199.天使ちゃんマジ天使
一旦、転移魔法で引くか。
銀天使だけでもどこか遠くへ。いや、ダメだ。たぶん転移に耐えられん。
斬ったのは私だ。
金天使が私……ではなく、リーゼに腕を伸ばす。
「おいコラ貴様ッ! リーゼに触るんじゃないよッ! やんなら私にしろ! かかってこいやぁ!」
吠えると金天使はぴたりと止まった。
あれ? 話が……通じてる?
天使は両腕を広げて――
私たちを包むように抱きしめた。
彫像のような顔に表情の変化はなく、その身体は硬質だ。寄せられた胸はなだらかで、中央平原の草原を思い起こさせた。
「もしかして……シャンシャン?」
天使が抱擁を解くと同時に、私の頬を平手で叩く。
首が90度曲がった。今日一、痛い。効いたぞ。染みるなぁ。
そして、金天使はもう一度、私に抱きつく。
間違いない。シャロンだ。ふわふわだった金髪を思い出しながら、彼女の頭をそっと撫でる。
「なんで貴様がこんな姿に……」
「…………」
「人間超えちまったのか」
彫像の顔が小さく頷いた。
リーゼや他の聖女たちと違って、聖王の支配を受けていない。
どうやったのかはわからんが……確実に無茶をさせてしまったのだけはわかる。
「ごめんなシャロン」
天使はふるふると首を左右に振る。
「そう……だな。助けてくれて……ありがとう」
シャロンはうんうんと、首を縦に振った。変わらないはずの彫像の顔が満足げに見えた。
「リーゼを頼む」
今度は力強く、金天使が頷く。壊れかけたリーゼを託すと、金天使の手のひらが私の胸の魔晶石に触れた。
金色の魔法力が魔晶石を通じて私の身体を優しく包み込む。
痛みは消え、心に平穏がもたらされた。身体は羽毛のように軽くなった。
「なんかさ……上手く言葉にできないんだが……シャンシャン」
彼女はリーゼを抱き上げて首を傾げる。
「一緒に……行こうな。未来へ」
うんうんと、シャロンの泣き笑う顔が一瞬、金天使に重なって見えた。
後を任せて、私は腕剣に極大破壊魔法を込めると聖王の埋まる瓦礫の山に歩き出す。
再生は封じた。大聖典は私を通じてきっと、コアが書き換えてくれた。
リーゼを取り戻した。シャロンが他の天使たちの動きを封じてくれている。
「さあ……タイマンといこうじゃないか」
瓦礫の山ごと一閃する。青白い炎が衝撃波をともなって、洗い流すように瓦礫を消し炭に変えた。
聖王は立っている。光の防御結界で一撃に耐えたか。
「いかなる攻撃にも私は屈しません。何人も王を傷つけることはできないのです」
全周囲に防壁展開で完全に引きこもりやがったな。
「おい貴様。籠城戦ってのは助けが来るのをあてにして耐えるもんだろ」
「助けは来ますよ」
「はあ? 誰が来るって?」
「私の味方は……時です」
「時間稼ぎでどうにかなるってか?」
「不死なる私には無限ですから。この世界を光の神の祝福が包み込むまで、貴男の攻撃に耐えましょう。きっと、世界から邪悪なる者たちが消えれば、貴男も理解ってくれるはず。さあ、神の愛を感じてください」
極大破壊魔法を防壁に叩きつける。魔法力同士が火花を散らし、刃は通らずはじき返された。
防御に全振りすると、ここまで硬くなるのかよ。
あと一歩というところまで来たんだ。
引けないだろ。
極大破壊魔法が通じず、相手がべた足で止まってくれているんなら――
「深淵の闇より呼び覚ます、我が力の源。
無限の宇宙、時間を超えし存在よ、我が声に応えよ。
光も闇も飲み込む蒼炎、全てを無に帰す終焉の力を、ここに解き放つ。
我が名メイヤ・オウサーの下に、全ての因果を絶つ。終わりなき混沌の海よ、我が敵を飲み込め。
滅せよ! 滅せよ! 滅せよ!
この身が朽ち果てようとも、我が意志は永遠に続く。
我が魂の叫びよ、天地に響け。世界線を越えて! 超えてッ!!
力よ、今、此処に。全てを滅ぼし神すら打ち砕く、終極殲滅魔法ッ!!」
蒼炎が吹き上がり凝縮した。純粋な光のエネルギー体が天へと昇る。上空に展開する聖王の魔法陣を撃ち貫き爆散させた。
聖王が身構える。
「なっ……まだ、そのような力を隠していたのですか?」
「隠してたんじゃねぇよ。全条件がクリアされたんだ」
「――ッ!?」
「歩みを止めた貴様になら、目を閉じていてもぶち当てられるからな」
腕剣を振るう速さも膂力も必要無い。ただ重力に引かれるままにゆっくりと振り下ろす。
聖王の顔つきが醜く歪んだ。
「わ、私の防御魔法は……王の聖域は絶対に……滅びないッ!」
「試してみろや」
光の壁に終極殲滅魔法の光刃が触れた。弾かれることなくズシりと食い込む。
ノコギリで巨木を切り倒す時の、最初のきっかけ。
刃が立つあの感覚だ。まさかここにきて、中央平原で過ごした日々のDIYを思い出すなんてな。
さあ、聖王解体ショーの始まりだ。




