64.ドラゴンの妹者
ピンドラは私の前にそびえ立つ。前足を胸の辺りにあげて、犬のチンチンみたいな姿勢だ。
頭ッ高(頭が高い)である。ただでさえデカいんだから背筋伸ばすんじゃないよ。
何食ったらそこまで大きくなるんですかねぇ。
ま、いいか。ネズミやリスが人間を「でっか」って思ってるようなもんだろう。
さてと――
「自己紹介はしたぞ。そっちの名前は?」
『名前? ナイ』
あー、そういう文化ね。ドラゴンっていえば個体として優秀すぎるってんで、単独行動するもんだから名前なんて無くてもいい。
自分と相手。で、事足りる。
群れで暮らす人間を不思議そうに見下して、ピンドラは尻尾をビタンビタンさせた。
地響きすんですけど。
「じゃあ貴様は今日から……」
明るめなピンクの鱗がなにより印象的すぎる。
雰囲気もメスだし、ここは一つ女の子っぽい名前で呼んでやろう。
竜の鼻先を指さした。
「ドラミだ」
『ドラミ? ソレガウチノ、オ名前?』
「うむ。意味は美しい竜だ。気に入ったか?」
ピンドラ改め、ドラミは尻尾をぶんぶんずどんずどんと地面に叩きつけた。
『ドラミ! ウチハ、ドラミチャン!』
爬虫類なんで表情はわからんけど、心の声の踊り具合からして喜んでるようだ。
と、その時――
竜の身体が金色の光に包まれた。なんだなんだ?
『キミカラ……名前モラッタ。契約ムスブニェ。キョウカラ家族』
「はあ? 家族だぁ?」
一瞬、まぶたの裏に淫魔の顔がちらりと浮かぶ。尻尾生えてる族って家族になるのが好きなんかね。
『メイヤハ、ウチノ……ドラミノ、オニイチャン!』
言うなり巨体を包む光がさらに強くなった。うお眩し。
目の前の小山サイズなシルエットが、しゅるしゅると縮んでいく。
あっという間に人間サイズになった。私より10㎝くらい低めの身長だ。
鱗はピンクのフリフリっとした、アイドルチックな意匠の衣装に早変わり。サキュルにも迫らんばかりの大きな胸を、さらにボリューミーに見せるジャンボリボン。ひらひらしたチェックのスカートは膝丈よりも短かった。
愛嬌のあるレトリバーチックな大型犬っぽい顔だ。前髪は外ハネ気味。後ろ髪はまるで翼を模したような、大きなツインテールである。
ドラゴンの原型留めてない。出会って即、人化である。つーかね、火、吹けるよな?
「なんで人間になってんだ貴様ぁ!」
「にぇ!? お兄ちゃんなんで怒るん? ウチ、お話できるようにお兄ちゃんと同じになったのに」
普通に人間語喋ってんな、こいつ。
「私が契約したのは火竜の貴様だ。小娘の貴様など知らん」
「えぇ~! ひどくにゃい?」
「竜に戻れないなんてことはないだろうな?」
「も、戻れるし。ぜんぜん出来るし。余裕だし」
金色の光をまとうと、少女(身長170㎝越え)の姿が再びドラゴンへ。
「ならばよし」
「ギュルワオオオオ!」
「人間語でおK」
しゅるしゅると縮むシルエット。再び大型犬系アイドルルックに変身するドラミ。
ふーん、便利じゃん。
「つーか、どういう仕組みで人間になるわけよ?」
ドラミは腰に手を当ててお尻をフリフリした。短いスカートがふぁさりふぁさり揺れる。
ほっぺたをぷくーっとさせて、コーラルピンクの瞳が私を睨む。
「お兄ちゃんと契約結んだじゃん。そーいうことなんよ」
「説明になっとらんやろがい」
「そういうものなんだから、そうなんです。これでお兄ちゃんのお願いは完了だにぇ?」
「は?」
「可愛い妹さんが欲しいってお願いでしょ?」
「……は?」
二度ほど聞き返したが、ドラミも「あれ? なんか違ったっけ?」みたいな困惑顔である。
一旦整理しよう。
ドラミに告げる。
「いいかドラミ。私が欲しいのは貴様の安定した火加減だ。焼きレンガ造りを手伝って欲しい。だから契約を提案した」
「にぇ? 契約って家族でしょ? じゃあ妹じゃん?」
「貴様年齢は?」
「2200歳だにぇ」
「ババアじゃねぇか!」
「ひっどーい! お兄ちゃんノンデリだよそれ! そんなんじゃねえ、女の子にモテないんだからね!」
こいついったい何なんだ。
