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第06話「名もなきゴーレム」

学長から破格の許可証を受け取ったハイクは、その足で、学園の北の隅にある『資材スクラップ置き場』へと向かっていた。


そこは、最新鋭の設備が整った学園の他の施設とは、まるで別世界のようだった。

錆びた金属の匂い、漏れ出した古い魔力オイルのツンとした匂い、雨に濡れた土の匂いが混じり合って、独特の空気を生み出している。牙の折れた獣型の魔導ゴーレム、片翼をもがれた鳥型、主を失い、ただ空を見つめる人型…。それは、数多の詠唱者たちの夢と挫折が、錆びた墓標となって眠る場所だった。


『ハッ、見ろよこのガラクタの山を。あのジジイ、本当にこんな所から作る気か? 正気とは思えねぇな』


思考に響くVOXの呆れた声に、ハイクは答えず、ただ静かに、その「墓場」を見渡した。

他の生徒たちにとっては、ここはただのゴミ捨て場だろう。

だが、ハイクの目には、それが無限の可能性を秘めた「宝の山」に映っていた。彼は、ここに眠る残骸たちに、どこか自分と同じ、何者にもなれなかった者たちの声を聞くような気がしていた。


彼は、一見して強力そうな、分厚い装甲の残骸や、巨大な腕のパーツには目もくれない。

ゆっくりと、山の中を歩き回り、やがて、一体のフレームの前で足を止めた。

それは、他の残骸の下敷きになり、打ち捨てられていた、旧式の偵察用フレーム。貴族たちが好むような華美な装飾はなく、あまりの線の細さから、誰からも価値を見出されずに忘れ去られていたものだ。


ハイクは、そのフレームにそっと触れた。

(……こいつだ。他の奴らが重さや硬さという『過去』の栄光に縛られている中、こいつだけが、何も持たない『未来』を見ている)


『本気か?攻撃手段がなけりゃ、ただのまとだぞ』

ハイクの設計思想を読み取ったVOXが、試すように問う。

「攻撃するのは、俺のゴーレムじゃない。相手の力、そのものだ」

『……ククッ、なるほどな。正攻法で勝てないから、ルールの外側で戦うってか。悪くねぇ。最高に、性根が腐ってるぜ、お前』

ハイクの宣言に、VOXはさらに言葉を続けた。

『そこの駆動系は脆い。昔、似たようなやつがパイロットの無茶な操縦で自壊するのを見たことがある。あっちの残骸から、もっと反応速度の速いサーボを移植しろ』


こうして、ハイクの「思想」と、VOXの「経験」が融合した、前代未聞の魔導ゴーレムの製作が始まった。


数日後。工房の中は、工具の音と、飛び散る火花の光に満ちていた。

油と土にまみれながら、ハイクは黙々とパーツを組み合わせ、調整していく。その姿は、高貴な詠唱者ではなく、名の知れない街工房の、頑固な職人のそれだった。

違う型式のパーツを、ヤスリで削り、寸分の狂いもなく接続していく。適合しない魔力回路を、自らの「名もなき力」で熱し、僅かに変質させて無理やり繋ぎ合わせる。その指先から放たれるのは、教室で見せたような『圧』ではなく、針の先を通すような、極めて精密な熱量だった。


そして、ついに、一体の魔導ゴーレムがその形を現す。

まだ魂の入っていない、ただの人形。だが、そのシルエットは、この世界のどのゴーレムとも似ていなかった。


ハイクは、ゴーレムの胸部にあるコアユニットに手を触れ、静かに目を閉じる。

彼の紡ぐ言葉は、何かを破壊するためでも、守るためでもない。

それは、命令ではなかった。鉄の塊に、新たな『選択肢』を与えるかのような、静かな語りかけ。「硬質であることだけが、お前の全てではない」と。

ただ、**「柳のように、流れろ」「水の如く、形をなくせ」**という、純粋な『ことわり』を、ゴーレムの魂に注ぎ込む儀式だった。


詠唱が終わると、工房の空気が澄んでいくような、静かな変化が訪れた。

ゴーレムの関節が、ありえないほど滑らかに、しなやかに動く。まるで、鉄という物質の定義を、内側から書き換えたかのような、不気味なほどの優雅さだった。


ハイクは、完成した『それ』に、静かに名を告げた。

「お前の名前は、『カゲロウ』だ」


『……すごいな、ハイク。こいつはもう、ただの魔導ゴーレムじゃねぇ。お前の“言葉”そのものだ』

VOXが、感嘆の声を漏らした。


その頃。

工房の外の物陰から、一人の生徒が、憎悪と嫉妬に歪んだ顔で、中の様子を凝視していた。

エルス=ヴァルディアだ。

彼は、学長がハイクに特別な便宜を図ったことを知り、独自にその動向を調査していたのだ。


(ガラクタいじりをしているだけの、物好きな庶民め…!)

最初はそう侮蔑していた。

だが、工房から漏れ聞こえる、詠唱とも思えない静かな呟き。そして、一瞬だけ感じた、あの教室の時と同じ、得体の知れない『圧』の残滓。

(一体、あの庶民は何をしているんだ…? なぜ学長は、あのような者に…? 私ではなく、この私を差し置いて…!?)


エルスの胸に、拭えない不安と、焦燥が広がっていく。

彼はまだ知らない。

その工房の中で、自分たちの「常識」を全て破壊する、静かな陽炎が生まれたことを。


物語は、次なる波乱の舞台へと、静かに駒を進めていた。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

本当はロマンあふれるグラスキャノンでも積んでみたかったのですが…。

物語を紡ぎ始めたばかりのわっしです。


初日ということで、プロローグからここまで、一気に公開させていただきました。楽しんでいただけていれば、これ以上の喜びはありません。


明日以降も、できる限り短い間隔で更新を続けていく予定です。


もし、少しでも「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや↓の☆☆☆での評価、そして感想などいただけますと、今後の執筆の大きな励みになります。


それでは、また次のお話でお会いできることを楽しみにしております

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