第07話「柳のゴーレムVS金剛」
年に一度、《工房院》が開催する防衛用魔導ゴーレムの公開試験。
とはいえ、それは形式上の“試験”にすぎない。
実態は、王者たるアイゼン家のために用意された舞台だった。
巨額の資金と研鑽の結晶――その年の最高傑作を披露する、技術の頂点を見せつける場。
会場を満たすのは、熱気ではない。
技術者や貴族たちが新作に注ぐ、抑えきれぬ好奇心だ。
「これより、アイゼン家による本年度の最新鋭機を披露する!」
張り詰めた空気を割るように響いたのは、工房院の頂点に立つ男――アイゼン家当主の宣言だった。
会場中央、床のハッチがゆっくりと開く。
地を震わせながら、黒鉄の巨影が姿を現す。
その機体はまさに“要塞”だった。
艶を排した漆黒の装甲は魔力を吸い込むように鈍く光り、両腕には建造物すら砕く巨大な鉄槌。
背には重砲を思わせる魔導キャノン。細部に至るまで、徹底した実用主義が貫かれている。
「これぞ我が家の最新鋭機、《金剛》だ!」
湧き上がる喝采。
誰もが頷く。これに勝てる者はいない、と。
――その時だった。
「見事な出来だ、アイゼン殿」
静かながらも確かな威厳をもった声が、貴賓席の上段から響く。
工房院学長の一言に、場内の視線が一斉に動く。
「だが、その《金剛》に挑戦したいという若者がいてな……いかがかな?」
会場に波紋が広がる。挑戦者? この場で?
一瞬、当主の表情に驚きが走るが、やがて余裕の笑みに変わる。
「学長殿の顔を立てよう。誰が相手であれ、我らの結果は揺るがん」
進行役の試験官が、信じられないといった様子で名を読み上げる。
「挑戦者、ハイク。所属なし。機体を前方へ」
会場の扉が開き、ひとりの少年が現れる。
その肩には黒い小型端末――VOX。
そして布に包まれた小型の台車を押していた。
布がはがされる。
現れたのは、細く、頼りなげな機体。
「なんだ、あの機体……?」
「まさか、あれが挑戦者?」
「精霊もいない奴に何ができるってんだ」
笑いと呆れ、侮蔑の混ざった声が飛ぶ。
だが少年――ハイクは表情を変えず、機体にそっと手を添える。
VOXは沈黙したまま、じっと試験場を見つめている。
『……敵性反応、圧倒的。だが、お前はもう“詠える”』
その囁きは、少年の耳にだけ届く。
「行け。《カゲロウ》」
開始の合図と共に、《金剛》が巨体を動かす。
音を置き去りにするような一撃。
だが、《カゲロウ》は身を滑らせるように、それを避けた。
その動きはまるで、柳の枝。
柔らかく、しかし芯のあるしなやかさ。
「あの動き……普通じゃないぞ」
「詠唱が聞こえない……無詠唱か? まさか」
次の一撃、さらに魔導砲。
どれもが当たらない。《カゲロウ》は舞うように動き、掠りもしない。
観客の表情が、次第に笑いから困惑へ、そして驚愕へと変わっていく。
焦れた《金剛》の操縦者が、突進体勢に入る。
「我が右手に宿れ、殲滅の剛力――!」
精霊との共鳴による、最大出力の衝突攻撃。
空気が震えるほどの力を前に、誰もが勝敗は決したと確信する。
だがその瞬間。
ハイクが、そっと口を開いた。
誰にも届かないほど小さな詠唱。
神々の審査には届かず、精霊の力も借りず、それでも確かに言葉は紡がれた。
その言葉に、《カゲロウ》は応えた。まるで、心の奥底で共鳴するように――
機体が静かに一歩、前へ踏み出す。
そして、巨体に向かって跳んだ。
突進、巨腕。
《カゲロウ》はそのすべてを受け止め、受け流した。
力をぶつけるのではなく、流れを読む。受け、逸らし、返す。
合気のように――いや、もはやそれは“理”の体現だった。
「なっ……!」
《金剛》の巨体が、自らのエネルギーに押し負ける。
関節が悲鳴を上げ、魔導核がきしみ、装甲が割れる。
そして、崩れ落ちた。
白煙の中に立つ、無傷の《カゲロウ》。
会場は静まり返った。
誰もが、目の前の現実を信じられずにいた。
貴賓席。立ち上がるアイゼン家当主。
(あの出力を流した……? 馬鹿な。力を受け、方向を変え、返した……そんな芸当、理論上の話だ)
進行官が震える声で言う。
「……規定外の勝利につき、評価不能。よって――」
その声を、重い拍手が遮った。
「――勝負あり、だ」
アイゼン家当主の声だった。
「《金剛》は失敗だ。スクラップに回せ」
「そ、そんな……」
部下の動揺を一蹴し、彼はハイクを見据える。
「小僧。名を名乗れ。そしてその技術、その“理”を語れ。
家柄も、精霊も関係ない。結果を出した者こそ価値を持つ――それが、工房院だ」
ハイクは静かに《カゲロウ》の肩に手を置いた。
その隣で、VOXのレンズが明滅する。
『やったな、ハイク。これで少しは神々もざわつくだろう』
誰も予想しなかった勝利が、工房院の歴史を少しだけ変えた。