「ちょっと待ってろ。五分ほど」
「にぇ?」
私はドラミを置いて転移魔法で地底湖書庫に跳んだ。
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安楽椅子がギイと揺れる。
「君。竜と契約を結ぶことができたというのか。ふむ、やはり君はこの世界の人々が望んだことによって、異界より召喚……いや、今するような話でもないな。ともあれ、その桃竜はその……少々抜けているところがあるようだ。彼女の一方的な勘違いで、契約=家族になるという認識になってしまったのだろう。ああ、君が兄で彼女が妹なのはきっと、倒してしまったからだよ。君、強くて良かったな」
現場からは以上です。
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転移魔法で粘土の採れる崖まで戻る。と、途端にドラミが私にがしっと抱きついてきた。
むう。何とは言わんが全部デカい。柔らかくて良い匂いだ。硬質な鱗など無かったかのように、ぷにぷにと押しつけてくる。
「お兄ちゃんひどいぃ! いなくなんないで! ばか! ばかばか!」
「抱きついて涙目になりながら罵倒するんじゃないよ」
「くんくん。もう匂い覚えたし。急にいなくなんないで! もう! ばか!」
ツインテールドラゴンは私の首筋に鼻先をくっつけると、ハスハスした。
語彙力が低めになってるな。つーかくすぐったい。
なので、ぐいっと引き離す。
仮にもし、こいつがだ。
キャンプに来たら……シャンシャンとサキュルと遭遇したら。
危険。トラブル。間違いなくやらかしそうである。
たとえばログハウス内でうっかりドラゴンに戻ったりとかされては、たまったもんじゃない。
「いいかドラミよ」
「なぁにお兄ちゃん?」
「貴様と私はあくまでビジネスパートナーだ」
「び、びじねす?」
「仕事上の付き合いだ。節度を持ち合うべきだろうに」
「や! いやああああ! ウチはお兄ちゃんの妹なの!」
途端に少女の姿が不安定になった。腕の先が竜の爪を生やし、前腕までビシッと桃色竜鱗に覆われる。
短いスカートの下からぶっとい竜の尻尾が生えた。不機嫌そうに地面を叩く。
そのたびふわりと、プリーツが乱れて――
風が吹く。ドラミの下半身が露出した。つるりとした鼠蹊部が丸出しになる。
彼女は……スカートの下になにも穿いていなかった。
「なんでパンツ穿いてないんだ貴様! 女の子でしょうが!?」
「だ、だってぇ……興奮すると尻尾出ちゃうからぁ! お兄ちゃんがいけないんですぅ! ウチのこと放置してどっか行っちゃったり、妹じゃないとか嘘つくし」
「嘘じゃないだろ」
「契約したんだぁ! ウチは……ウチは契約したのにぃ……うう……ぐすっ」
泣いちゃった。
メソメソドラゴンである。一方的に勘違いで、勝手に妹になったあげく、ヘラりやがって。
…………。
責任は感じていないぞ。別に。
とりま、こいつの力は利用したいし。そう、利用だ。ビジネスだ。
騙すとは人聞きが悪い。
人間関係を円滑にするためだからな。
「あ、あーあ……えーと、お兄ちゃん困っちゃったなぁ。可愛くて火が吹ける妹がレンガを焼くのを手伝ってくれると、お兄ちゃんとっても嬉しいなぁ」
瞬間、半人半竜状態のドラミが、パッと明るい表情になった。
「うん! ちょっと待ってにぇ! 変身どーらごーん!」
再び竜の巨体に戻ると、ドラミは「ギャオグルル」と咆哮しながら、空に向かってちょうど良い感じの火炎ブレスを吐き散らした。
ちょっろ。チョロドラゴン。
「なあドラミ。お兄ちゃんのお願い訊いてくれるのは嬉しいんだが、ドラミはなにかしてほしいことあるか?」
『ホメテホメテ』
なにそれ。うっ……ちょっとPONがコツってるけど、純真すぎて私のなけなしの良心が痛……。
『オ兄チャン好キ大好キ!』
ドラゴンは頭を地面にまで伏せると、猫が飼い主に匂いをつけるみたいに、私の全身に頬ずりした。
馬車に轢かれたような勢いで吹っ飛ばされましたとさ。
加減しろポンドラゴン!




