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200/205

200.すべてを一蹴して


 ギーコ……ギーコ……時空が裂けていく。刃を引くほどに次元の壁が割れていく。


「や、やめろ! やめるんだ! 王を殺すのは重罪だぞ!」

「その罪を誰が裁く?」

「神だ! 光の神が許すはずがない!」

「じゃあ試してみようじゃないか。貴様を殺して私が罰せられなければ……」


 完全無敵の防壁に細かなヒビが末端まで広がった。


「神よ! どうか私をお救いください!」


 聖王が天に祈った。


「貴様が祈るべきは……いや、許しを請うべきは地の底に封じられたイモコだろうが」


 一度、腕剣を引くと――


 私はぐっと腰を落とし、腕を引き、脱力。


 そこから一気に、足を、大腿部を、腰を、上半身を、肩を、肘を、前腕を、すべての軸を連動させ、自らを剣として、水平に振るった。


 光の壁が砕け散り、聖王の身体がどさりと地に伏せる。


 法衣に包まれた肉体が塩の柱となって崩れた。


 聖王の首がごろりと転がる。


「ああ、なんということを……」

「首だけになってもまだ喋れるの? 怖いんですけど」


 腕剣で男の頭部を貫こうとしたその刹那――


 切っ先を阻んだのは一冊の本だった。


 どこからともなく浮かび上がった大聖典が、最後の壁のように立ち塞がる。


 聖王がわらう。


「ほら! やはり神は私を見捨てなかったのです! 私が正しい! 世界が望んだのです! この私を! 人々が選んだのです! この私を! 神が祝福したのです! この私を!」


 自己肯定感しかないのか、化け物め。


「さあ、天使たちよ! 私にその命を! 第十階位……再生魔法ッ!!」


 民の命を使い、聖女たちの魂を食い散らかしてまた、復活しようってのか。


 こうなりゃ何度でもやるしか――


 って、あれ、何も起こらないぞ。


「なぜです? みな私に祝福されたはず……どうして誰も応えないのですか!?」


 すうっと音もなく、金天使がゆらりと地表を滑空して私の隣に立った。


 その腕には――


 傷一つなく治療……いや、再生……もはや再誕したといっていい、銀髪の少女の裸体が抱かれている。


 リーゼが……元に戻ったのか?


 彼女だけではない。金天使の糸に巻かれて動きを封じられたかに見えたあかがねの天使たちも、元の人間の姿になってるじゃないか。


 神々しい金の天使に聖王が声を震えさせた。


「まさか……私の祝福を……上書き……したと?」


 美しい彫像の顔がスッと頷く。


 シャンシャンさあ……すごいじゃん。


「あり得ない! 王にのみ許された権利なのですよ! 祝福を与えられるのは王のみなのです!」


 私は――


 聖王の前に浮かぶ大聖典に手を伸ばした。


 最初のページを開く。


 なるほど、いつ、どのタイミングだったかはわからんが、冒頭の一文が書き換わっていた。


 それを見せつけ聖王に訊く。


「なあ、なんて書いてあるよ?」


 聖王は言葉を失った。時が止まったように凍り付く。


「読めないか。じゃあ、私が読んでやる」


 大聖典の一行目――


「シャロン・ホープスを聖王と認めます……ってさ。貴様は神にも愛想を尽かされたんだ」


 たぶんだけど、地下深くに幽閉されている、イモコが決めたんだろうな。

 聖王に従わなければならない。それは変えようがない。


 だから、仕えるべき聖王をこの土壇場で選び直した。それがシャンシャンなのは……見る目あるぞイモコちゃん。


 聖王は壊れた。


「あ、あ、あ……ああああああああああああああああああああああああッ!! この世界に永遠の平和をおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!! ならばなぜ私を生んだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 絶叫は次第に小さくなり、男の首が白化する。塩となって崩れながら、聖王だったものは呪詛を吐く。


「全部、貴男のせいだ……メイヤ・オウサーッ!! 貴男さえ! 貴男さえ存在しなければ」

「私でなくとも、いつか誰かが同じ事をしたさ」

「私は負けてない……負けて……ない」

「いいや、貴様の負けだよ。慕う民を苦しめ、心は離れちまったろ。神様にすら捨てられて、最後に頼れる人もいない。裸の王様だったな」

「違う……違う……私は……私は……民に愛され神の祝福を受けた……聖王……だ」


 私は腕剣から魔法力を解放した。もう、必要ない。


「死んだ後のことなんてわかんないけどさ、その間際に誰かに愛されてるって感じられたら……私は嬉しいよ」

「死は……私には……訪れない……絶対に……」


 こいつがイカれちまったのって、不滅の存在だったからかもな。知らんけど。


「貴様の死は誰も悼まない」

「いやだ……きえたく……ない」

「貴様のことは誰も心に留め置かない」

「いやだ……忘れられたく……ない」

「貴様を誰も愛さない」

「いや……だ……」


 足下の白い塊を、私は蹴り飛ばした。砕け散って空気に溶ける。

 もう、聖王だったモノの存在はどこにもない。


 この世界にとっての、悪夢みたいな奴だったな。


 最後に地上に残ったのは、私と元に戻った聖女たちと――


 金色の天使だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 普通ならどんな悪党にすらミリ単位で同情の余地は有ったりするんですが…このクソ野郎にはそっち系の感情は微塵も湧かなかったですね。これ程因果応報がふさわしい奴もおるまいよ…
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