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201/205

201.現在(いま)へと続く回想録

 第十階位の生命を操る魔法。聖なる光の奇跡。祝福――

 たぶん、その存在を知らなければ、あたしはたどりつけなかった。実在することが、何よりも「信じる」原動力になる。


 リーゼを甦らせた力。それを手に入れれば、聖王に対抗できるかもしれない。


 メイヤさんや、みんなが戦っている間、あたしは一人、朽ちた古代の廃墟にあった礼拝堂で膝を折り、祈り続ける。


 寝食も忘れて、光の神に想いを伝えた。


 夜――


 体力が尽きて意識を失いかけたところへ、神が降りてきた。


 少女のシルエットだった。激しい後光の中で逆光になって、黒い影が立つだけ。


 顔はわからない。もしかしたら、神様でもなんでもないのかもしれない。


 けど――


「お願いします。神様……どうか、あたしに……愛する人の隣に一緒にいられる力を……ください。あの人のために少しでも、あの人のできないことで……力になりたいから」


 神様はふるふると首を左右に振る。


「……それは無理」

「あの人は……メイヤさんはずっと、最後は独りで戦ってきたの。お願い……あたしにできること、なんでもするから。このままじゃ、メイヤさんが死んじゃう……」

「……どうして?」

「あたしの妹が人質にとられてて……リーゼを解放しないと、殺されちゃう……メイヤさん……口では文句も言うし否定もするけど……見捨てるの……できない人だから」


 涙が溢れて落ちる。自分でも止められない。


「……どうして泣いてるの?」

「わかんないの!? 神様の……わからずや!」


 神様のシルエットがビクンと震えた。


「……あなたの……望みは?」


 メイヤさんもリーゼも聖王国の人々も、みんなを助けてあげたい。

 それが身に余る不可能なことでも。


「大切な人たちに……幸せでいてほしいの……それがあたしの、幸せでもあるから」

「……そう」


 少女の影が近づくと、あたしの肩にそっと触れた。


「……第十階位に近づくほど、人間ではいられなくなるの」

「それって……どういうこと?」

「……聖王は勇者の血族の中でも、千年に一人の天才。限りなくオリジナルに近い先祖返り……姿だけなら……あの人にも似ていて……」


 声に抑揚はないのに、心で感じる。


「神様、泣いてるの?」

「……世界を一つにできなかった勇者の想い……やり残し……聖王は曲解してしまった」

「ダメならちゃんと、ダメって言ってあげなきゃよ。神様なんだもの」

「……届かなかった……もし、あなたが第十階位の扉の最奥まで開けば……同じようになるかもしれない……もっと酷いことになる……姿形も残さず……戻れない……あなたは永遠なる者となる……神の巫女……贄……」


 人間じゃなくなっちゃう。か……。

 自分じゃ想像できないな。メイヤさんは、あたしが変わってしまっても、ちゃんと……見つけてくれるかな。


「神様。扉を最後まで開いたら、あたしは強くなれるのね? 聖王と同じ力を得られるのよね?」

「……近づけるだけ。聖王には大聖典があるから……届かない……」

「大丈夫よ、神様。あたしだけじゃ届かなくても、メイヤさんとならきっと……ううん、必ず絶対になんとかできるから」


 神様があたしの肩から手を離す。


「……どうして……そこまで?」

「メイヤさんをぎゅーって、抱きしめてあげたいの。いっつも一人で背負って、抱え込んで、本当は辛いこともあるのに無理して……助けてって言って欲しい。メイヤさんに頼られたい。頼って貰っても大丈夫なくらい、あたしは強い存在でありたいから」


