33.世界図書館
青いローブの幼女は安楽椅子を揺らした。
「ところで、足下のソレは放置していていいのかな?」
「助けてぇ! 素敵なお嬢さん! 縄ほどいてよぉ!」
「すまない。わたしは頭脳労働が専門なのだよ」
見捨てられてて草。まあ、やったのは私だが。
サキュルは蔓縄に縛られたまま、床をゴロゴロと転がった。
もはや「跳ねる」しかできない、陸に揚がった魚類も同然だ。
うつ伏せになるたびに胸の大きさで背中側がぐいっと持ち上がる。
扁平してもなおデカい。転がりはするものの、胸が床につくたびに「よっこらせ」という。
「シャロン助けてぇ!」
シャンシャンがスッと視線を明後日の方角へ。
「あーあー聞こえないわ」
「なんでぇ?」
「なんでもよ」
ダンジョンコアが「ふむ」と頷く。
「つまり胸の大きさを誇張する動きに、金髪黒リボンの娘は嫉妬をしているのだな。人の心の動きさえも、怜悧な頭脳は読み解くのだよ」
「コアちゃん。人の心があるのなら、思っていても口に出さない優しさっていうものがあるのよ」
「そーだそーだ! シャロンはちっぱいなのを気にしてるんだよ? 傷つけるようなことを平気で言って、ひどいと思わないの!?」
貴様が言うな案件である。
幼女は青いガラス玉みたいな瞳を丸くする。
「ふむ。人と会話するというのはその……わたしにとって難しいことなど何一つないのだが、これまでにない刺激もあり、大変興味深い。つまり……すまないな金髪の娘よ」
「シャロンよ」
「名前など記号に過ぎない……が、コミュニケーションの円滑さを考慮しよう。それにシャロンは我が主キングの秘密を曝いてくれたからな」
「なんでコアちゃんはアヒルのキング……メスだけど、キングちゃんに仕えてるの?」
私はつい口を挟む。
「暇なんだろう?」
「そ、そんなわけないじゃないメイヤさん。きっと悲しき過去とか世界の秘密が隠されているに違いないわ!」
頭のリボンを揺らして元聖女は抗議する。
が、ダンジョンコアは意外にも。
「正解としておこう。わたしには主が必要なのだ」
サキュルが床でのたうちまわった。
「じゃあじゃあサキュルたちが友達になってあげるね! いっしょにメイヤのキャンプに行こうよ!」
「おい貴様勝手に増やそうとするんじゃない」
「ふむ。申し出はその……悪くは無いが、わたしが消えては迷宮も知識の源泉も消えてしまう」
私は顎に手を当て考える。
「つまり、地下墳墓の迷宮や湖にこの書庫は、貴様が魔法力によって生み出したものだとでも?」
「話が早くて助かるぞ大魔導師」
「どうりで転移魔法に干渉するわけだ。本も貴様が?」
「実体が維持できるのはこの空間内のみだ。代わりに世界中から知識の源泉を通じて取り寄せ複製できる。失われし偽書すらも思いのままに」
長女ズはぽかんとしている。
「サキュルにもわかるように教えてよ~メイヤ~!」
「コアの書庫には世界中の本がある。新作も絶版もすべて揃っている。が、この場所からは持ち出せないし、幼女が外に出れば全部消えるようだ」
「じゃあじゃあご飯は? トイレは? お風呂は?」
子供のように疑問を並べる淫魔にダンジョンコアは「あくまで人の姿を模しただけ。生命ではない」とバッサリ。
元聖女が眉尻を下げた。
「なんだか寂しい……かも」
「君。人の尺度を押しつけないでくれたまえ」
「ご、ごめんなさいコアちゃん」
「ちゃん付けというのも……まあ、好きに呼べばいいが……」
先ほどから大人しいと思えば、アヒルは幼女の椅子の脇で身を丸くする。黄色いクチバシがコクリコクリと船を漕いだ。
「このアヒルは?」
「王はコア形態のわたしをうっかり食べてしまってな。運ばれてちょうど古墳にその……産み落とされたのだよ。この世界に。ハローワールド」
鳥が果実や木の実を食べて、種子を遠くに運ぶ。って、ことか。
とんでもないものが中央平原に芽吹いたものである。
サキュルが床でばたついた。
「つまりすかと……ひい。シャロン殺気! なんか殺気出てるかも!」
「清楚にしてましょうねサキュルさん。あたしたちはもっと、美少女の自覚を持つべきよ」
「はい……ぐすん」
しかしまあ、これはなんというか。
使い方によっちゃあ金鉱よりもやばいな。
