68.キャンプ地 春のパン祭り
で、とりまパンを焼いてみることにした。場所は焚き火台そばのテーブルだ。青空クッキング開始である。
なお、長女ズは慣れたもので、私が指示しなくともそれぞれ薪割りしたり、釣りしたり。
ドラミはといえば、ピンクドラゴンの姿になると元いた粘土質の崖にひとっ飛び。
何往復かして、焼いたレンガをキャンプ地に運ぶことにしたらしい。
全部に桜の花びらみたいな刻印つき。彼女の手作りの証である。
五日間も、黙々と作業してたんだな。時間感覚が長命種なんで、実際のところはどうなんだかわからんが。
さてさて――
キャンプの調理道具の王道。メスティンというレンガブロックみたいに長方形な鍋(?)をダンキで購入。一人一つあれば便利だろうと、四つほど用意した。
ま、聖貨ならあるんで。サンキュー元侯爵。
材料に移る。
同じく聖都でこっそり買ってきた、小麦粉やら卵やら牛乳やらバターやら。
砂糖と塩は常備済み。
椀型の大きな金属製ボールに材料どばどば。
白い粉(なんか強力なやつ。グルテンとか)に砂糖と塩。卵と牛乳を加えて、自家製レーズン酵母を投入。
混ぜてこねてまとまったところで、バターも入れてさらにこねこね。
バターが馴染んだところで、ボールに清潔な濡れ布巾をかぶせておく。完全に密閉してしまうと、生地の中の酵母菌が窒息するんだとか。
ここらへんの肌感覚が、職人の技ってことだな。
四十分放置で一次発酵終了。生地を指で押して硬さチェック。ま、ようわからんけどなるようになるか。
四等分してボールの中で丸くまとめて、濡れ布巾をかぶせて十五分ほどおく。
おっぱいみたいに膨らむんで、こいつを潰してガス抜きっと。
なんか猟奇的なことをしてるみたいな気がした。
んで、あとは内側にバターを薄く塗ったメスティンに、生地を収める。
メスティンにはハンドルがついてるんだが、こいつは取り外せるので取っ払う。
たき火台も工夫をした。
なにせ火加減なんてもんが難しいので、焼き台をレンガで高さ調整して、少し火から離してみる。
料理の基本は弱火だ。
時間をかけてじっくり火入れをすれば、黒焦げにはならん。
五分焼いたら、トングでメスティンをひっくり返してまた五分。
我が反転術式によって上下両方から加熱させることが可能なのだ。いや、メスティンの構造上のメリットなだけだけど。
うーん、なんかもうちょい焼いてもいいかもしれん。たき火と焼き台の距離を空けすぎたか?
追加で三分ずつ加熱。一度、火から下ろして余熱でなんとかなぁれ。
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今日の昼食は根菜シチューとメスティンパンだ。
四人でテーブルを囲む。
みんな揃って「「「「いただきます」」」」
シャンシャンがメスティンパンを左右に割った。ふっくらもちもちだ。湯気にはバターの香気が加わり、焼きたてパン特有の甘さが食べる前から感じられた。
一口ほおばるなり、金髪がぶわっと膨らんで少女の瞳がキラキラ輝いた。
「すごいわメイヤさん! パン屋さんひらけるわよ! これはもう革命ね! 美味しすぎるわ!」
続けてサキュルもか歓喜する。
「んま~! ねえねえ、どうやって作ったのこれー! メイヤって魔法使いかなにかなの?」
「大魔導師だが?」
「そういう意味じゃないってば! ン~! もっちもちのふわっふわ~! しあわせぇ~! メイヤにチューしてあげたいかも!」
口をすぼめてエアキッスをむちゅむちゅするんじゃないよ、食事中でしょうが。
で、ドラミはというと。
「――ッ!?」
言葉も出ないらしい。その頬にツーっと涙が伝う。
シャンシャンがスッと腰をあげた。
「だ、大丈夫ドラミさん?」
「……うっ……うう……あのにぇ……おいしいって……こうい……こういうことだったんだぁ」
口に合わなかったわけでもないらしく、なぜか元聖女が腕組みウンウン「わかるわ」と、後方見守りモードだ。
私はドラミにたずねる。
「おいしいもなにも、貴様とてこれまで食って生きてきたんだろ?」
「うん。デスワームとかシーサーペントとか。けどぉ……魔法力を補給できればなんでもよくて。味とか……わかんなかったの。お兄ちゃんと契約したから! 人間になったから、こんな感じになるんだにぇ!」
メスティンパンを天にかざし仰ぎ見ながら、ピンドラは涙を落とした。
美味いもん食って「なんちゅうもんを」って、美食家かなにかか貴様は。
ま、幸せそうでなによりだ。
サキュルがあっという間にパンを食べ終えた。
「おかわり! おかわりおかわりおかわりおかわり!」
「無いぞ」
「な、なんで!?」
「メスティンの数しか焼けないからな。それに焼き時間も勘頼みなところがある。たき火だと火加減一定にならんのだ」
「うう、一度美味しいパンを食べさせて、中毒にしてパンのためならなんでもするように洗脳調教されちゃうんだぁ……悪いパン屋さんに壁ドンならぬ、バケット後頭部SMASHされちゃうんだぁ。なんだかドキドキしてきたかも。メイヤのパンに心の芯までトロトロに犯されて……」
「うっとりするんじゃないよ。まったく」
シャンシャンも困り顔になりながらも「こんなに美味しいパン、食べ過ぎて太っちゃうわ……けど、もう一つくらいはいけちゃうかも」と、暗にもっと焼けと私に訴えた。
ドラミもパンをぺろり。そして――
「もっと……もっとパン……パンパンパンパンパンパン……」
虚空のエアパンを妄想でちぎり始めた。
まったく、リアクションみてて自分で食べてなかったけど、乙女心をトリコにするなんて、そんなに美味しいのぉ?
懐疑的になりつつ、メスティンパンを食べてみる。
「うっま」
これは人も淫魔もドラゴンもダメにするタイプの奴だ。
普通、失敗を繰り返すものなのに初回で大成功させるとか、さすが天才大魔導師にしてパン職人のメイヤ・オウサーである。
三人は諦めて根菜シチューに取りかかった。
シャンシャンがぽつり。
「食べ終わったあと、お皿に残ったシチューをパンでこそげ落として食べたいかも」
「うわー! わかるぅ! 行儀悪いとか言われるけど、あれが一番美味しいんだから」
「なにそれ! 人間すっごーい! やりたいやりたい! お兄ちゃんパン焼いて今すぐ! 火力足りないなら手伝うし!」
三人の視線がもはや痛いレベルだ。
「火力が高けりゃいいってもんじゃないんだよ。生地の発酵と整形になんだかんだで一時間はかかるんだ」
ドラミはしょんぼり顔だ。
「うへぇ……人間の時の一時間って……待てないよぉ」
シャンシャンも「焼きたてでなくても、自家製パンをまとめて作れたらいいのに」とぽつり。
私はドラミに棒読み口調で返した。
「あ~、どこかの親切で有能で可愛い妹ドラゴンが、白い粘土質の場所を探してきてくれて、そこで白いレンガをたくさん焼いてくれたらな~。石窯を作ってパンをもっとたくさん焼いたり、ピザを作ったりできるんだよな~」
途端にピンドラの表情が変わった。どことなく、勇ましい。
「白い……崖。あそこは……けど……パンのため……お兄ちゃん。それにシャロンちゃんにサキュルちゃん。ウチ……知ってる」
「知ってるなら教えろください貴様」
「え、えっとぉ」
なんだか言いづらそうだな。なんか問題あるんですかね?