 神様は小さく「うん」とうなずいた。


 次の瞬間――


 神様は消えた。暗い礼拝所に、独り。


 身体が凍ったみたいに動かなくなった。こぼれる涙がぴたりと止まって、手足が結晶化していく。


 穴の開いた天井がら降り注ぐ月光を吸収し、金色に輝く。


 声を上げようにも口が縫い合わされたみたいにぴたりと閉じてしまった。


 ああ、変わっちゃうんだ……あたし。


 その場にうずくまる。なんだかとっても眠い。


 頭の中に神様の声が聞こえた。


『……聖王都に来て……渡したいものが……あるから』


 うん、約束するね。目が覚めたら……すぐに行くから。


 待っててね、神様。


 メイヤ……さん……。



 蒼炎の竜騎人装甲……その頭部だけを解除した。っぱ圧迫感が無くなって開放的だな。

 リーゼを物陰に横たわらせた金色の天使。


 シャンシャンに私は言う。救えないはずだった命を繋いでくれたのだ。


「ありがとうな。聖女たちとリーゼを聖王の呪いから解放してくれて。あっ! ええと……その、やっぱ私が見てると恥ずかしいですよね。めんごめんご」


 人間に戻るとたぶん、素っ裸になっちまうシステムなんだろう。

 私も初期の竜騎人装甲が、そういう仕様だったんでよくわかる。


 背中を向けて、シャンシャンが元に戻るの待った。


 待った。待ち続けた。彼女が「もういいわよ」と、いつもの口ぶりと明るい声で言ってくれるのを。


「あれ? まだなのか? あーもう、焦らしてくれるな。見ちゃおうかな。振り向いちゃおうかなぁ」


 反応がない。心配になって振り返ると、天使は天使の姿のまま私を抱きしめた。


 もしかして……まさか……ちょっと待ってくれ。


「シャロン……戻れないのか?」


 私の首元に顔を埋めて金天使は「うん」とうなずいた。声も無く。


 代償……だと。救うための力を得たから、シャロンは救われないって?


 ふざけるな。どうなってる。


 神様出てこいや。私はどうなろうといいんだよ。コアも言ってたけど、たぶん私の力って、先代の魔皇帝とか聖王とか、バグった奴らを倒すためのものだから。


 けど、シャンシャンは関係ないだろ!


 私はシャンシャンの手をとった。


「いくぞ」


 天使は不思議そうに首を傾げる。


「この地下にコアの妹のイモコがいるんだ。もう、悪い聖王はいなくなった。あいつなら、シャンシャンを元に戻せるかもしれないからな」


 彫像の顔が左右に揺れる。


「つーか、なにがあろうと……天使のままでもずっと一緒だぞ。喋れないなら筆談って手もあるんだし。やっと落ち着いて中央平原で平和なキャンプ暮らしに戻れるんだ」


 天使の足が止まった。

 動かなくなった彼女を私はお姫様抱っこする。背中の羽のせいで抱き上げにくいったらありゃしない。


「一緒に歩くって約束したじゃないか。この先も」


 天使はうつむいた。

 目線を合わせてくれない。


「いくぞオラアアアアアア!」


 地面に向けて極大破壊魔法で穴を空ける。

 そのまま飛び降りて城の地下フロア八層をショートカット。


 最下層に隠された知られざる監獄の扉を開いた。というか、天井部分を切り抜いて外光が降り注ぐように、匠の技でリフォーム完了である。


 壁にはりつけにされたイモコの前に、シャンシャンを連れていく。

 天使を下ろして立たせると、二人並んだ。


 聖王国のダンジョンコアがゆっくり目を開ける。


「…………」

「イモコ。貴様のおかげで聖王を倒せたぞ。ありがとうな」

「……よかった……」

「それが良いことばかりでもなくてな」

「……わかってる……新たな聖王……シャロンの……望み」


 私がシャンシャンを見ると、彼女は小さく首を縦に振った。


 全部、覚悟の上か。


 シャンシャンだもんな。時々、私が想像もできないような思い切ったことをする。


 思えば魔帝国のカジノで幸運の魔法を使って荒稼ぎするような子だ。


「降ろすぞ。いいな?」


 返事を待たずにイモコの拘束具を極小の極大破壊魔法で弾き飛ばした。


 天使がイモコを抱きかかえると、金色の再生魔法が発動する。


 床に転がった幼女の四肢が時間を巻き戻すように元に戻った。


 人を癒やすだけじゃなく、コアの仲間もシャンシャンは戻せるのか。


 続けて、天使は私の胸の魔晶石に触れる。


 おい、まさか……。


 胸に埋め込まれたクリスタルが剥離し、私を包む蒼炎の竜騎人装甲が消えて黒マント姿に戻る。


 魔晶石に優しく温かい光が宿り、それはみるまに形を変えて……いや、戻していった。

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