聖王国でも魔帝国でも、どちらかが仮にダンジョンコアを手にしたなら……。
私が欲しかったのは金鉱だ。均衡を取るには危険な幼女を消す方が……。
シャンシャンが目を輝かせる。
「ともかくコアちゃんが館長さんの、世界図書館ってわけね! どうりで地下八階の巨大迷宮の奥にあるわけよ。人類の宝じゃない?」
「そういえば貴様、図書館が欲しいと言っていたな」
「ねえねえコアちゃん! 本当はあたしがなりたかったんだけど、代わりに図書館長さんやらない?」
幼女が「なぬ」と奇妙な声を上げた。
構わず元聖女は提案を続ける。
「それでね、時々本を読みに来ていいかしら? 本の持ち出しはできないんでしょ? もしコアちゃんが良ければだけど」
「ふむ。君は本が好きか。別に……構わない。ええと……シャロンだったな。君」
「ええ、そうよコアちゃん」
「シャロンさえ良ければ、いつでも歓迎しよう」
「あっ……けど、さすがにキャンプから遠いから、そんなには来れないかも」
「心配ない。我が主の王冠にわたしの力を分け与えている。我が玄室まで転移できるようにしておこう。それと君も……ええと、メイヤだったな。まずはわたしの手をとれ」
「はあ?」
「悪いようにはしない」
幼女の元に歩み寄り、跪いて手に触れる。
冷たい。体温が無い。見た通り陶器人形のようだ。目はガラス細工。みれば指の関節が球体になっていた。
人形なのだ。コアは。
私の体温を読み取るように、コアの手に魔法力の走査線が駆け抜けた。
「解析した。メイヤ。君の魔法力波形を登録したので、これからは自由に転移できるだろう」
「いいのか?」
「君の話はつまらない。が、どことなく懐かしく感じたのだ。心など本来持ち合わせないはずのわたしらしくもなく。きっと失われた記憶のどこかで、君の祖先とも出会っていたのだろう」
「知るか。私の先祖だの祖先だのなんぞ」
「ふむ。そうか」
これも何かの巡り合わせ……ってか。
幼女が足下のコールダックに訊く。
「我が王よ。わたしは図書館長に就任しようと思うが良いだろうか?」
アヒルのキング(メス)はコクリコクリと二度、頷いた。
「ふむ。さすが我が王。なんと寛容な。決定だな」
一瞬だが、幼女が微笑んだように見える。
なんだかんだ、アヒルと二人で寂しかったのかもしれん。
床で淫魔がへそ天である。
「前略、図書館長様……エッチな本の蔵書を増やしてください」
「君……たしかサキュルだったな。わかった。図書館長ともなれば、リクエストにも応じる義務がある」
シャンシャンがコアに詰め寄った。
「だ、ダメよコアちゃん! エッチなのはその……未成年の閲覧は禁止よ!」
「シャロンよ。では、どのような本を欲する?」
「も、物語がいいわ! 格好いい大魔導師のヒーローが、か弱い追放聖女を救ってくれる甘々なラブロマンス……とか」
「じゃあじゃあサキュルも! エッチシーンは朝チュンでいいから」
長女ズを追い払って私はダンジョンコアに確認する。
「本の持ち出しはできないんだな?」
「わたしの領域外では具現化不能だよ。君は見た目よりも覚えが良いと思ったが、もう忘れたのか」
「見た目も悪くないと思いますがね。あくまで確認だ。で、写本を作るのは問題ないのか?」
「ふむ。手作業で写すのが苦にならないというならな」
「料理のレシピくらいならメモ書きで十分だ」
「料理本が必要なのか?」
「キャンプ飯のバリエーションも増やしたいところだが、その前に……ログハウスの建て方の本はあるか?」
「建築か。ふむ。検索……素人でも建てられる簡単DIYログハウスというタイトルがあるようだ」
再び書棚が動き出す。
「D-1185。最上段左から四冊目」
幼女の前に棚の方からやってくる。コールダックは安眠中だ。
「ほら君。仕事だ。本をとりたまえ」
「貴様は徹頭徹尾動かないのだな」
「わたしは頭脳労働が専門だと説明しただろう」
でなければ、書棚の方からやってくる横着な書庫なんて創造もしないか。
私はログハウスの作り方の本をペラペラとめくった。
「この本、キープで」
「ふむ。では空の本棚を用意しよう」
コアが再び部屋を操作して、何も入っていない書棚を運んできた。
今後はこの棚が、おもしろ家族の専用になるということになりそうだ。




