん・テオが(例に依り)大暴れ。着いて行つた金尾が、依頼料を受け取り、解決篇とした。つー事で、お仕舞ひ。それぢやまた。