86.命を賭して
幸運にもキャンプにシャンシャンは残っていた。
焚き火台近くの石窯に薪をくべているところだ。
少年忍者をお姫様抱っこして、彼女の元へ。
「シャンシャン! 急患だ! 頼む……こいつを治療してやってくれ!」
「えっ……ええ!?」
驚きのあまり手から薪をこぼす元聖女。だが、少年の胸の傷に秒で事態を把握した。
すぐに集中し聖なる光の魔法力をシャンシャンは手に灯す。
「エーテルドライブ……神の奇跡と恩寵よ集いて哀れな子羊の傷を癒やしたまえ……」
傷口に手を添えようとした刹那――
「ま、まったあああああああああああああ!」
サキュルがどこからかぶっ飛んできてシャロンにタックルした。
「きゃ! 急にどうしたのサキュルさん!?」
一刻を争う時だ。
「ふざけている場合じゃないぞ貴様!」
淫魔は元聖女を押さえたまま振り返る。七色の虹彩が私に訴えた。
「まずいんだよメイヤ! その血の匂い……たぶんサキュルと同じタイプだから!」
「同じタイプ……だと?」
シャロンの手からスッと光が消えた。
「もしかして闇属性……ってこと?」
サキュルはうんうんと何度も首を縦に振る。ついでに胸も大揺れだ。
「逆にトドメになっちゃうよシャロン!」
「じゃ、じゃあ……どうしたら」
「だからさ……サキュルにやらせて」
淫魔は尻尾をぴんっと立てる。
「貴様、闇系統の治癒魔法が使えるのか?」
「つ、つかえない……けど、淫魔ってドレインが得意なんだ」
「それこそ死んじまうでしょうに」
カゲ君は息も絶え絶えだ。普通なら即死していてもおかしくないが、彼が元来持つ高い魔法力が生命維持の下限をギリギリ保っている。
が、時間は残り少ない。
サキュルは真剣だった。
「その人、助けたいんだよねメイヤ?」
「あ、ああ」
「なら……ダメージドレインするから」
ダメージ……ドレインだって?
シャンシャンの治癒魔法に頼れない以上、サッキーに賭けるしかないのか。
「わかった。頼むぞサッキー」
「任せてよ!」
言うなり淫魔は少年の胸をはだけさせた。
「お、おい! 脱がす必要なんてあるのか貴様!?」
「淫魔だからお肌とお肌のタッチが大事なの」
傷口に触れるサキュル。魔法力を流し込むのではなく、少年の胸から何かを吸い上げるように黒いオーラが淫魔の身体に移る。
「うっ……くぅ……痛ったああああああいい……ハァ……ハァ……」
サキュルは額に玉の汗を浮かべた。苦悶の表情。荒い吐息。一方、苦しげだったカゲ君の呼吸が少しずつ落ち着き始める。胸の傷が塞がった。
「このダメージをサキュルが……受けるッ!」
もしやサッキー……貴様、自分自身が請け負うことで、相手の傷を癒やすことができるのか!?
「そんなことをしたら、貴様の命が危険だろうに」
「いいんだよメイヤ。だって、恩人のメイヤが救いたいって思う人なんでしょ……サキュルは……どうなっても構わない!」
選べっていうのか。サキュルとカゲ君の命の天秤を……。
私には……できない。
「サキュル貴様! や、やめ……いや……半分だ。半分だけ奪え」
「ごめんね……メイヤ……それにシャロン……サキュルさ……不器用だから。これまで一杯迷惑かけちゃったけど……」
シャンシャンが金髪を大きく左右に振る。
「そんなことないわ! お願いだから……無茶しないで! せっかく友達に……姉妹に……家族になれたのに!」
サキュルは「うん」と小さく頷くと、儚げな笑みを浮かべた。
「ドラミちゃんには……サキュルは旅に出たって……伝えてあげて。あの子、とっても優しいから……」
まるで砂漠の蜃気楼みたいに、おぼろげで瞬きしている間にすべて消えてしまいそうな、そんな表情だ。
「いくよ……ダメージドレイン……最大出力ッ!!」
瞬間――
ブチッ! と、音を立てて淫魔のブラとパンツのヒモ部分がちぎれた。
はらりはらりとサキュルは全裸になる。
ええ……そこ? そこがダメージを請け負うって……こと?
「や、やだ! ちょ! はず……恥ずかしい見ないで! メイヤ見ないでぇ!」
サキュルは胸を前腕で隠し、泣きながらログハウスに駆け込んだ。全裸で。
「おかしいぞ。あの淫魔……まるで羞恥心が芽生えたみたいじゃないか」
ぽつり呟く私にシャンシャンがハッとした顔になる。
「もしかして精神にダメージを転嫁したんじゃないかしら?」
「精神だと?」
「淫魔にとって羞恥心が芽生えるのって、死に等しいことだと思うのよ」
「…………それは……そう!」
色々納得できてしまった。証拠にカゲ君の胸の傷は閉じたんだが……なんか心臓のあたりにハートマークをデコったみたいな、淫紋が浮かんでいた。
うーん、これ、消えるんだろうか。
死ななかっただけマシなんだが。
シャンシャンがカゲ君の顔……というか、メンポを見る。
「まだ呼吸が荒いわね。息苦しいでしょうし、外しちゃいましょ」
「あっ……待てシャンシャン……ああっ」
私は少年を抱きかかえているので両腕が塞がっている。制止もできず元聖女はカゲ君のメンポをスッと外した。
目を閉じたままぐったりな少年の顔を見て……。
「サキュル……さん?」
「ああ、やっぱ似てるよな。雰囲気とか髪の色とか」
目を開くと七色の虹彩だ。赤の他人かもしれんけど。
ともあれ――
一命を取り留めてくれたので安心した。
安心しているなんてな……この私が。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします~!




