52.妖怪だこちて
ルネサヌスから戻った翌日の事――
せっかく出来たログハウスについて思うことがある。
基本的に寝床にしか使っていないのだ。
一応、リビングダイニングにローテーブルを自作して設置したが、クッションやらソファーやらが致命的に足りてない。
で、そんな部屋を最大限活用しているのがサキュルだった。
テーブルの上に仰向けで寝転んで、大きな胸を四方八方に揺らす淫魔。駄々っ子よろしく手足をじたばたさせた。
「やだやだやだやだもう糸巻きするの飽きたー! 今度はサキュルを連れてってよぉ!」
じたばたじたばたたぷんたぷんぷるんぷるん。
躍動する四肢。可愛く握り込んだグー。チラ見せどころか丸出しなおへそ。
尻尾もぶんぶん。
「黙れ貴様。キリキリ働け。目標をセンターにいれてツイスト。目標をセンターにいれてツイスト。やれ。やるんだサキュル」
「つまんなーい! ふえーん! どうして! どうして聖王国に行けないの? サキュルが淫魔だから?」
「そうだ」
「エッチすぎるから?」
「そうだ」
「かわいいから?」
「……そうだ」
「今、間があった! かわいいの時だけ即答しなかったあああああ! うわあああんもう終わりだぁ……死ぬんだぁ……サキュバスは愛されないと死んじゃうんだぁ」
「迷信乙」
「じゃあ……だこちて」
「は?」
駄々っ子じたばたを止めたかと思えば、サキュルは私に向かって両腕を万歳させた。
「だこちて。だっこだっこぉ!」
「血迷ったか貴様」
「サキュルのこと抱き枕だと思ってぎゅーってしてくれたらね、糸巻きがんばれるから。いいこいいこって、なでなでしてくれたらサキュル、いっぱいおっぱい元気百倍だから」
不思議とあんパンが食べたくなった。愛も勇気も他意もない。
「我慢しろ」
「や! やーやー! や!」
「小さくてかわいい感じになるんじゃない」
「ねえいいでしょ? 二時間! 二時間でいいからだこちて」
「長っ。どんだけだよ」
「じゃあ二分!」
「譲歩の振り幅が極端すぎる」
やり手の商人でももう少し踏むだろう、段階。
「サキュル良い子にするからぁ」
「…………」
涙目で懇願された。
たった一日、シャンシャンとキャンプを留守にしただけでコレか。
「ちゅっちゅは我慢しますからぁ。愛をください! おなしゃす!」
「わかった」
「やったー! うれしー! メイヤだーいすき♥」
「とりあえず立て」
と、手を貸そうと伸ばした途端――
バクッと捕食される勢いで引っ張り込まれた。机の上で私がサキュルを押し倒したようになる。
しかも――
「わー! メイヤ積極的ぃ! ぱふぱふだぁ」
「もごぐごご!」
胸の谷間に顔面が埋まった。それはもう綺麗に。ピタゴラなスイッチのように。
ラッキースケベを強制してくる。これが淫魔のやり方か!?
「はいじゃあ二分ね。サキュルがだこちてあげるからね」
「もごぐが」
これでは立場が逆だ。にしても……桃の花とミルクに蜂蜜を混ぜたような甘ったるい匂いで、嗅覚がぶち壊されそうである。
乳に埋まった頭をなでなでしながら、淫魔の下半身はオオクワガタよろしく俺の腰を挟み込んだ。
腰をくねらせて押しつけてくるんじゃない。あれのあれなあれをさ! 危険すぎぞこの淫魔。
「抱っこ気持ちいいねメイヤ♪ なんだかもっとくっつきたくなっちゃう」
二分だ。二分の我慢。サキュルも色々と溜まっているんだろう。フラストレーションやらなんやらかんやら。
「ねえメイヤ……し、しちゃう? このまま……」
前言撤回。メーデーメーデー。今すぐ脱出しなければ。
しかしなんというか――
普段は腕力雑魚いのに、エロパワーが爆発した淫魔の拘束力は……相当なものだ。
がっちりホールドされた足から外していかなければならん。
私は両腕でサキュルの膝をそれぞれ持って、がばっと左右に開いた。
「きゃー! ご開帳なんてぇ恥ずかしいよぉ」
「ぶぶがががばばばれ(うるさいだまれ)」
彼女の股を裂くように。鼠蹊部の付け根まで開脚させたところで――
「メイヤさんどこかしら? って……」
部屋の外から扉が開いた。と、同時にサキュルが私の頭を解放する。
「ぷはっ……乳そ……窒息するところだったぞ貴様」
顔をあげて振り返ると、耳まで真っ赤な元聖女が淫魔と私の顔を交互に確認。
サキュルが悲鳴を上げた。
「ご、誤解だよシャロン! サキュルがメイヤさんにお願いしてストレッチしてもらってただけだから!」
合わせるしかないか。口裏。
「股関節の柔軟だぞシャンシャン」
金髪がふわりと広がった。興奮してぶわっと毛が立った猫みたいだ。
「じゃ、じゃ、じゃあなんで胸に顔を埋めてたのよ!? 柔軟体操なのにおかしいわよメイヤさん!!」
どうやらサッキーよりも私をギルティ認定したらしい。
「つまりはええと……事故だ。力の要れ加減を間違えて前のめりになってしまったんだ」
「そうだよシャロン。で、サキュルのおっぱいクッションのおかげでメイヤは頭を打ち付けずに無事だった……って、わ・け」
「そんなのあるわけないでしょ! もぅ……メイヤさんの……ばか」
小声で呟くと、シャンシャンは背後から私に抱きつき抱きしめ押し倒した。
いかんいかんいかん。
目の前に迫る巨大な二つの果実。その谷間に顔面からダイブ。
後ろから金髪美少女にひっつかれ、前にはセクシー淫魔である。
前門の虎後門の狼どころの騒ぎではない。
この状態は――
「ぐえええええええええええああああああああああああああああばばばばばっばばあばばばあ!」
私の口から抑えきれない断末魔が響いた。
百合サンドイッチである。禁忌を犯した罪悪感に苛まれた私は、自ら意識の糸を断ち切り気絶の道を選ぶのだった。
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ルネサヌスでカーマイン侯爵に会ってから一週間が経過した。
どうやら聖都だけじゃなく、魔都にまで七色の糸を求める者が現れたらしい。
魔族を牛耳る組織連中は耳が早いこって。敵国で今から流行しそうなものがあるなら、先に独占なりなんなりして値をつり上げようってか。
ま、下手な模造品じゃ一円の価値もないんだけどな。
虹色の糸玉の特徴は、光を反射して様々な色を発するところにある。染色したあとに光沢を得るという、常識の外からやってきた素材なわけよ。
代替品は見つからず、模造品すら作れない。
てなわけで――
虹色の糸玉を10個ほどサックにつめて、第二回ルネサヌス遠征である。
つり上がった価値がどの程度か解らんちんだが、一つ十万聖貨くらいで高く売りつけてやろう。
羊毛の毛糸玉としちゃ超高額だけど、侯爵様なら余裕っしょ。




