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90/205

90.再会、妹よ。


 太陽は南天にさしかかり、雲一つ無い快晴だった。

 あたしは金髪を揺らして船に乗る。


 陽光を反射する水面は眩しくて、サングラスを掛けた。


 行き先は中州に浮かんだホーリー島。


 五分ほど船に揺られる。手の中にきゅっと、金の翼のペンダントトップを握り込んだ。


 待ち合わせの時間、ちょうどに上陸。


 島といっても、中州に浮かぶ無人島。あるのは桟橋に小さな聖堂。


 そして、見上げるほど巨大な……全高十八メートルほどの光の巨神像。


 聖王教会の主神。人間を守護する光の神ね。


 聖王都のランドマークだった。


 ホーリー島はとりわけ、荘厳な神像のための台座みたいなもの。


 巡礼者が祈りを捧げる石畳の広場がある。


 白いローブ姿の女の子が、ぽつりと立っていた。


 フードをかぶっている。


 あたしが広場に足を踏み入れると、女の子は顔を上げる。


 小柄でほっそりしていて、けど……胸の膨らみは不公平なくらいにあった。


 さらさらの銀髪がフードからこぼれた。青紫の瞳が、不安そうにあたしを見る。


「え、ええと……」


 女の子――


 妹のリーゼは神像前から動こうともしない。碑文の刻まれた石碑を背に、首をあげてあたしをじっと、じーーーーっと見る。


「お、お、お姉……ちゃん?」


 震え声だった。


「ええ。あたしがあなたの……リーゼのお姉ちゃんのシャロンよ」

「う、嘘よ!」

「本当よ。信じてちょうだい」


 リーゼは怯えきっている。あたしが一歩近づけば、半歩下がった。

 けど、それ以上は後退できない。


 石碑が壁みたいに、妹の背後にそびえているから。


 銀の前髪がさらさらと左右に揺れた。


「信じられないわ! だって……あり得ないもの!」

「どうしてそんなに悲しいことを言うの?」

「しょ、証拠を見せて。あなたが本当にお姉ちゃんだって……シャロンだってわかる証拠を!」


 生き別れてからリーゼはよっぽど不幸な目にあってきたんだと思う。

 人間不信なんだ。


 あたしは手の中で温めていた金の翼のペンダントトップを見せる。


 チェーンの先で片翼が振り子みたいに右へ左へ。


「ね? 憶えているかしら? あなたも対をなす銀の翼を持ってるはずよ」

「…………」


 リーゼはうつむくと、下唇を噛む。


「ごめんね……お姉ちゃん。奴隷商人に売られた時に……盗られちゃったの」


 ああ、なんて可哀想な妹。


「こちらこそ……ごめんなさい。あなたがどれほど苦労してきたのかも知らないで」


 今すぐ抱きしめてあげたい。


 あたしがゆっくり歩みを進めると――


「来ないで! 近づかないで!」

「どうして? せっかく再会できたのに」


 距離を詰める。あと五メートル。哀れな妹ちゃんは動けずにいた。


 四メートル。リーゼが背中側に腕を回す。


「何かしら? お姉ちゃんにプレゼント?」

「あと一歩でも動いたら……」

「動いたら……なに?」


 三メートル。二メートル。


 一メートル未満の「間合い」に互いが入った。


 その刹那――


 リーゼの背後に回した腕が振り抜かれ、白刃が陽光に煌めいた。

 きっちりあたしの喉笛をカッ切る軌道。動きに迷いはなく、洗練された暗殺者のそれだった。


 あたしは指弾で蔓縄の種を妹に撃ち込む。


 初太刀をかわされ体勢が崩れたリーゼが、姿勢を整えるよりはやく、発芽した蔓縄がローブの上から少女を亀甲縛りにした。


 高級ハムみたいになって銀髪少女が地面に転がる。その手から短刀を蹴り飛ばし、妹ちゃんのほっぺたを人差し指と親指でつまんでぐいっとした。


 フードが外れて耳元があらわになる。

 獣毛に覆われたケモミミだ。みればお尻の方からフルルンと、銀の巻き尻尾がはみ出ていた。


