196.たった一人の聖王討伐
結局、私はまた一人になった。
けどさ、今までとちょっとだけ違うんだな、これが。
たくさんの想いが、私の胸の中にある。
高台に立ち、息を吐く。
遠くに見える聖王都。あそこで戦うのはちょっと……いや、結構気が引ける。
一般人を巻き込みたくない。戦争しにきた訳じゃない。
これは私と聖王のケンカだ。
あーもう。私が悪役だったら、遠くから極大破壊魔法ブッパしちゃうんですけどね。
歩きだすと同時に転移魔法。教区内、王城へと続く大通りに降りたった。
様子が……おかしい。
昼間だっていうのに、人の気配がまるで無かった。
「おーい! 誰かいませんかー? つーか出てこいや聖王! 決着つけに来てやったぞ! この引きこもり外道変態ねっちょり陰湿系クソ野郎がッ!! ばーか! ばーか!」
王城正門前まで到達する。
門前に広がる石畳の広場の真ん中に、法衣の男が待ち構えていた。
すんなり過ぎるな。罠があるか……もう、向こうも弄する策が品切れたのか。
「また、訪ねてくれましたね。嬉しいです……メイヤさん」
「こっちは今回で最後のつもりだ」
「私はこれからも、貴男とともに歩みたいと考えています。同じ道を隣で。いかがでしょう?」
「人の話を聞けよ。貴様とは正反対の道を行ってんだが?」
「世界は丸いのですよ。球形です。背を向け合って歩いた先に、また出会うように出来ているのですから」
聖王は私に手を差し伸べた。距離にして十メートルほど。私から歩み寄り、手を取れってか。
「こういうやりとり何度目だよ。今日は貴様をぶっ殺しに来たんだ」
「残念でなりません」
手を下ろし、化け物は目を伏せる。
「今日はその薄笑いを凍り付かせてやるよ……その前に……」
「なんです?」
「貴様はいつ、今の貴様になったんだ?」
ガキの頃はまともだった。イモコの記憶の断片じゃ、そういうことになっている。
「不思議な質問ですね。私に興味を持っていただけた……と、好意的に解釈しても?」
「質問に応える気がないなら、とっととおっぱじめるぞ」
短杖を手にして聖王に突きつける。
「ふふふ……焦らずとも。お答えしましょう」
聖王は法衣の裾を翻し青い空を指さした。
「この世に生まれ落ちた瞬間からですよ」
「聖王の戴冠の儀とは無関係ってか」
「あー……言われてみれば。自分を出すのが苦手でしたから。王になるまでは、静かにしていたのです」
「そーかい。ありがとうな」
「はい? 貴男から感謝の言葉をいただけるなんて、嬉しいのですが心当たりがありません。私の過去をお教えしたくらいで……」
殊勝なこって。
「いや、本当にありがとうな。貴様の性根が生まれつきで良かったよ」
「なぜでしょう?」
「元からぶっ飛ばす気でいたが、ますますもってやる気が出たってことだよ!」
短杖に極大破壊魔法を展開し、踏み込み切り裂く。
同時に――
天空から銀の矢が飛来して、聖王と私の間に立ち塞がった。っぱ、出てきますわなリーゼ。
と、思った瞬間――
町中の建物の窓や壁を突き破って、銅色の天使たちが私目がけて、四方八方から槍状の腕部を構え、突撃してきた。
銀天使が後方に跳び聖王の前で楯となる。
天使だけじゃない。
街の至るところから、ゾンビのように人影がゆらゆらと現れる。
鈍色の石人形だ。
聖王が声高に言う。
「メイヤさんのために、教区の人々には祝福を施しました。明日まで待っていただければ、王都全域に祝福を広げられたのですが……おや、まさか串刺しになってしまいましたか? ああ、可愛そうに。すぐに私が蘇生して差し上げましょう。祝福を貴男に……」
ああ、まったく。
こっちは聖王国の民に迷惑がかからんように、極大破壊魔法で貴様の首だけ取ってやろうって思ってたのに。
先に貴様が大量虐殺してるなんて、想像できるかよ。
ふざけやがって。人間を……なんだと思っていやがる。貴様が治める民を……なんだと思っていやがるんだッ!!
死の刃が無尽蔵に迫る瞬間――
私は胸に魔晶石を添えた。結晶が胸に埋まり、そこから全身に竜騎人の装甲が広がる。
手にした短杖が腕部装甲の一部と融合し、アームブレード状に変化した。
身を包む装甲色は青白く、全身に流れる筋彫りに極大破壊魔法の魔光が宿る。
随所に炎のような紋様が浮かんだ。
全身を貫こうとした銅色の槍が、その先端からドロドロに溶け落ちる。
身にまとう装甲……竜の鱗の放つ熱気と極大破壊魔法の破壊力の波動を解き放った。
小さな爆発と衝撃波が銅天使たちを弾き返し、建物や家々の壁、石造りの道に陥没させた。
この天使たちは、聖女や侍女たちだ。
石人形が私に群がる。殺到する。拳で打ち払い、蹴り、振りほどく。
波が幾重にも押し寄せた。
街に住まう人々だ。
銀天使が聖王を抱えてふわりと飛翔する。
「よかった。メイヤさんがこの程度で死んでしまわずに。さあ、存分にその破壊の力を私に見せてください。遠慮は不要です。彼らは何度でも立ち上がるのですから」
聖王が空中で印を組む。何が遠慮はいらないだぁ? 好き放題やりたい放題しやがって。
「私の愛する民たちよ! 私が見いだした聖女たちよ! その命ある限り」
動かなくなった銅天使たちが、瓦礫に埋まった身体を持ち上げて空に舞う。
倒れた石人形が再び立ち上がり、広場を満たした。
聖王が薄く微笑む。
「みなが聖なる光の神の子となりて、肉体が消滅しようとも魂は浄化され、私とともに永遠を生きるのです。この世界に蔓延る不浄なるものは残らず消え去るでしょう。いずれ、私の愛が星を包み、約束された平穏が訪れるます。人間は死を超越するのです」
空に巨大な光の魔法陣が投影された。あれが広がったら王都どころか王国、中央平原……魔帝国までも……何が永遠ですかね。
死の世界じゃん。
聖王の呪われた祝福から……人に戻す術は無いのか。
胸の魔晶石は応えてくれない。ああ、そうだな。迷っている場合じゃないんだよな。
目に物見せてやるよ、聖王。
私は短距離転移魔法で聖王の後背に跳ぶと、右腕のアームブレードに極大破壊魔法を込めて、銀天使もろとも心臓を貫いた。
剣を切り上げ、聖王の身体を半分袈裟斬りにすると、転移でその場から近くの建物の屋上に着地する。
銀天使もろとも聖王の身体が重力に引かれて、地に墜ちた。
石人形たちを下敷きにして、血の池を作りながら聖王が目を丸くする。
「カッ……ハッ……驚き……ました……転移は……封じたはず……しかも……その鎧を身につけたままで……」
銀天使はぎこちなく身体をびくつかせるばかりだ。リーゼ……すまん。
石人形たちが担ぎ上げるようにして、聖王は立ち上がった。
「第十階位……再生魔法……」
聖王の近くにいた石人形が砕けて砂へと還る。化け物め。殺して無理矢理復活させて、最後にはその存在を消費しようっていうのか。
私の胸にはめ込まれた魔晶石が反応した。
今が……勝機だ。




