91.ドンドンドン! おるかー! 責任者ぁッ!!
――夜。
七本の巨大な鐘楼を抱えた、石造りの白い大聖堂の前に立つ。
いつもの黒いマント姿だ。顔も隠さない。無論メイクの類いも無し。
夜のとばりから突然湧き出た私を警備兵たちが取り囲んだ。
「きさま! いったいどこか……ら……」
全員手刀で首筋をトンってやって気絶させる。こういうのって背後に回り込むのがセオリーだけど、面倒くさいから正面からトントンしてやった。
ほどなくして全員、床を舐める。良い夢みなよ。
で――
立ち塞がる城門みたいな扉を極大破壊魔法で叩き斬った。
中は薄暗い。柱や壁に備え付けられた魔力灯がぼんやり照らすが、足下は闇に呑まれていた。
まっすぐ続く回廊を進み、一段高い台座の前へ。
光の神の像が建つ。
背景で宗教的な世界観を表現するステンドグラスの絵巻たちも、月の光では輝かない。
「バロウズ枢機卿! もしくは、その居場所を知る者はいないかッ!?」
私の声は高い高い天井に一度吸い込まれると、綺麗に反響した。
奥から高齢のしわくちゃった司祭風が、よろよろと姿を現す。
「はてさて……こんな夜更けにどのような御用件で。呪われでもしましたか?」
「おいご老人。バロウズ枢機卿について教えてくださいお願いします」
「はて、バロウズ……バロウズバロウズ……はて」
「もうろくしたかジジイ?」
「な、なんじゃと! わしはまだピンピンしとるわい。おととい食べた夕飯のことだって……はて、何を食べたかのぅ……いやそもそも、食ったのかの? お主、知らぬか?」
「知るかッ!」
とぼけているのか本気かわからない。が、緩い雰囲気のわりに、このご老体、さすが教会中枢に身を置くだけあって、なかなか肝が据わっていらっしゃる。
「頼む。教えてくれ」
老人は「ふむ」と長いあごひげを整えるように撫でた。
「なるほどなるほど。そなた、怒りと哀しみを押し殺すようにしておるな」
「見ただけでわかるんかね?」
「伊達に年はくっておらんよ」
口ぶりがところどころ、ロリコア書庫を思い出させた。ま、こっちはジジイなんで当たり前感あるんだけどな。
「で、どこにいるんだ?」
「そのような名の枢機卿はおらぬ」
「いないわきゃないでしょ」
「どんな見た目かね?」
「銀髪さらさら系で目は糸みたいに細くて、白地に金の刺繍が入った法衣っぽいのを着てたんだ。年齢は私よりちょっと上くらい。三十には届かないくらいで、言いたくはないがイケメンだった」
「枢機卿にそのような若造はおらんよ」
なにその……なに? 説得力ある感じ。
「じゃあ、私が会ったあの男は何者なんだ?」
「知らんよ。まったくお主、初対面相手にずいぶん厳しいのぅ」
「なあご老人。教会のお偉い奴に、そういう風体の男はおらんのか?」
「組織の末端まで知る者はおらんて。なあ……ところで、告解でもしていかんかね。国家反逆罪の懺悔とかね」
じいさんはボソリと呟いた。
「なんだ、私を知っていたのか。命知らずなじいさまだ」
「十分長生きしたしのぅ。老い先短い。怖い物なし。殺されたところで誤差じゃよ誤差」
あー、こういうパターンか。力尽くで脅してもゲロっちゃくれないんだよな。
「何か情報をよこせ。なんでもいいですお願いします」
「三軒先の定食屋が美味いんじゃ」
「グルメ情報じゃねぇよ!」
食えないじいさんめ。
「ふむ……さて……実際に会ってみると違うもんじゃ。しかしまぁ……近い姿というと独りおるな。聖王教会の関係者といえば、関係者じゃ」
「なんだ知ってんじゃん。おせーておせーて」
「聖王陛下じゃ」
「はあああああん?」
「といっても、陛下の御髪は白金髪で長く、瞳には青白い炎の色を宿しておられるがのぅ」
「じゃあ別人じゃねぇか」
「お主とて変装でもするじゃろがい。もしかすればわしとて、誰かが化けた存在かもしれんぞい?」
「不気味なこと言うんじゃねぇよ……ったく……って、おい……じ、じいさん?」
私の目の前で曲がった背中がスッとまっすぐになり、背が伸びると姿が徐々に変化する。
法衣はそのままに若返った男の顔は……バロウズだった。
「どういうこったテメェ……つーか、なにもんだ?」
「ご無沙汰しております。メイヤ・オウサー。わざわざ私に会いに来てくださったんですよね?」
口調も声も別人だ。
「バロウズ……ってのも偽名だな?」
「ええ、お察しの通り」
細めた糸目が見開かれる。青白い炎のような瞳が隠されていた。
さらに体躯がガッチリとして、銀髪が伸びる。光沢を得た美しい絹糸のようだった。
こいつ、いったいなんなんだ?
「ずいぶんイメチェンすんじゃねぇかよ?」
「これが基本ですよ」
「自分に自信がないやつが他人の姿を借りるんだよなぁ?」
「その言葉、そっくりお返ししましょう」
「うっせーよ。ばーかばーか」
「挑発がまるで子供ですね。ひれ伏しなさい。貴男は今、この聖王国の……いえ、世界の王の前にいるのですから」
普通の人間じゃ到底口に出すのも恥ずかしいセリフを、目の前の青年はさも当然のように言ってのけた。
いきなりラスボス戦である。とりあえず私は短杖を構えて極大破壊魔法を展開した。
やっぱ罠だったんかな。いや、けどさ……今って周りに巻き込むような一般通過ピープルもいないし、めっちゃタイマンじゃん。
このシチュエーションに持っていくのに、どうするかってのが「VS聖王」をシミュレートした時の課題だったんだが。
あれ? 倒してしまっても構わんのか? これ?




