亡国王女の待ち人〜『運命の人』と会える日に〜
運勢を知るというのは、一つの人生の指針だ。
人生に地図や行き先の指標があるなら頼りたいと思うものだろう。
今日はわたしの星の巡りは変革と人生の転換期だ。
そして『運命の人』と出会う日。
もしかしたら、わたしの待ち人と会えるかもしれない。
そんな淡い期待を胸に抱いて今日の朝を迎えたというのに。
「お前が王都で噂になってる占い師だな?」
全力疾走したのに、しつこい。
あっという間に男達に囲まれてしまった。
路地裏の行き止まりの壁まで追い詰められる。
「違います!人違いです!先を急ぎますので、失礼致します」
ローブを目深に被っているのに、確信的な物言いだ。
これはさっきのお客様のやり取りをずっと見ていたのだろう。
身なりは良いが、やたらと威圧的で体躯のいい男達がわたしに何の用だというのだ。
「王都にいたかと思えば今日はこんな田舎まで。神出鬼没でこっちは探しまわったんだぞ!」
日によって自分の運気の良い場所で仕事をしている。
わたしの都合、わたしのやり方で仕事をしているのだ。
ケチをつけられる筋合いはない。
「アリオス国のような他国の方、わたしにはご縁がないのですが……」
話し方からアリオス国の人間だと分かるが、全く見知らぬ人だ。
いや、よく見るとつい先日、王都で占った若い男性がいる。
恋人と結婚するか相談にのったような……。
あれは偵察を兼ねていたのか。
「ちょっと会って貰いたいお人がいるんだが」
見ず知らずの人について行かないという教訓は万国共通だ。
『はいそうですか』とついて行く程、バカではない。
じりじりと距離を詰められる。
今日のわたしの運勢はよかったはずなのに。
この出会いが運命だったのか。
珍しく読み違えたかな……。
いやいや。
考えようによっては、わたしの占いなど当たらない方が良いのだ……。
「誘拐されましても、身代金を払う身内はおりません」
「誘拐じゃねぇ」
「お金の持ち合わせはありませんよ」
「金の話しじゃねぇ」
「人買いに売っても大した家事はできませんので、二束三文ですよ」
「さっきから何を言ってんだ!ある御仁が占い師ペルラを極秘に探すよう言われてって……こらっ!!待て!!」
わたしは立て掛けてあった棒を使い、壁の上まで登りきる。
市井で暮らすようになり、自分を守るため軽業並の運動神経が養えたのは幸運だった。
「すみません。今日はわたしも予定が詰まっておりまして。また改めてお話しを聞かせて下さい。では今日が良い一日となりますよう」
わたしは隙をついて男達から逃げおおせたのだった。
占ってほしいからと、つきまとってくる輩はよくいる。
最近特に出没するようになった。
今日は犯罪に巻き込まれるような運勢ではなかったはずだ。
時間があれば占うのだが、今日はわたしにとって大切な用事がある。
そう、わたしの故郷がなくなって五年目の節目だ。
***
「今日はお墓参りに行ってきますね」
今朝、ばぁやに挨拶して国境近くの町まで来ていた。
わたしは五年前、ばぁやと共にこの隣国ペサメト国へと落ちのびていた。
「ペルラ様、気を付けて下さいまし。我が敵国であったマクトス国も今やアリオス国により滅ぼされたとか。アリオス国の者が、あの王城を再建しようと新しく高官を派遣するという噂も耳に致しましたよ」
わたしが昔住んでいた王城は、焼き落とされてから再建されず、無人の廃墟となっていた。
「それならば早く遺骨を回収した方がいいわね。放置された城だからと思って空中庭園にお墓を建てたけど、荒らされてはいけないもの」
「わたくしもお供したいのですが、何せ足が悪く足手まといになります故」
七十歳前のばぁやに無理はさせられない。
「大丈夫。もう五年も通っているのだから道にも慣れてるし。それにほら、わたしの占いで危ないことは避けられたでしょう?」
「そうですが……」
わたしは占星術で生計を立てている。
敵国が攻めてくる時も落城する時も占星術では凶報が出ていた。
当時、十二歳のわたしが父王に進言しても悲しそうな目で抱き上げられた。
『ならば、ペルラだけでもここから逃げのびなさい』
頭を撫でられながら、ばぁやに預けられたのが父王と交わした最期の言葉だった。
***
王城は焼失し、レンガは崩れ落ち蔦が縦横無尽にはびこっている。
文字通り廃墟となった我が家を改めて見上げる。
王城の空中庭園は海がよく見渡せて、わたしのお気に入りの場所だった。
