30.地下にぽつんと一軒家?
巨大な扉を見上げる。握った拳を三人揃ってノックノック。
「開けろ! おもしろ家族だ!」
「ごめんくださーい! フォアグラいませんか~?」
「健康をお届けする淫魔のサキュルです。つまりデリバリーなヘル……」
「それ以上いけないわサキュルさん」
長女二人のボケツッコミにも扉は無反応だ。
視線で合図し娘たちを後方に下げると――
「混沌の闇によって創られし無限の力よ、世界に蔓延る悪意と絶望を一掃し尽くす破壊の力となりて、常世の器を穢れし魂で満たさん。我が前に顕現せよ極大破壊魔――」
ギイイイイイイィ
と、鈍い音を立てて扉は一人でに開いた。
私は杖を収めて頷く。
「やっぱりきちんとノックして正解だったな」
元聖女が眉尻を下げた。
「きっと扉を壊されたくなかったからじゃない?」
「それは……そう!」
暴力。やはり暴力はすべてを解決する。
これだから世界から争いは無くならないんだ! 暴力で服従を促す連中は全員ブチ転がしてやる!
と、思ったから今の暮らしがあるんですねわかります。
で――
扉の先の通路を進むと、なんとびっくり。
まるで昼間みたいな明るさの巨大な空間が広がった。
ずっと石造りだったのに、土の地面と森やらなんやらかんやら自然の風景。
なにより驚いたのは、カルデラ湖がデーンと広がっていたことだ。
地下だというのに水は腐ることもなくこんこんと、透明である。
桟橋がかかっていた。
どうやら湖の中心部分に浮かぶ小島へと渡る道らしい。
サキュルが湖に手をつっこんで「ひゃん! ちべたい!」とはしゃぐ。
ここらへんは普通に年相応の女の子だ。
変態さんなのがもったいない。まあ、淫魔にとってはアレが普通なのかもしれんけど。しらんけど。
シャンシャンが首を傾げる。
「不思議な場所ね? 静謐を絵に描いたみたい。神聖さすら感じるわ。空気も清らかだし、地下っぽくないっていうか」
「通常の地底湖とは根本的に違うようだな。魔法的な結界か何かで、環境を整えているのやもしれん」
「メイヤさんって時々、大魔導師っぽいわよね」
「常にだがぁ? なにぃ? シャンシャン売ってんのぉ? 受けて立つぞ」
「怒らないで。ちょっと……格好いいなって思っただけよ」
「うっ……そ、そうか」
「自慢のパパね」
「うむ」
サキュルが戻ってきて「メイヤはママだよ~! んもー解釈違いなんだからぁ!」と、元聖女にご立腹だ。
して、この湖のどこかにアヒルと飼い主がいるのかもしれんのだが――
恐らくは、まっすぐ続く桟橋の先が目的地なのだろう。
扉を開けてくれたのだから、罠もあるまい。
三人並んで橋を渡った。
と、道半ばで――
「グワッグワ!」
アヒルがこちらにシュッとした尾羽を見せつけるようにして待っていた。
「いたわよフォアグラ! まちなさーい!」
シャンシャンが追いかけるとアヒルは尻をフリフリ奥へと進む。
案内役ってとこだろうか。
ダッシュのアヒルは走り出した瞬間にはトップスピードに乗り、我々取材班の追走をぶっちぎって先へと行ってしまった。
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アヒルを追って到着した島には石造りの祠みたいなものがあった。
案内役のホワイトクソバードの姿は無い。
で、石の建築物だけがある。
ふわっとした言い方になるんだが、まさしく「みたいな」としか言えない。
何せ箱がドンとおかれているような格好なのだ。
箱というとアレだが、大きさ的にはなんだろうか。石棺というには大きすぎるが、一軒家というほどでもない。
東方風の間取りでいうところの四畳半程度。住むには十分かもしれんが、寝起きするだけの一部屋分くらいのサイズ感を、石壁で囲ったような大きさだった。
扉に鍵はかかっておらず、中に入る。
室内も殺風景だ。乳白色の大理石をくりぬいて作ったような、継ぎ目の無い天井と壁と床。魔力灯が仕込まれているのか、中はほんのり明るい。
部屋に入ったところで一人でに扉が閉まると――
床がゆっくりと下がっていった。
「わ、罠よ! 逃げないと!」
「落ち着けシャンシャン。殺意なら地下迷宮でさんざん出してきてただろう」
「油断させてから殺すつもりなんだわ! きっと、あたしたち捕まって……フォアグラにされちゃうのよ!」
隣で淫魔がピーピー泣きだした。
「うわあああん死ぬんだあああサキュルたち死ぬんだああああ」
「落ち着け貴様らッ! いざとなれば転移魔法で……」
と、試しに座標をチェックしてみたところ、うむ。
私の知らない形式の隠蔽魔法で高度に攪乱されていた。転移はできるがどこにぶっ飛ぶかわからん感じだ。
下手を打てば「石の中」なんてこともあるな。
まさか中央平原の地下深くに、隠れた賢者がいようとは。
ともかく今は、得体の知れない敵の手中だ。
シャンシャンとサッキーが両脇から私を挟むように抱きついてきた。
「何かあったら飛べるのよね?」
「助けてぇメイヤぁ!」
「うむ。死ぬ時は三人一緒だ。それはそれとして、百合で挟むんじゃない殺すぞ」
「死ぬなら怖くないわよ!」
「そーだそーだ! 最後にメイヤを挟んでやるんだー!」
びびりなのか肝が据わってるのか、これがわからない。
見上げれば入り口だった四畳半の穴がもうずいぶんと小さくなっている。
何十、何百メートルか下っていった。
恐らくは地底湖の中だろう。水攻めされれば一網打尽。
恐ろしい沈黙の後に、床はぴたりと動きを止めた。
どうやら終着地点についたらしく、目の前には祠の入り口と同じような扉があった。
開けたら水がドバーッとか、やめてくれろよ。マジで。




