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203/205

203.祭りの後始末

 聖王国の復興が始まった。


 再生したイモコとともに、リーゼが聖王の座についた。

 前聖王の罪を告発し、教会の後ろ盾も得て民心を落ち着かせ、国の混乱を収めるという。


 そんなトントン拍子でいくもんかね? と、思ったのだが、元々聖王国は教義によって統一された国家だ。


 リーゼの名が刻まれた大聖典とイモコの存在が大きい。救われた聖女たちも証言する。

 聖王都教区での虐殺が世界に広がるのを未然に防いだという事実を。


 とはいっても、二人だけでは心許ない。


 ということで、聖王国にはシャンシャンとサッキーが行っている。


 追放された元聖女は名誉を回復し、第一級主席聖女という聖王に次ぐくらいを授かった。


 で、淫魔のサッキーはというと――


 後に王国の歴史に名を刻むことになる。


 淫魔でありながら聖女の認定を受けたのだ。


 聖王国内で不当な扱いを受けてきた魔族や亜人、獣人たちの心のよりどころとなり、聖なる光の魔法力に弱い者たちを癒やす、伝説の聖女として語り継がれることとなった。


 聖女サキュルは人を癒やすほど、貞淑さを増すとされ、その気品溢れる様は人間さえも魅了したとかしないとか。


 次に、ドラミちゃん。


 桃色がだんだんと薄れて、白竜になりましたとさ。


 今、大霊峰のあるじは彼女なのだ。


 長としての最初の仕事は、同胞の亡骸を手厚く葬ることだった。


 私も手を貸した。竜の埋葬法なんて知らないんだが、それぞれの竜にあった場所へと埋めてやることにした。


 石碑を建てる。王国が落ち着いたら、リーゼが弔問するという。


 ドラミもこれを了承した。お互い、しんどそうだったな。


 ピンドラちゃん(白竜だけど)は、旅に出た。大霊峰を追放されたことで、幸運にも生き残ったはぐれ竜たちを探し、各地に散らばった同族を集めるらしい。


 当分、中央平原のキャンプには戻らないそうだ。



 魔帝都中央のツインタワーキャッスル。その屋上にて――


 稽古着姿のエイガ君が拳を握って身構える。簡単な組み手だ。拳と拳。蹴りと蹴りの応酬をしながら、会話が弾む。舌噛みそうだけど。


「それで暇を持て余して、俺の修行をつけに来てくれたんですか? 嬉しいです師匠!」

「だってさぁ、みんな忙しそうだし」


 左右の拳の連打を私は手のひらではたき落として軌道を変えた。今までの少年だったら、前掛かりになりすぎて姿勢を崩すところだが、残心ができていて反撃の隙が無い。


 ちょっと顔を見ない間に、強くなってるな。


「影の英雄で良いのですか? 師匠の功績は誰よりも人々に評価されるべきです。各地に銅像を建てましょう! 代々、語り継がれる救国……いえ、世界の英雄としてッ!!」

「いいかカゲ君や」

「懐かしいですね、その呼び名。今思えば……なんだか恥ずかしい響きです」

「話を聞かんかい。統治者でもないやつの像を並べたら、貴様自身の求心力が落ちるだろうに」

「し、しかし師匠! それではあまりに……」

「私のことをわかってくれる奴が何人かいれば、満足だっつってんの」


 組み敷き投げようと奥襟に手を伸ばす。が、エイガ君は上手く払った。私のやりたいことをさせない……か。


「師匠は恥ずかしがり屋なのですね?」

「黙らっしゃい。んで、魔帝国はどうなんだ?」

「今だ各地の諸侯には、主戦派も多く……俺を帝位から引きずり下ろす算段を練っている者たちもいるでしょう」

「なーほーね」


 間合いが離れる。少年は上段狙いの蹴りを……瞬時に中段に落とすフェイントを織り交ぜた攻撃に転じた。


 反応が遅れてガード仕切れず、綺麗な一発をもらう。


「当たった! 師匠に!」

「足が止まったぞ。驚いてないで追撃なりしなさいって」


 と、忠告しつつ下段回し蹴りで少年の軸足を刈る。

 豪快に転がった。


「す、すみません師匠!」


 転んでもただでは起きず。立った勢いそのままに間合いを詰めて殴ってくる。

 あごを引いて避ける。エイガの連打は止まらない。あっという間に劣勢、防戦一方に追い込まれた。


「元々、素の格闘じゃ貴様の方が強かったが……一撃一撃に重みが出てきたな」

「はい! ありがとうございます!! あの……俺、がんばります!!」

「何をがんばるって?」

「諸侯を治めてみせますからッ!!」


 最後に一発、気持ちの良い右ストレートを顔面に食らって、私は吹っ飛ぶと床に大の字になった。


「だ、大丈夫ですか師匠!?」

「効いたぞ。良いパンチだった」


 駆け寄って少年が手を差し伸べる。いつもなら腕ひしぎするところだが、素直に握り返して立たせてもらった。


 なんだろうな。聖王を倒して気が抜けたのか、私は弱くなったのかもしれない。


 マントを叩くと少年がじっと私を見つめた。


「あの……政務も軍事も関わらなくて良いので……魔帝都に身を置きませんか師匠?」

「急にどうしたよ」

「屋敷もありますし、魔法の研究がなさりたいなら帝国のアカデミーに在籍なさってもよいです。師匠に学びたい魔導師も多くおります。あ! いえ別に全然、一日中のんびりなさりたいのであれば……そうだ退役軍人年金を出します! 一時とはいえ白竜魔将として、この国を支えていただいたのですし!」

「気前がいいな魔皇帝は」

「俺は……師匠が好き……です。近くにいてくれるだけで幸せですから」


 まるで愛の告白だぞ。自覚は無いんだろうけど。


「私を口説くとは良い度胸だ」

「で、では!?」

「断る」

「なぜです!?」

「だってさ、私がどっちか片方にいると何かとまずいだろ。聖王国にせよ、魔帝国にせよ」


 第三極は中立であればこそ、均衡がとれる。肩入れした方を世界の王にする。キングメイカーだ。


 私たちはそれを望まなかった。二つの国の存続を願った以上、天秤を片側に傾かせることはできない。


 わかってくれたようで、魔皇帝は世界の終わりみたいな顔をしつつも「さすが、俺のお師匠様です」と、自分を納得させるようにうなずいた。


「私がいなくたって貴様は強い。信頼できる四天王もいる。良い王になってくれよ」

「は、はい!! 約束します!! 必ず!!」


 別れ際の少年が、ちょっぴり大人に見えた。

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