戦争が落ち着き、両親を探しにばぁやと一緒に城を訪れた時だ。
両親と思われる亡骸は寄り添うように玉座で倒れ込んでいた。父王の付けていた指輪と母后のネックレスが両親だと告げていた。
両親の遺骨と思われる骨と指輪を庭の一画に埋めていた。焼けた骨は思っていた以上に真っ白で軽かった。
わたしはお墓を建てた場所から遺骨と遺品を入れた箱を掘り起こす。
この土地は名残り惜しいけれど、新しい領主様がくるようだからお引越ししますね。
箱の土を払いながらわたしは両親の遺骨に話しかける。
これでわたしの拠り所も故郷もなくなる。
『運命の人』の出会いとか、今朝のアリオス国の男達だったというオチかもしれない。
わたしは夕暮れまで待ち人を待ったが誰も来ることはなかった。
会いたい人には会えず、ただ約束の地で待つばかりか……。
今日は両親の遺骨を回収したのだ。
全くの徒労というわけではない。
自分にそう言い聞かせ、寂しい気持ちを押し殺す。
一晩、野宿するつもりで焚き火を用意したその時だ。
草むらから犬が数頭、わたしの前に立ちはだかった。
荒廃した廃墟は野犬の格好の住処になっていたようだ。
野犬に噛みつかれて病気になるか怪我をして流血沙汰にはなりたくない。
ここに来て野犬が出ようとは思わなかった。
今日はとことん、ツイてない。
まぁ、わたしの占いなど当たらない方がいいのだ。
だから……どうか……。
***
焚き火を囲みながらお湯を沸かしお茶をいれる。
「先ほどは本当に助かりました」
わたしは深々と頭を下げる。
「いやいや煙がのぼっていたので、不審火かと思い。来て正解でした。お怪我がなくて何よりです」
野犬を撃退しようと近くにあった棒を手に取り、火を付け振り回していた時だ。
このルスという青年が助けてくれたのだ。
枯れ葉色の髪に深海のような深い蒼い瞳。
二十歳前後の青年は妙に落ち着いていた。
「しかし、なぜこのような廃墟に女性一人で?」
明らかに訝しんでいる。
「わたしはただ、人と待ち合わせをしておりまして」
ルスという青年はわたしをまじまじと見つめる。
「君はちゃんと生きてる人だよね?」
「普通の生身の人間ですが、何か?」
わたしが幽霊にでも見えたのだろうか。
「いや、毎年この城が焼け落ちた日の夜に亡霊が出るという噂を聞いたもので。ちょっと見ておきたかったんです。でも生身の人間でこんな可愛らしい女性が噂の元だったとは。安心しました」
整った顔の青年はニコリと微笑む。
わたしは思わず照れ隠しに栗色の毛先を指先でとかす。
「まっ……まぁわたし自身、生霊みたいな者ですから。変なことしたら怖いですよ」
わたしは威嚇も兼ねて顔をしかめる。
「ペルラさんは、この土地に縁があるんですか?こんな所で待ち合わせって、もう夜ですよ?帰らないんですか?」
ルスはラフな格好をしているが帯剣していた。
庶民ではなく、街を警備している人間かもしれない。
「わたしにとって今日は特別な日なんで」
わたしは思わず神妙な顔になる。
「こんな所で待ち合わせというのも酔狂だね」
ルスは呆れた顔をする。
確かに女一人、廃墟で待ち合わせなんて、普通なら気味が悪いだろう。
「ルスさんも肝試しが済んだのでしたら、早くお帰りになっては?」
「いや、女の子を一人置いておけないでしょう」
焚き火の火を見つめながら、わたしは深い溜め息をついた。
「今日、『運命の人』と会えるという星の配置でしたので。行方不明の婚約者の方がお戻りになるのかと思っただけです」
ルスは目を丸くする。
「その婚約者さんは遠くに行かれたんですか?」
「船に乗り戦争へ行ってしまいました。消息不明です。わたしは婚約者の方にこの空中庭園でお帰りをずっとお待ちしておりますと約束しました」
わたしは無数の星が瞬く夜空を仰ぎ見る。
「ですが、五年経った今ではその約束をしたという記憶しか残っておりません。婚約者の方はおろか両親の顔も声もなかなか思い出せなくなってしまいました」
「記憶や思い出なんて、そういうものです」
ルスは真剣な顔でわたしの話しを聞いてくれた。
「しんみりさせてしまい、すみません。そうだ、野犬から助けて貰ったお礼をしなければ」
「別にいいですよ。こちらも幽霊の正体がわかりホッとした所です」
「まぁこれも何かのご縁ですし。ただわたしが出来ることと言えば占い位ですが。当たるも八卦当たらぬも八卦。余興と思って如何です?」
