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53.独占契約? は?

 お昼前――

 ぽかぽか陽気に誘われて、ルネサヌスのカーマイン侯爵邸前に再び登場。

 錬金術師ヤメイさんと嫁のシャンシャンである。


 初訪問時の塩対応が嘘のように、賓客扱いだ。

 警備の赤服衛兵たちがずらりと並び、屋敷に続く庭園の道でお出迎え。

 メイドも執事も揃って頭を下げた。


 思わず声が漏れる。


「はぁん。まるで王族扱いですなぁ」


 シャンシャンもお尻をむずむずさせて落ち着かない。


「歓迎されすぎじゃないかしらメイヤさん」

「これシャンシャン。旦那様の名前を忘れちゃいましたか?」

「ヤメイさん。本当に大丈夫かしら」

「万が一の時には館ごと極大破壊魔法でぶっ飛ばして、転移魔法ですたこらさっさよ。だから、私のそばから離れるんじゃないぞ」


 肩を抱き寄せる。と、元聖女は抵抗もせずぴったりひっついた。

 おもしろ家族というよりも、仲良し夫婦である。


 家人総出の歓待ムードも相まって、まるで祝福されているみたいだな。


 待たされることなく、むしろ先方が待ちかねたといわんばかりのスピード感で私たちは謁見の間に通された。



 きらびやかな調度品が並ぶ部屋。

 一段高いところにある領主の椅子には妖艶な女主人の姿がある。

 と、私を見るやカーマイン侯爵が腰をあげて、わざわざ降壇し近づいた。


 手をとり両手で包むようにして、赤いバラのような美女は言う。


「よくぞおいでになった。待ちわびたぞヤメイ殿」

「侯爵様。恐縮です」

「して、あるのだろう? 例の糸は?」


 このがっつきっぷりはよっぽどだ。


「はい。本日は商談に参上いたしました」


 袋から毛糸玉を一つ取り出すと、あっという間にカーマイン候にかっさらわれた。


「おお! これならわざわざ毛糸玉に戻す必要もないな」


 シャンシャンが少しムッとなる。


「戻すって……もしかして、あたしの編んだマフラーを……」


 侯爵は虹色の毛糸玉を猫のように撫でながら頷く。


「うむ。ずいぶんと不格好だったのでな。当家お抱えの職人にショールとして編み直させた。それはもう美しい仕上がりとなったぞ。そちも一流の素材には一流の技術とは思わぬか?」

