36.木工職人への第一歩
晴天に風が吹き抜け、背の低い草花を優しく揺らす。
風が止んでも地面は鳴動し、植物たちがまるで怯えているようだ。
キャンプ地の外れに丸太を並べ、今日も八つ裂く音が鳴り響く。
キュイイイイイイイイチュイイイイイイガッガッガッガ!
タオルで額の汗を拭う、黒ゴスリボンの金髪元聖女。
シャンシャンは丸太から板材を切り出せるようになっていた。
もはや職人技だ。
一息ついて、ぼんやり眺める私に手を振る。
「ねえメイヤさん! 最近、わたしね……声が聞こえるようになったの」
「突然なんだやぶからぼうに。心霊現象ですか?」
「違うわよ。木の声ね。どう切って欲しいのかって。木だけに……ぷぷ……うふふ♪ んふー! あはははは! あっはっはっはっは!」
「笑いのツボ浅っ」
ジト目で返すが少女はへこたれない。
「ほ、本当なんだから! 綺麗に板にできてるでしょ? 木の声のおかげね」
「たぶん悲鳴だけどな。このチェーンソーウーマンめ」
「それって褒め言葉よね?」
「板と友達」
「ライン越えたわね? 今、易々とライン越えてきたわよね?」
「危ないから八つ裂くタイプの光輪をこっちに向けるんじゃないよ!」
プンプンと怒りながら元聖女は四メートル直系30㎝の丸太との対話を再開する。
一方的に唸る丸鋸。樹木は悲鳴を上げて次々と板状に加工されていった。
フリーハンドで丸太から製材を切り出す。再就職先、決まったな。
ログハウスの場合、壁や柱は丸太を使うんだが、トラス(なんか屋根と屋根の間の△っぽいあれ)や床なんかには板材を使う。
てなわけで、シャンシャンが丸太を綺麗にカットする才能を開花させたんだが……。
小さな林が一つ、中央平原から消えてしまったことをお伝えします。現場から特派員のメイヤ・オウサーでした。
元聖女が対話に失敗した木片は、乾燥させて薪になる予定だ。雨に濡らさないように屋根付きの薪置き場なんかもあるといいかもしれん。
「そろそろ……やる……か」
建材は十分。基本的な大工道具もダンキホーテで揃えてある。
いきなりログハウス着工もアレなので、端材を使って何か作ってみよう。
幸い、設計図に困ることもないしな。
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たき火台を囲むように太めの丸太を設置した。
上下を平らに削ってロングベンチだ。
丸太を輪切りにしてスツールも設置する。木工とはおよそ言いがたいが、最初はこんなもんだろう。
と、森の方からキノコをバスケットいっぱいにした山の幸ハンター淫魔が戻ってきた。
「なにしてんのメイヤ? これ、粗大ゴミ?」
「どこをどう見てもベンチとスツールでしょうが!」
「背もたれは?」
「贅沢言うんじゃないよ」
「メイヤってさぁ……もしかして作るの苦手?」
「これから上手くなればいいんだよ」
と、サキュルは周囲をぐるっと確認してから私の側面にくっついてきた。
二の腕が谷間に埋まる。
この感触……嫌いじゃない。
「ねえねえメイヤ! シャロンと挟むと怒るんだよね」
「当たり前だ。百合の間に男が挟まるのは悪い文化だからな」
「じゃじゃじゃじゃじゃあさ! 書庫のコアとシャロンとサキュルの三人で囲んだらセーフ?」
「どういうことだ?」
「挟むじゃなくて囲むになるし、むしろほら! 男の子の夢! ハーレムだし! もっとこのキャンプに女の子が増えたら、サキュルもメスを学べてメイヤもハーレムでいいかなって」
「面倒見切れんくなるんだが」
「家族増やそうよぉ」
「誤解を招く言い方やめろ」
サキュルはほっぺたを膨らませて私から離れる。