初対面の人に身寄り話しをしても話しは続かない。
野犬に襲われたばかりだし、心配してくれているルスを無下に追い払うのは失礼だ。
ちょっと場の雰囲気を和ませる意味でも自分の特技で話題を作らねば。
「じゃぁ、お言葉に甘えて。お手並み拝見」
「お生まれの年月日、生まれた土地を教えて下さい」
「北央年の麦の月の九日、アリオス国のエーフェ市だ」
「あら、アリオス国の王都のお生まれでしたか」
紙にその情報を書いていく。
「あっ生まれたお時間はわかりますか?」
「え〜っと、どうかな。正確な時間は分からないんですが、母がお昼ご飯を食べるどころではなかったと話していたのでお昼頃でしょうか」
「なるほど」
ルスのプロフィールと共に丸い円と星を配置して書いていく。
「何してるんです?」
「アリオス国のエーフェ市の緯度と経度とお生まれになった星の位置と今日の星の位置から算出して吉凶などを読み解くのがわたしの手法でして」
「もしかして、君はペサメト国の人?神出鬼没の占星術師がいるって聞いたんだけど、噂の占い師ペルラって君のこと?」
「さぁどうでしょう」
「そういえば、この落城した王の娘はペルラと言ったか……。何でもその王女もよく占いがあたると有名で。でもこの国の国王は政治利用せず運頼みにしなかったとか」
よく当たる占い……。
今のわたしには皮肉にしか聞こえない。
「占いはいわゆる指針の一つですから。頼りきるのは危ないと思われたのでしょう。それはそうと、あなた様は両親や地位に恵まれておいでの方ですね。かなり高貴なご身分……。貴族の御子息様がこのような廃墟で幽霊探索とは。世の中平和になったものです」
「まぁ幽霊探索はついでで、今日は仕事なんだけど」
「今、兄弟喧嘩中ですか?」
「よく分かったね」
「御兄弟様と葛藤しやすい位置に星が配置されたお生まれなので」
「仲直りできそうかな?」
「仲直りするならば……。ルスさんの勝ちがみえていても、勝ちを相手に譲る方がよろしいでしょう」
「勝つのに?」
「今が人生の分岐点ではあるのです。だからご自身でも方向性を無意識に迷っておられる……そんな葛藤があるとでています」
「確かに、迷っている。勝ちを譲るかは少し考えさせてくれ。他に何がわかるんです?」
「ルスさんの性格はお調子者に見えて実は臆病。人を信じきれない用心深さがあるので壁を作りがちです」
「色々あって人間不信なんだ」
「最近、裏切られました?職業は……軍人さんですか」
「まぁそんなところだ」
「いや、でも文官になった方が名を残す名君になる星の元に生まれておいでですね。上を目指されるなら転職をお勧めします」
「なるほど……、転職ねぇ……」
「女性とはトラウマが付きもののようです」
「女性とはよく分からん生き物だ」
「星の配置があまりよくありません。ルスさんの良くない所は浮気性のようですし」
「火遊びには気を付けていたんだけどね。言い寄ってこられたもので」
「ルスさんは美の女神の加護がありますから、さぞやオモテになるでしょう。女性には困らないですね」
「褒められているのか貶されているのか分からないけど、参考にしよう」
「ご結婚相手は惚れた人よりは誰かに勧められた女性との方が将来的には円満な家庭を築けそうです。ビジネスパートナーという人との発展もありかもしれませんよ」
「なるほど、占いというのは色々分かるもんなんですね」
「他に気になっていることはありますか?」
「では一つ。わたしは今、探しものをしていてね。それが何でいつ、どこで見つかるか分かるかな?」
「何だか抽象的ですね。確かにルスさんの人生におけるキーパーソンとなる方とは近日中にお会いできそうですが。物となると、ちょっと分かりかねるのですが……」
「なるほど。ペルラの占星術は当たるようだ」
「心当たりがありましたか?」
「探し人が今見つかった」
するとルスはわたしの手をとった。
「君、やはり亡国のペルラ王女じゃないか?戦時中、行方不明になっていたが実はペサメト国に落ちのびたとか、戦火で亡くなり亡霊となって空中庭園で墓守りをしてるとか色々噂はあるみたいだけど」
「噂というのも、なかなか真に迫ってますね」
思わず両親の遺骨の入った箱を触る。
「ペサメト国では部下に探させていたんだが、見失ったと報告があった。思いがけずこんな所でお会いできるとは」
もしや……昼間に会わせたい人がいると追いかけてきたのは、この方の部下だったということ?