「うっ……うう」

「いかに美しい糸であっても、アレほど不格好な編み方をされていては可愛そうというもの。晩餐会に相応しい装いに仕立て直したのだ」

「あうぅ」


 シャンシャンステイ。侯爵は満足げに笑う。

 うちの嫁(娘)の手作り品は、リメイクされたようだ。


 あんまり元聖女を煽らない方がいい。暴れると手がつけられないからな。


 というわけで、二人の間に割って入る。仲良し百合に挟まれるわけではないので、問題なし。


「侯爵様。気に入っていただけて幸いです」

「聖王都でのあの夜は、素晴らしいものであった。諸侯たちの視線は釘付け。招待された淑女たちから賞賛と憧れを一身に受けて、天にも昇る気持ちだったぞ」

「それはそれは。私も嬉しい限りです。ところで、そのショールは?」

「聖王様に召し上げられたのだ。わらわは悔しい。あの美しさをまとえぬことに、はらわたが煮えくりかえる想いであった」


 なるほど。大貴族といえど聖王家の家臣には違いないってか。

 しかしまあ、部下の持ち物を取り上げるなんて、聖王ってのも欲深い。


 カーマイン候が熱い眼差しで私に顔を近づけた。


「すべて買い上げよう。毛糸玉一つ百万聖貨でどうか? あのショールよりも大きなものを作りたい」


 シャンシャンがぽかんと口を開いた。


「一つ……百万ですって?」


 金額に驚いてはいるが、貴様は先日、魔都のカジノでうん十億を稼いだ前科があるだろうに。


 さて、三十万聖貨が売り上げ目標だったんだが、どうしたもんかね。

 まさかまさか、ここまで値段が釣り上がるとは……十万でもボッたつもりでいたのに、おお怖い怖い。


 金は必要だ。

 今や家族は三人。時々、ただ飯を食らいにアヒルまでやってくる。


 カーマインが迫る。


「あるだけ買おうではないか? 研究費は必要だろう錬金術師殿?」

「では、お譲りいたします。毛糸玉を10個。締めて一千万となりますが、よろしいですか?」

「おおおお! 10個もあればケープにもなるだろう。すぐに聖金貨にて用意させよう」


 ロマンスグレーな執事長がそっと一礼した。


 カーマインに袋ごともっていかれる。


 品物を手にして侯爵は言う。


「ただし、ヤメイ殿。お願いがある」

「なんでしょうか侯爵様」

「この毛糸は、当家がすべて買い上げる。断じて他の者に売るでないぞ」

「はぁ」


 気のない返事がぽっと出た。


「この糸で織られた作品は、聖王家と当家にしか存在しないのだ。それでこそ価値が出る。わかるであろう?」

「もし断ったら?」

「あまり欲はかかぬ方が良いぞ。それが身のため。互いのためだ」


 ちょっとイラッとしたのだが――


 一度、嫁(架空)の方に向き直ると、瞳が金貨みたいにピカピカしていた。

 断ると、嫁が鬼と化しそうだ。


「旦那様に一生ついて行くわ! 金! 金! 金よ!」

「落ち着きなさいシャンシャン。はしたない」


 元聖女は自分の作品を分解されたことも忘れていた。


 カーマインも「堕ちたな」と、満足げ。交渉成立としておくか。

 

 ああ、金の力とは恐ろしいものだ。

 手段を選ばなければ稼ぐ方法はいくつか思いつくんだが、私としても創造的な行為でまっとうに得たしのぎである。


 しめて一千万聖貨。


 しばらく働かなくても良さそうだな。



 一枚十万聖貨のゴールデンコイン。これが百枚とずっしりした袋。持ってきた毛糸玉と比べると、ずいぶん重たくなったもんだ。


 例に漏れず、カーマインの館を出ると赤服のストーカーたちが追ってきた。


 欲深い侯爵は、きっと西方辺境にも錬金術師ヤメイの幻影を探しているんだろう。


 実在しないのにね。ご苦労なこったね!


 水路のゴンドラを乗り継いで、町を出ると農具置き場の小屋に姿を隠し、転移魔法でキャンプ地へ戻った。



 ログハウスのウッドデッキに腰掛けた淫魔が、アヒルと並んで糸を紡いでいた。


 と、戻った私たちに気づく。


「おっかえり~! どうだった二人とも?」


 シャンシャンが「ただいまサキュルさん。えっとね……」と、ほくほく顔で報告しようとする。


 が、そこまでだ。


「百万聖貨になったぞ」

「わーすっごーい! あのねあのね、一杯糸紡いだじゃん? お、お小遣いください! おなしゃす!」

「いいだろう。特別に十万だ」


 袋から金貨を一枚指で弾いて飛ばすと、サキュルは「わんわん!」とジャンプし口でキャッチした。


「ハァハァ! いいの? こんなに!?」

「構わんぞ」


 シャンシャンがジトッとした視線を送ってくる。


 けどな、もし一千万になったなんていえば、快楽至上主義者の淫魔が荒い金遣いになっちまうだろうに。


 多すぎる富は隠しておきましょうね。ちょうど、金庫代わりになりそうな書庫もあるし。


 コアなら金の使い道もないから、宝の番人にはうってつけだろう。


 さてさて、次はどうするかな。

 このままカーマイン家と取り引きしつづけてもいいんだが……。


 追っ手を差し向けてくるんで、ちょっとイラッと来てるんだよなぁ。

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