42.夜の平原を徘徊するナイト♥ストーカー(サキュル視点)
夜の風に殺意の匂いが混ざってた。
テントの中にいてもすぐわかるんだ。
むっくり起きる。パジャマ代わりのシャツとズボンを脱いでブラとパンツに着替える。
シャロンはすやすや。ゆっくり寝ててね。
外に出る。新月だ。暗い夜だった。けど、遠くまで見通せる。
サキュルって嘘つきなんだ。淫魔は夜行性だし、多少はね。
薪置き場の屋根の下。メイヤが寝袋にくるまってる。
近づいて寝息チェック。ぐっすりみたい。良かった。あんまり心配させたくないし。
殺意は確実にキャンプに近づいてる。
「行ってきます。メイヤ」
前髪を撫でるようにしておでこにチュ。ふふん。実はたまーに、こうしてチュッチュしてるんだ。シャロンには内緒だよ。
好きな人に触れると力が湧く。
勇気が出るから。
淫魔ってそういうものみたい。普段は弱いサキュルだけど、シャロンもメイヤも大好きだから。
守護るんだ。
魔力で夜のとばりに身を隠す。
音も匂いも気配も――
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キャンプからナナシ川の浅瀬を通って向こう岸へ。さらに歩いて十分ほど。
平野でエンカウント。
黒い影。全身ピチピチ暗殺者装束。シルエット的に男っぽい。単独行動ってことは腕利きだ。
メイヤに掛かった賞金目当てか、魔皇帝から直接命じられたか。
夜のとばりを解除して、背後から男に声を掛ける。
「なにしてるの?」
「…………」
驚かずに男は振り返りながらナイフを抜いて、同時に一閃。
顎を引いてかわす。
「うわぁ……最初からガチ勢じゃん」
「なんだ……雑魚淫魔か」
「あ! 喋った!?」
やっぱサキュルって無礼められてるっぽい。淫魔とわかった途端に、ホッとしたりお喋りになったりさ。
ま、その方が都合いいんだけど。
「同じ魔族のよしみだ。邪魔をしなければ見逃してやろう」
フルフェイスマスク越しのくぐもった声。年齢まではわかんないけど、オッサンって呼ばれると怒るくらいのお兄さんかな?
「もしかして刺客の人なの?」
「だったらなんだ?」
「んもー。質問で質問に返さないの。どこ住み? 誰からの依頼?」
「守秘義務だ」
「目的は?」
「偵察」
「ん~ダウト。殺意マシマシのフェロモン出ちゃってるよ」
サキュルの鼻は敏感なんだよね。時々、強い感情が鼻につく時がある。
いろんな匂いが混ざる町の中だと特定できないけど、平原にポツンとこんな匂いが現れたら、深夜零時を回っても気づいちゃうんだから。
明日もログハウス作りで朝早いんだし、ほんと迷惑。
マスク暗殺者はナイフを逆手に持ち直した。
「面倒事はごめんだ」
銀の刃がサキュルの胸を狙う。普段じゃきっとザックリされてチーンだね。
男の攻撃をかいくぐり、タックルで押し倒すと馬乗りになる。
騎乗位ポジション。暗殺者もびっくりしたみたい。
だって、サキュルって弱いじゃん? こんな身のこなしできるわけないってね。
まだまだ修行が足りてないよ。想定外にも冷静に対応するのが一流ってもんだし。
「……ッ!?」
暗殺者がナイフを振るおうとする。けど、肘の辺りを上から手で押さえつける。
「なっ……なん……だと」
うはーびっくりしてるぅ! ま、パワーが段違いってね。
サキュルって嘘つきなんだ。弱い振りをしてるつもりとかないんだけどね。
さっきメイヤから好き好きラブパワーをもらったし。
淫魔は惚れた人に触れるとパワーアップしちゃうんだよ。恋する女の子は強いんだよ。
褒めてもらえると嬉しくてテンション上がるし――
大好きな人を傷つけようとする相手には、無双だってしちゃうんだから。
おっぱいで覆い被さるようにして、暗殺者の視界を潰す。
フェロモンたっぷり召し上がれ。
「……ぐぬ……ぷは!」
溺れちゃえ溺れちゃえ。
「ねえ誰の差し金なの? サキュルにだけこっそり教えて?」
「魔……皇帝様……だ」
「あ~はいはい。やっぱそだよね~」
下手な賞金狙いの荒くれさんたちじゃ、らちが明かないってあっちも理解したみたい。
諦めてくれたらよかったのに。
「……ッ!!」
と、急に身体がぶわっと一回転した。完全にマウントポジションだったのに、巴投げみたいな感じで投げ飛ばされた?
