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第05話「盤上のゲームと最初の標的」


「――少し、話を聞かせてもらおうか。君の“言葉”について」


いつの間にか、背後に立っていた学長の、静かだが有無を言わさぬ声。

その一言で、ハイクを罵っていた生徒たちの声が止まり、教師の驚きに引きつった顔が、蝋人形のように固まった。


「ここから先は、まだ君たちの預かり知らぬ領域だ。帰りたまえ」


学長は、ハイク以外の誰にも視線を向けることなく、そう言い放った。

その穏やかな声に含まれた絶対的な圧力に、生徒たちは弾かれたように散っていく。教師も、何か言いたげに口を開きかけて、結局は深々と頭を下げてその場を去るしかなかった。


「さて、行こうか」


学長は、ハイクを手招きし、学園の誰も知らない隠し通路へと導く。

古びた石の階段を降りていくと、やがて、巨大な一つの扉の前に辿り着いた。学長が、慣れた手つきでその扉を開く。


キィィ……と、長い間動かしていなかったような重い音を立てて扉が開くと、ひやりとした空気がハイクの肌を撫でた。

古い羊皮紙と、乾燥したインクの、すえた匂い。時の止まった匂いだ。

中は、天井まで届くほどの無数の書架が、まるで森のように広がっていた。光源は、壁際に並べられた、魔力で静かに燃え続ける蝋燭の炎だけ。そのパチパチと芯が燃える音以外は、完全な静寂に包まれている。


ここは、学園の心臓部。禁じられた知識の眠る場所、『禁書庫』。


『……この匂い……』


VOXが、何かを呟きかけて、口をつぐんだ。

思考に響くはずの声が、一瞬、途切れる。


『……ハイク。長居は無用だ。さっさと用事を済ませるぞ』


いつもの軽口や皮肉が消え失せた、硬質な声だった。ハイクは、相棒のその珍しい反応に内心で眉をひそめつつも、理由を問わず、ただ静かに学長の後ろ姿を見つめた。


「どうだね、壮観だろう。だが、私に言わせれば、ただのガラクタの山だよ」


学長は、楽しそうに書架の間を歩きながら、ハイクに背を向けたまま語り始める。

「今の詠唱は、実に退屈だと思わんかね? 誰もが精霊の助けを借り、神に媚びへつらうような、完璧だが魂のない言葉ばかりを紡ぐ」


彼は、一冊の、精霊の紋様が描かれていない、ひときわ古い装丁の本を手に取った。

「古代の詠唱に、補助精霊は存在しなかった。詠唱者自身の言葉だけが、世界に干渉する唯一の手段だったのだよ。美しさではない。ただ、その言葉にどれだけの『熱』と『理』が込められているか。それだけが問われた時代だ。君の力は、その失われた『原点』に近いのかもしれん」


学長は、ハイクに向き直る。その瞳は、値踏みするような、試すような光を宿していた。

「君は、あの完璧で美しいだけの『火花落下式』を見て、どう感じたのかね?」


学長の真意を探るように、ハイクは僅かな間を置いてから、正直に答えた。

「美しいとは思った。だが、それだけだ。俺は、俺自身の言葉を見つけたい」


その答えを聞いた学長は、満足そうに頷くだけでなく、どこか懐かしむような、優しい目でハイクを見つめた。


「……そうか。君も、探しているのだな」

学長は、書庫の窓から見える、夜空に浮かぶ月へと視線を移す。

「君が君自身の言葉を探すように、私は、この世界に“多様な言葉”が生まれる土壌を探している。今の仕組みは、あまりに硬直しておる。詠唱支援精霊を持つ、ごく一部の貴族だけが『発信』を独占し、同じような美しいだけの言葉を垂れ流す。……私は、そんな世界を壊したいのだよ」


その声は、静かだが、揺るぎない決意に満ちていた。

「精霊を持つ者も、持たざる者も。誰もが、他人の真似ではない、自分自身の魂の言葉で、神々と、世界と、対話できる。……そんな、当たり前で、しかし途方もない夢を、私は見ている」


学長は、再びハイクに視線を戻す。その瞳には、同志を見つけたかのような、熱い光が宿っていた。

「そして、そのための最初の“一手”を、君に打ってもらいたいのだ。君がこの世界で自らの言葉を探し続けるには、まず、君の言葉を聞かせるに値する『舞台』と、それを守る『力』…すなわち、貴族議会での**『発言権』**が必要になる」


学長は、指を折りながら説明する。

「最大派閥の**『興行院』は、君のようなテンプレートを無視した力を最も嫌うだろう。穏健な『医療院』**は、事を荒立てるのを好まん。だから、**最初に狙うべきは、『工房院』なのだよ。彼らは、美しさも伝統も気にしない。ただ、『結果』**という一点においてのみ、物事を評価する。君の力が、既存の魔法を凌駕する『結果』を叩き出すと証明できれば、彼らは最も早く君の価値を理解するだろう」


そして、学長は「新型防衛魔導ゴーレムの耐久テスト」の企画書をハイクに見せる。

「ここで、彼らの度肝を抜く『結果』を見せつける。それが、我々の革命の第一歩となる」


ハイクは、黙って企画書を見つめる。そこに描かれているのは、重装甲・高火力という、まさにテンプレートの塊のような魔導ゴーレム。

これを、ただ壊すだけでは、学長の言う「道化」で終わる。

もっと、別のやり方があるはずだ。俺の言葉で、世界を上書きする方法が。


「学長」

ハイクは、顔を上げた。

「そのテスト、俺が作った魔導ゴーレムで参加することは可能ですか?」


その予想外の「逆提案」に、学長は一瞬目を丸くし、やがて、クツクツと喉の奥で笑い声をもらした。

それは、面白い玩具を見つけた子供のような、純粋で、しかしどこか獰猛な笑みだった。

「面白い!実に面白い! それこそ、テンプレートを壊す者の発想だ! よかろう、許可する!」


学長は、ハイクに一枚の通行許可証を渡した。学園の廃棄場と、最先端の工房を自由に使用できるという、破格の許可証だ。

「君だけの『言葉』で、君だけの魔導ゴーレムを創りたまえ。世界がどう反応するか、楽しみに見物させてもらうよ」


禁書庫を出たハイクは、渡された許可証を静かに見つめる。

彼の頭の中では、VOXの超絶的な物理演算と、彼自身のまだ形にならない「言葉」とが、新たな魔導ゴーレムの設計図を描き始めていた。


(テンプレートの魔導ゴーレムを、テンプレートじゃないやり方で倒す。それこそが、俺の言葉に一番近い)


ハイクは、決意を新たに、工房へと続く道を歩き始めた。

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