「占星術ができ、この王城の空中庭園にも詳しい。何より君は今日『運命の人』と会える日なんだろ?」
「それがあなただとでもいうんですか?」
夜空を見上げると既に月は頭の真上に来ていた。
日を越したことを思うと、これがわたしの『運命の人』の出会いだということになる。
「ビジネスパートナーとしてお互いの利益のために手をとらないか?わたしは人生の指針がほしい。君は婚約者の行方を探したい。我が国の情報網を駆使すれば、君の婚約者はすぐに見つかるよ」
ルスは屈託のない笑顔をわたしに見せるのだった。
***
執務室でわたしは書類を仕分けしていた。
「ルス殿下、そろそろ休憩にしますか?」
廃墟となった王城は規模こそ小さくなったが、建物は再建され見違えるように美しくなった。
みすぼらしかった空中庭園も専属の庭師が管理してくれているので、まるで石壁の中のオアシスのようだ。
「貴族のお坊ちゃまかと思っておりましたが、まさかアリオス国の第二王子、ルス様だったとは。しかもこのわたしの故国の新しい領主様でしたか」
「人は見かけによらないでしょう?」
えっへんと胸をはる様子はまるで子どものようだ。
「廃墟に出くわすあのタイミング。貴族の放蕩息子が出奔して行く宛もないから廃墟で野宿されるのかと思いました」
「土地の視察をしていたと言って貰えるかな?」
ルスは書類にサインする手を止めて頬杖をつく。
あの墓参りの日の夜、ルスからスカウトされた。
「わたしを官にですか?御冗談を。この占いは余興です。あなたが良いと思う道を進めばいいのです」
「しかし今、わたしは兄上と次期王位をかけて亀裂が入っている。わたしは王位を目指すべきか諸侯として兄上を支えるべきか迷っている」
「確かにあなた様は人気運がおありのようですし。お兄様と王位をかけたならばあなた様が勝ちますでしょう。ですが王よりも諸侯として土地を治めるのに向いております。ですが、ご自分の良いと思う道をお進み下さい」
ルスは尚も食い下がる。
「わたしには道を照らす案内人が必要なんだ。運も実力の内。大難を小難に、小難を無難にするのも国として必要なことだろう?」
わたしは深い溜め息をついた。
「わたしは無力です。一番大切な国も親もなくしたのです。未来を占えても、もっと発言力や権力があれば誰も死なせずに済んだのに。そんな後悔しか今は残っていないのです」
「ご両親の死は、占いで回避できたとは言えないだろう?未来の透視ができても避けられない運命だってある。自分を責めるな」
ずっとわだかまるような心のつかえがとれた気がした。
国が滅び、両親を亡くし、婚約者は行方不明だ。
孤独を感じる日々と辛さに耐えかねていたのだ。
いくらわたしの占星術が当たろうとも、本当に守りたかった家族や仕えてくれた人達は守れなかったというのに。
ふと、張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れた。
わたしはみっともないくらい、わんわんと泣いた。
息が出来ない位、声が枯れるまで、溜め込んだ一生分の涙を出し切るくらいに。
ルスは何も言わずただそっと胸を貸してくれた。
初対面でよく泣くわたしを呆れるでもなく、困った顔をするでもなく、ただ頭を撫でてハンカチを渡してくれた。
何者にも代え難い安心感がルスにはあった。
それをこの人は、わたしの気持ちを見透かしているかのようだ。
わたしが、誰かを必要としているのだと……。
紅茶と焼き菓子を用意してローテーブルに置く。
カウチソファーにルスは座り、わたしにはその隣に座るよう手を引く。
いつになく真剣な顔をしていた。
「君の婚約者のことだけど、その……」
「既に亡くなってましたか」
ルスは意表を突かれたという顔をする。
「あぁ。艦隊との攻防戦で。知っていたのか?」
「占星術で、その兆しがありましたので。でも否定したくて、約束の空中庭園で待っていました」
「そうか。ならいい」
ルスは神妙な面持ちをする。
「わたしのことはお気になさらず。今は仕事が楽しいですし。何なら殿下が暇な時に縁談の世話をして下さい」
「そのことなんだが」
今日の殿下の運勢は一世一代の決断。
恋愛と結婚の星の配置が正に良縁の日。
「君さえよければ……ビジネスパートナーとしてではなく、プライベートでもわたしを支えてはくれないだろうか」
わたしは思わず考えてしまい、無言の間があった。
「後悔しても知りませんよ」
わたしは釘をさしておく。
ちなみにわたしの運勢も良縁の日。
今まで自分の占いなど当たらなくてもいいと思っていたけれど。
「君の占星術でいうところの、君との相性は悪くないんだろう?」
「浮気は許しませんよ」
わたしは不敵に笑ってみせた。
ここがわたしの居場所。
拠り所となる人ができた瞬間だった。
今日ばかりは自分の占星術も悪くない。