 ハーフ獣人だ。


 冷淡な青紫の瞳があたしを見据える。


「ど、どうするつもりよ? この不審者!」

「不審者ではない。私が貴様のお姉ちゃんだぞ。よく見ろ、この顔を。そして思い出せ」


 空いた手でサングラスを外す。それを見るや――


「やっぱり偽物じゃないかい……アンタ」


 リーゼ(?)の口ぶりがワイルドに変わった。そっと女の顔から手を離す。


「気づいていたのか? 金髪ウイッグにゴスロリ風の服装。ムダ毛処理も完璧で化粧もばっちり決めてきたんだが?」

「アンタみたいなデカい聖女がいるわけないだろッ!!」


 リーゼ(?)は吠えた。


 はーい正解。変態女装おじさ……お兄さんこと、メイヤ・オウサーが擬態していたのでした。


 大事なシャンシャンを罠かもしれない場所に、単身送り込めるわけがないでしょうが。


「つーかさぁ、片翼のペンダントは本物よ。ガチでシャンシャンのを借りてきたんだけど」

「どうしてアンタみたいなあからさまな偽物が、この島にこれたわけ?」

「そりゃあ疑う人間全員転移魔法で適当な場所に跳ばしまくったからな」

「――ッ!?」


 ノーチェックで乗船。つーか、自分で漕いできたし。


「はいじゃあそっちの質問はここまで。貴様もどうせ偽物でしょ? 同じ仲間なんだし仲良くしようや」

「くっ……殺せ」

「死にたいならゲロったあとで勝手に死にな。で? 貴様の飼い主はどうせバロウズ枢機卿なんだろ?」

「誰だそれは?」

「しらばっくれるんだぁ。じゃあ一体、どこの誰に頼まれたってんだ?」

「冒険者ギルドだよ」

「依頼主は? まさかこの状態でしらばっくれるつもりはないよな」


 私は蹴り飛ばした短刀を手にして、剣の腹を手のひらでペチペチさせる。


「聖王教会からとしか……アタシにしかできない仕事だって……ご指名さ。純粋な人間じゃないアタシに、教会からなんて……道理でこんなオチになるわけだよ!」

「ご愁傷様。で、貴様は何しろって言われたんだ?」

「この島にやってくる少女に近づき、隙を見てクスリで眠らせる……。簡単なわりに実入りの良い仕事だったってのに。チクショウ」


 詳しいことは聞かされていないようだ。シャンシャンの妹に似た風貌と年頃。他に見つからなかったのだろう。で、フードとローブで耳と尻尾を隠して偽装した。


 偽物とはいえそれなりの腕前も持っている。で、白羽の矢が立った……ってところか。


 女のアゴを再び掴んでぐいっとあげる。


「それだけか? どこかに連れていくとかは?」

「回収は別の人間がするって……なのに、どうしてアンタみたいなのが来んのさ!?」

「そんなもん用心のために決まってるでしょうがッ!!」

「ひいっ!」


 偽の妹は唇を震えさせた。金で雇われただけなら放置でいいだろう。


 と、思った瞬間――


 どこからか光の矢が飛来した。それは私ではなく……蔓縄で身動きがとれない女の心臓を貫き……フッと消える。


 女は悲鳴を上げるまでもなく絶命した。心臓を貫かれて。


 同時に、島の周囲に無数の警備艇が群がってくる。聖王都の警備兵隊だ。


「そこの二人! 何をしている!? 本日この島は完全封鎖中だ!」


 おさらしきヒゲともみあげがつながった壮年が、部下を十人単位で引き連れて広場にやってきた。


 隊の若い兵士が声を上げる。


「あれは女装した男のようです! 見てください……手に短刀を! それに……床に伏した女性からおびただしい血の池が……」

「全員抜剣。確保だ。抵抗するなら殺せ」


 部下たちが「「「おう」」」のかけ声とともに剣を抜いた。


 私は立ち上がり短刀の切っ先を連中に突きつける。


「ちょっと待て。ほらよく見て。私がやったというなら、どうして血に汚れてないんですかね?」


 ヒゲダンディな兵長が吠える。


「申し開きは詰め所で聞こう」


 次々と警備艇が島に横付けし、秒単位で増える兵隊たち。


 完全包囲されて逃げ場が無い。

 