暗殺者と同時に立ち上がる。向こうは相変わらずナイフ片手に身構えてるけど、サキュルの匂いで頭がちょっとクラクラしてるみたい。
「ハァ……ハァ……淫魔ごときが……」
「サキュルに手間取ってるようじゃメイヤは倒せないと思うけど?」
「う、うるさい黙れ!」
「ねえ、諦めてくれないの?」
「この任務を完遂すれば、俺も晴れて爵位持ちだ」
ふーん。日陰者の暗殺家業って感じかな。
「ねえ、どんな理由があって貴族なんかになりたいのかまでは、知りたくもないけどさ……サキュルの大事な人を殺そうとしたんだよ」
「殺そうとした……じゃない。これから殺すんだ」
サキュルは背中側で尻尾をくにゃりゆらゆらさせる。毒蛇が鎌首をもたげるように。
「昔の人は言いました。討っていいのは討たれる覚悟があるやつだけ……ってね」
時々、メイヤから覚悟の匂いがする。きっと、メイヤだって真っ白じゃない。
だから刺客が来るんだと思う。けど――
仕掛けて来たのはそっちだから。
「邪魔だ……死ね」
暗殺者は覚悟の匂いを振りまいて距離を詰める。まるで瞬間移動したみたい。ナイフを振るう。ちょっぴりほっぺを掠めた。
女の子の顔になんてことしてくれるんだよ! んもー! ま、夜の淫魔の再生能力はすごいから、かすり傷なんて一晩で消えちゃうけどね。
そう、処女膜だって。
やん♪ メイヤはママだけど、毎晩初めてを奪って欲しいって妄想しちゃった。
恥ずかしくて身をよじるたびに、銀の凶刃が勝手に空を斬る。
「避けてばかりか雑魚淫魔!」
「え? もうサキュルの攻撃は終わってるけど」
尻尾が男のぴっちりスーツを切り裂いて、大腿部に当たっていた。
「かすり傷だ……な?」
「毒だよ」
「な……なにぃ」
「暗殺者ならナイフに毒くらい仕込めばいいのに。ま、サキュルって毒耐性高いからアレだけど」
淫魔の尻尾には毒がある。サキュルのはちょっと特別なんだ。血筋の関係でね。
だから大娼館がメイヤへの刺客としてサキュルを送り込んでたら、ワンチャン歴史が変わってたかもしれない。
ポンコツ淫魔の贈り物でよかったって思う。
暗殺者は傷口から毒を出そうとするけど、傷は見る間に塞がった。
「な、なんだ!? どうして傷口が消えるッ!?」
「じゃ、そろそろかな」
スッと暗殺者を指さしてサキュルは命じた。
「二度と中央平原に立ち入らないで」
サキュルが尻尾から流し込んだ魔力毒素が暗殺者の中で花開いた。
男は手からナイフを落とすと――
「はい。わかりました」
そのままふらふらとした足取りで、平野の東に消えていった。
サキュルの尻尾の毒はサソリより怖い。
相手に命令できちゃうんだ。
そういう家系なんだよね。
もちろん、メイヤにもシャロンにも絶対に使いたくないし、使う理由もないんだけど。
二人と一緒にいたいから。
今のままで。
本当は、メイヤがもうちょっとオスを出してくれると嬉しいけど、ママのメイヤも大好きだし。
「ふあぁ~あ! ねっむ! かーえろっと」
今夜はもう不穏な匂いはしないし、二度寝しよっと。
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翌朝――
テントの入り口からメイヤがのぞき込んできた。
「おい貴様! とっとと起きろ」
「ふえぇ……あと一時間寝かせてぇ」
「あとで許されるのは五分までだ。着替えて顔を洗ってこい。朝飯はホットサンドだぞ」
「やったぁ!」
「……最近、寝坊しすぎなようだが……夜中になにやらいかがわしいことなどしていないだろうな?」
「してないよぉ。夜にできることなんてアレくらいじゃん。あ! メイヤ襲ってくれるの?」
「わくわくしてんじゃねええええッ」
サキュルは嘘つきなんだ。けど、本当の気持ちもあるんだよ。
嘘を上手くつくコツは、時々真実を混ぜること。
はぁ~朝ご飯楽しみぃ! 本当は昼間にラブラブパワー使えたら、もっと建築とか力仕事で役に立てそうなんだけど。
こんどコアに相談してみよっかな。




