202.道は未来へと続いているから
聞き慣れた声が呟く。
「ああ、シャロン……君か……ありがとう……ただ、ずいぶんと印象が変わってしまったのだね」
コアだった。ずっと安楽椅子に座っていた彼女が、等身大に戻って自身の足で立っている。
イモコと並ぶと姉妹というのがよくわかった。
「コア! 貴様……無事か! 大丈夫なのか!?」
「わたしのために泣いてくれるのかい、君」
気づいていなかった。いつの間にか視界がぼやけて、熱いものが頬を流れ落ち止まらなかった。
コアがイモコと対峙する。
「どうやら終わったようだね、イモコ」
「……うん……」
「とりあえず地上に戻ろうか。大聖典を置きっぱなしのはずだよ、君」
ガラス玉の瞳がじっと私を見据えた。
「今更、あんな古くさい本でなにするってよ?」
「いいから、君。転移魔法で運び給え」
口で説明するより早いと、幼女は笑った。
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地上に戻ると――
銀髪の少女が大聖典を抱いていた。
全裸で。
「お、おいリーゼ貴様! その本は危ないから置きなさい」
「い、いやです!」
「その前になんか着るものないんですか!? 正視できないでしょうが!」
「は、恥ずかしいのはこっちなんですよ義兄さん!」
「だったら物陰に隠れるとかしなさいよ!」
銀髪をさらさらと左右に振ってリーゼは下を向いた。
「この大聖典を手にした者は……聖王……ですね」
雰囲気が変わった。
おい、まさかやめろよマジで。やっとやっかいな聖王が消え去ったってのに、最後の最後で「じゃじゃ~ん! 実はわたしがラスボスでした~!」なんてさ。
背中にイモコを庇ってコアが一歩、前に出る。
「リーゼ。君も銀天使でいる間に、何が起こっていたか見ていたはず。魔晶石だった、わたしと同じようにね」
「はい……死ぬこともできず、ただ……皆さんにご迷惑をおかけし続けて……わたしが助けてなんて言わなかったら、姉さんだって……こんなことには……」
天使が浮き上がってリーゼの前に降りたつ。ぎゅうっと抱きしめる。
今のシャンシャンにとって、ああすることだけが気持ちを伝える手段なのだ。
愛と許しを。
「姉さん……ううっ……ごめ……ごめんな……さい」
金天使は無言で首を左右に振った。
リーゼだって何も悪くない。聖王に利用されちまっただけだ。
命じられるまま大霊峰の竜たちを殺したことも、全部あの化け物に責任がある。
助けようとしたのは、私やシャンシャンが勝手にしたことだ。
「いいかリゼリゼ。貴様が救いを求めようとそうでなくとも、私もシャンシャンも……みんな救うつもりでいたぞ。ドラミちゃんだって、全部のみ込んだ上で、この戦いに力を貸してくれた。自分を責めるな」
リーゼはそっと天使の腕を解いた。
「コアさん……それに……イモコ……さん?」
コアの後ろからそっくりな幼女が顔を出し「……うん」と返す。
「姉さんが今、聖王……なんですよね?」
バトンタッチするように、イモコが前に出た。
「……そう……」
「わたしには姉さんほどの才能はありません」
「……あっ……うん……いいの?」
リーゼの表情が引き締まる。迷いの無い澄んだ眼差しで銀髪の少女は大聖典を見つめた。
「わたしが聖王を……姉さんから引き継ぎます。歴史上最弱にはなると思いますから、イモコさん……どうか力を貸してください」
おいおいおいおい、ちょ……あの、それって――
「ねえちょっと待って貴様たち! シャンシャンからリゼリゼに名義変更なんて、簡単にいけるわけ?」
イモコが小さく首を縦に振る。
「……当人同士の合意がなくても……今のイモコは……自分で仕えるべき王……選べる……」
大聖典に光が宿り、独りでにページが開いた。
一行目の文言が書き換わる。
シャロン・ホープスからリーゼ・ホープスに。
聖王の位が譲渡された。
瞬間――
金色の天使の身体が光に包まれ、水晶の鱗が剥がれ落ちるようにして……。
ふわふわの金髪が姿を現した。
全裸で。
迷わず私はシャンシャンを……シャロンを……抱きしめた。
「た、ただいま……メイヤさん」
「おかえり! おかえり! おかえりおかえりおかえり! シャンシャン!」
涙が溢れて止まらない。ああ、格好悪いな。みんなに見られて……けど、関係ない。
私は元来、格好いい人間ではないのだから。
ああ、これで本当に……本当に全部、終わったのだ。
いや、今日、この場所から始まるのかもしれない。
私たちが紡ぐ、新たな物語が。