 手際が良すぎるでしょ。ほら、やっぱりシャンシャンじゃなくて良かったじゃん。


 私は目を見開いたままの女冒険者の顔にそっと手をあて、まぶたを閉じさせると蔓縄を解いた。


 口封じしつつ、このメイヤ・オウサーにえん罪をなすりつけるために、彼女の命は奪われたのだ。


 ブチッ――


 何が聖王国だよ。何が聖王教会だよ。私は静かにキレた。


 包囲する兵たちも、きっと何も知らされていない。聞かされていない。と、信じたいところだ。


「はい、では諸君。それ以上近づくんじゃないよ。詳しいこと事情を説明すると、君らも不幸に見舞われるかもしれない。けどね、このまま黙って帰るわけにもいかんのだよ」


 私はハンドバッグから短杖を取り出す。


「魔導師だ! 全員、警戒ッ!!」

「警戒でいいのかなぁ? 私の名前を教えてやろう。現在国家反逆罪で大絶賛手配中の超天才大魔導師……メイヤ・オウサーだ。死にたくなければ散れ」


 この名に警備兵たちの脚が地面に釘付けになった。

 隊長格ですら斬りかかってこれんらしい。が、逃げれば処罰でもされるのか、誰も動かない。動けない。


「はい、そういうことね。じゃあ……ちょっとこれから手品を見せてやるよ貴様らに」


 私は胸から血を流して絶命した女を片腕に抱え、短距離転移魔法で巨神像の頭の上に跳んだ。

 聖王都の守り神的な平和と繁栄の記念碑的存在を足の裏で感じつつ、詠唱開始。


「深淵より出でて世界を浸食せしめる禁忌の力よ。光と闇の融合により生まれし対消滅の刹那を刃と成して我が身に宿せ。啓示されること無き秘術。白紙の魔導書。沈黙の言霊を通じ、今ここに破滅の物語を紡ぎ上げん――極大破壊魔法!!」


 破壊の魔法力が杖に収束。天を貫く巨剣となった。振り下ろす。


 足下の巨像ごとホーリー島を二分し、聖王都が引き込んだ内海を割り、青白い炎の刃は大地を穿った。


 水面は荒れて島を呑み込み、警備兵たちを押し流す。


 巨大な水柱が立ち上り、その日、ホーリー島は巨神像もろとも聖王国の地図から消えた。



 中央平原のはずれ。草花が風に揺れる美しい丘の上に、簡素な木の墓標を立てる。

 これで慰めになるかはわからないが、私は偽の妹を演じさせられた女を弔った。


 彼女にも家族はいるだろう。悪いとは思う。が、誰にも話すまい。

 シャンシャンも自分がいかなかったからと、この見ず知らずの女の死に勝手に責任を感じるのが目に見えている。


 そういうのは、私だけでいい。私が背負えばいい。


 もちろん――


「仕組んだ奴にはきっちりお礼してやらんとな」


 このまま聖王都に戻って情報収集だ。


 聖王教会の全部がクソなら大聖堂ごと教皇庁に極大破壊魔砲ブッパなんだが、いずれシャンシャンが戻るかもしれない場所だし、無関係な人間が多すぎる。


 関係者だけをピックアップしてコロコロがさんとね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 名も無き偽シャンシャン妹が雑に死んだ……! やはり二次世界の宗教の例に漏れず、腐敗しておる……これは極大魔法で塵と化するのも已む無し……
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