「普通にそういう意味なんだけどなぁ」
「…………」
「わ、わかってるって。そういうのはあの……アレだよね。シャロンもいるし気まずいし。けど、サキュルね。メイヤのことちゃんと好きだから。いつでも心の準備はできてるから」
ええい。いきなりメスを出すな。
対応に困るだろ。
言ったサキュバスも耳まで顔が真っ赤だ。
「じゃ、木工がんばってね~! ふ~なんか暑いし川辺で涼みがてら釣りしてくるから」
キノコをタープ(ほらキャンプでよく見る柱と屋根の布しかないやつ。もちろんダンキで買った)の中において、淫魔は釣り具セットとバケツを手にすると、尻尾とお尻をフリフリしながらナナシ川に降りていった。
本心がわからない。一瞬だけ清楚に見えてしまった。
しかしまぁ、それはそれとして――
キノコバスケットが地面にベタ置きだ。タープの下に棚があってもいいかもしれん。
あとは洗濯物を干す物干し台とかも。野ざらしになるから塗装せんとな。
塗料はさすがに買ってくるか。
三人で囲めるテーブルもあるといい。なんだかんだで外で食う飯は美味いし。
クソッ! 楽しい! ソロ最強って思ってたけど、生活水準上げてくの普通にクッソ楽しいんだが。
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厚さ四センチほどの製材で二等辺三角形を組んで、鋭角の頂点部分に板を橋よろしく掛ける。
屋根で言うなら一番上の部分に通る棟木みたいなもんだ。
掛け布団が干せるくらいの物干し台が出来上がった。
で、気をよくした私は次に、一軒家を建てることにした。
といっても、ミニチュアサイズ。いきなり家を建てる前に、まずは小さな模型を作るのである。
転移魔法でコアの元へ。
林立する本棚の中心に、ぽっかり空いたスペースがある。そこが彼女の定位置だ。
今日も今日とて安楽椅子にかけたまま、静かにページをめくる幼女。その眼前に突然現れてみると――
「うわでた」
「今、なんて?」
「君、いきなり目の前に立つやつがあるか」
「背後よりはいいだろう」
「近いのだよ。わたしに感情がなくて本当に良かったな。心の弱い者であれば、驚きのあまり心停止していてもおかしくない。君は罪を犯すところだった」
さっそく文句と講釈しか垂れないロリっ子である。
「良いから黙って犬小屋の作り方を教えろ」
「態度がでかいな君は」
と、口を尖らせながらも、本棚の壁が動き出す。製図台に持ち込んでおいた筆記具と方眼紙もセットアップ済みだ。
準備万端用意周到。もしかして私のこと、好きなんじゃないか?
「早く済ませ給え」
「ありがとうな」
「礼には及ばぬよ。君」
資料本を参照。大型犬でもゆったりできるくらいの、デラックスでゴージャスな犬小屋の設計図を描き起こす。
手を動かしている間、何度かコアと言葉を交わした。
他愛もない内容だ。
今朝、何を食べたとか、犬を飼うなら犬種がどうとか、猫派か犬派かアヒル派かとか。
作業を終えると。
「なんだ君。もう帰るのか」
「はは~ん。さては貴様、寂しいな?」
「ば、馬鹿者。まったく……客人としてキングが認めただけであって、来訪の都度わたしの読書時間を雑談に変えられては……迷惑だ」
「へいへい。そりゃ失礼。二人に伝言があれば承るが?」
「気が向いたらいつでも来ればいい」
「やっぱ寂しがりじゃねぇか。んじゃな」
転移魔法で消える瞬間――
ロリに「ムッ」と睨まれた気がした。はいはい感情無い感情無い。
さてと、犬小屋建てて屋根付き資材置き場作って、地盤の調査と改善に基礎工事っと。
まずは雨漏りしない屋根を張るのが目標ってね。
楽しいと一日があっという間だわ。マジで。




