47.創造的な破壊行為
さんさんと降り注ぐ太陽の光。
砂漠を駆け抜ける乾いた熱風。
もう、とっとと帰りたい。帰って気化冷凍魔法で氷作って、アイスコーヒー飲みたい。
小山のような巨体の前で私は短杖に魔法力を注入した。
極大破壊魔法である。青白い刀身は牛刀やマグロ解体ショーで使う長ドスのようだ。
七色の甲殻にサクッと差し込む。地を蹴り巨体を駆け上がってぐるり半周。
デザートストームレインボーデスワームの身体の一部を、綺麗に輪切りにした。
全部持ち帰るのは迷惑すぎるし、何よりこいつ……くっせぇのら。
なんかね、体液の匂いがアレよ。ドブ。あと牛乳雑巾一ヶ月発酵させたやつ。生ゴミ。
必要なのはムカデの背側についたキラキラ甲殻だけなんで、ケーキを切り分けるように半分にする。
内側に残る肉の部分は、アーチを描いて切り落とした。
食べたメロンやスイカの皮よろしく、三日月型の甲殻だけにした。
皮に価値があるってのも不思議なものだ。
デスワームの残りの部分はこのまま放置しておこう。
位置座標も記憶したし、いつでも戻ってこられる。
放置放置。こんなくっせぇのキャンプに持ち込みたくないですからね。
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キャンプには戻らなかった。
ナナシ川の下流。三百メートルほどの河川敷に転移魔法で到着。
染色についてだが、ともかく悪臭がすごいって話だ。
王族だか貴族だかが、自分の宮殿に臭いが届くのを嫌って、近くに染色職人を住まわせないようにした……っつーくらいヤバイんだとか。
てなわけで、露天風呂を作る感じで川辺に浴槽サイズの穴を掘る。
有史以来、極大破壊魔法をこれだけクリエイティブに活用した大魔導師がいただろうか? いや、いない!
創造的破壊心メイヤ・オウサーは今日も元気です。
掘った穴に川の水を引き入れる。
浴槽を満たしたら、河原の石を積んで流入を止める。
浄化魔法で綺麗にして……っと。
短杖を水面に突っ込むと、私は分子振動魔法で水を沸騰させた。
お湯が沸いたら細切れにした虹色甲殻をぶち込んで、もう一度沸騰させる。
みるまに甲殻の成分が溶け出して、オーロラ色のお湯が出来上がった。
陽の当たり方で色味が変わる。
にしても……くっせぇのらぁ。
鼻が曲がりそうである。美しい染色された糸や布が、悪臭から生まれるなんて皮肉なものよ。
破壊から創造する私でさえ思っちゃったね。
ま、シャンシャンやサッキーには、出来上がった綺麗なものだけを見せてやろう。
なんて大人で紳士なんだろう。私って。
「っと、あとはしばらく待って色素を抽出して、落ち着いたところで羊毛をぶち込んで……染めたら水洗いして干す……っと。すのこと羊毛持ってきますか」
煮出しといっても、ずっとぐつぐつさせておく必要もない。
染液が落ち着くまでキャンプでコーヒーの一杯でも飲んで、それから羊毛やらなんやらを戻ってこよう。
休憩するから良い仕事ができるのである。
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一時間ほど、コーヒー片手にローチェアーでゆっくりした。
リフレッシュできたので、蔓縄の籠いっぱいに詰め込んだ羊毛と、すのこの束を持って転移魔法。
ナナシ川下流三百メートルほどの場所にある、簡易染色場に戻ってくると――
ショートボブの少女の尻が染液バスタブにぷかーと浮かんでいた。
まるで死んだ魚のように動かない。淫魔の尻尾はクタッとしたままだ。
「おい貴様なにして……ああもう!」
全裸で虹色染液に浸かるなんて、何考えてるんだコイツは。
引っ張り上げてビンタする。
「しっかりしろぉ!」
「……ン……あ……人工呼吸……プリーズ」
口をタコみたいにするサキュル。私は両頬を片手でむぎゅっとつまんだ。
「意識があるようで何より。貴様、こんなところでなにしてる?」
サキュルはがばっと身を起こした。
全裸である。
が、全身についた虹色染料が空気に触れて反応し、少女の裸体をボディーペインティングよろしく、七色に輝かせた。
うお眩しい。おかげでなんかその、映しちゃいけないところとかも、光の反射でよくわからんことになっている。
胸を張り、サキュルは私をビシッと指さした。
「ずるいよメイヤ! 一人だけ……一人だけこっそり入浴剤入りのお風呂に入ろうとするなんて!」
「ははぁんさては貴様……バカだな」
「バカってなんだよ! ちょうど良い湯加減じゃんか! それになんか臭いもきっついし」
「普通、きっつい臭いのする液体にダイブしますかね?」
「温泉って臭いんでしょ? その再現なんでしょ?」
「全国の温泉に謝れ」
「じゃ、じゃあなんなの? ほら、サキュルの身体見てよ? まるで虹みたいに輝いて……温泉の効能ってすごいね!」
「貴様の前向きさ、嫌いじゃない。が、まずは川に入って染料落として服を着ろ」
「はーい」
仕方ない。
これが染料だということを説明しよう。
――5分後。
皮膚に浸透する前だったからか、水洗いでなんとか元の姿に戻ったサキュルが普段の淫魔ブラパン姿で、私に迫る。
「じゃあメイヤは羊毛を染めたかったんだね」
「そういうことだ」
「けどこの染料ってさ、すごいよね。虹色にしちゃうなんて」
試しに洗浄済みメリノ羊の毛を浸してみると、美しい光沢を放つ七色羊毛に生まれ変わった。現在、水洗いしてすのこの上で干している。
サキュルは染料の満たされた風呂桶を指さした。
「こんなに綺麗な色なんだから、きっと美しいお花とかから抽出したんだよね?」
「…………そうだ!」
「わぁ! やっぱりぃ!」
堂々と嘘をつきました。虫の死骸の甲殻汁なんて知ったら、サキュルにトラウマになりそうだし。
てなわけで、午後は淫魔に手伝わせて残りのウールを染めて乾かしていきましたとさ。
虹色綿菓子みたいなふわふわが出来上がったら、お次はスピンドルで双糸にし、よりを落ち着かせて毛糸玉に。
完成……レインボーウール。見た目は鮮やか。たぶん、こんな玉虫色の糸はそうそう市場に出回ってない。
ひとまず聖王国の中でも芸術の町――ルネサヌスあたりに持ち込んでみるかな。




