58.交渉方法と相手はきちんと選ぼうね
紅茶を口にしたシャンシャンが、一瞬でぱたりと机につっぷした。
あっという間に離宮に赤服番兵がなだれ込む。みれば家中の人間総出だ。庭に人の囲いを作って、蟻一匹通さない完全包囲網。
シャンシャンの背後にイケメン番兵長が立ち、昏睡した彼女の身柄を拘束した。
あ、はいはいそういうことね。
カーマインの笑顔の仮面が憤怒に変わる。
「やってくれたなヤメイ」
「そりゃこっちのセリフだ侯爵様よぉ」
「ほほぅ。口調が変わったな。猫を被っていたのはお互い様ということか」
侯爵が顎で指図する。番兵長がシャンシャンの首元に銀の短剣を突きつけた。
私はキレるのを通り越して、呆れる。
「もしシャンシャンに傷一つつけようものなら、この家の連中もろとも全員地獄にたたき落とす」
イケメン番兵長が私を睨む。
「貴様、立場が解っているのか!?」
「黙れ……」
冷たい視線で低い声とともに返す。番兵長はブルリと震えた。手元の短剣の切っ先が細かく揺れる。額に汗がぶありと浮かび、蛇に睨まれた蛙だ。
「グッ……ぐぬぬ」
と、うめく番兵長。
私はカーマインに向き直る。
「今すぐシャンシャンを解放してもらおうか」
「い、一介の錬金術師風情が、わらわに命じるつもりか? たまたま染料を見つけた程度で、あまり粋がるでない」
声、震えてますけどぉ?
今すぐ番兵長しばいてシャンシャン連れて転移魔法でさよならしてもいいんだが……。
「つーか貴様。なんで怒ってんの?」
「ヤメイよ。そちは……わらわにではなく、王都の仕立屋に虹色の糸を卸したな?」
「何か文句でもあるってか?」
「すべて買い取るのに手間と無駄金をかけさせおって。だが、本当に許せぬのは……わらわに売りにこなかったこと。裏切りに他ならぬ」
「別に誰に売ろうがいいだろう。それよか、こっちが帰る度に後をつけさせやがって。信頼できねぇんだよ貴様は」
一瞬、カーマインの鋭い視線が番兵長に向いた。尾行を気づかれた部下を叱責する眼差しだ。
ますます震える赤服。「申し訳ございません」と謝罪の言葉をぼそり。
不満げに侯爵は私の顔を指さした。
「単刀直入に告げる。七色の染料の製法を教えよ。断れば……愛する者の命は無いぞ」
「実は七色の毛が生える羊を育成したんだが?」
「たわけたことを。そんな品種、見たことも聞いたことも無い」
「秘密の放牧場があるんですー。特別な飼料で育てるとああなるんですー」
「黙れ。繊維を分析したところ、糸の中心は白い羊毛のままではないか。染料があるのだろう錬金術師?」
カーマインのやつ、ドレスだけじゃなく顔まで真っ赤でやんの。キレてるキレてる。
「……」
「なぜ黙る?」
「そっちが黙れって言ったからでしょうが!?」
「わらわの気が変わらぬうちに、教えるがよい」
「それ、なんか私にメリットあるんですか?」
「では特許料を支払おう。三億聖貨でどうだ? 貧乏錬金術師には過ぎた額だろう。ただし、製法を当家に教えたら、二度とそちらは染料を作ってはならぬ。他者に秘密を漏らせば、命をもってあがなってもらうぞ」
「本気で言ってんの?」
「七大貴族を無礼めるでない」
カーマイン侯爵がパチンと指を鳴らす。赤服番兵たちが一斉に抜剣した。
「なあ侯爵。館の方には誰も残っていないのか?」
「そちらは突然ふっと『消える』と報告にあがっている。家人全員で囲めば逃げられまい」
転移魔法知らないんだ。ぷーくすくすクソ雑魚クソ雑魚。それに、ふぅん。
今、本館の方は無人なのね。
通路に彫像。壁には絵画。花瓶は絢爛な陶磁器。無数のシャンデリア。
住める美術館みたいなカーマイン邸が――
無 人 な の ね♥
私は背筋を整え、侯爵に向き直る。
女のルージュで飾った口角が上がる。
「ほぅ。やっと話を訊く気になったか。錬金術師とて……いや、錬金術師であればこそ、金の価値をわかっているようだ」
黙りぇ買収成金クソ女。
「はぁ? どーせ教えたら教えたで、秘密の漏洩を恐れてそのうち私とシャンシャンを殺すつもりなんでしょ?」
「なぬ……そのようなことはせぬ」
図星って顔に描いてあった。わかりやすくて草も生えん。
たかが三億。私の首にかかった賞金みたいなもんじゃないか。はした金だ。
カーマインが円卓に身を乗り出す。
「して、返答は?」
「そこまで言うなら教えてやりますよぉ。ただし、特許料はいらん」
「ほ、ほほう。殊勝な心がけだな」
私は鼻から息を吸い込むと、腹に溜めてから一気に大声で返した。
赤服どころか、庭にいる家人にも届く声で。
「今から虹色の染料の製法について、みんなと共有したいと思いまーす! 知りたい人はちゃんとメモをとるように!」
「――ッ!?」
カーマインの顔が青ざめた。さて、どうしてくれようか。




