189.しばりプレイで大ピンチ
勝利条件は撃破じゃない。とはいえ、気を抜けば一発アウトって綱渡りな状況だ。
地上に降りたリーゼ――銀天使の右腕が直剣状に変形した。
首元に収まった小さなコアが言う。
「気をつけ給えよ、君。あの剣から高周波電磁パルスを検知したからね」
「細かく震えてるってか? それでどうなるって?」
「原子間の結合が強化された状態さ」
「結論だけくれ」
「当たったら死ぬよ」
「あっ……うん、知ってた」
短距離転移魔法が無いからマジでやばいな。
銀天使の足下が地上からほんの少しだけ浮く。スケートよろしく地上を滑走しながら、剣と化した右腕で私に斬りかかる。
速い、迅い。一閃を引きつけてかわし、後隙に極大破壊魔法を叩き込もうとした時には、銀天使の二撃目が私の左腕を刎ねにきた。
身を引き、後方に跳んで間合いをとれば瞬時に詰めてくる。
こちらが剣を振るえば後背に回り込まれた。残心は常に意識してきたが、攻撃後の防御では間に合わない。
辛うじて身をかわすが背中を斬られた。マントがばっさり落ちて、背中に熱いものを感じる。
「ぐああああっ! っと、マジかぁ」
振り向きざまに牽制で魔力刃を飛ばした。銀剣は易々と切り払う。
脱出するには天使の動きを止めないと話にならんか。
救う方法の前に、こっちが殺されてたら元も子もない。
相手がリーゼでも、迷うな。戦え。動け。走れ。止まるな。止まるな。
銀天使には気配も呼吸も間もない。駆け引きもなく、最短で最速の連撃。
思考のタイムラグに攻撃を差し込んでくる。一手……いや、半手遅れる。
ほんの少しが永遠に追いつかずじりじり引き離される、未曾有の差に感じた。
追いつくには……考えて動いてる場合じゃない。
身に染みついた戦闘経験。肉体の反射に身を委ねる。
研ぎ澄ませ……自分自身の感覚を。
刹那――
銀天使の大振りな攻撃を回避すると同時に、反撃確定の隙が私の眼前に到来した。
迷わず極大破壊魔法を叩き込む。
が、胸元でコアが叫ぶ。
「罠だ! 打つなメイヤ!」
私の切り払いは銀天使が晒した脇腹に吸い込まれる……寸前で、光の防御魔法陣にはじき返された。
「私がいることをお忘れですか?」
聖王の野郎。大人しくしてると思ったら、このタイミングを狙ってやがったのか。
斥力に阻まれ、魔力刃を押し返された私の腕目がけ、天使の銀剣が切り上げる。
避けきれない――
死が脳裏に過ぎったその時、頭の中が真っ白く染まった。
世界の時間が静止する。走馬灯ってやつか?
私の目の前に、大霊峰の頂上に眠る純白竜の姿があった。
頭の中に美しい声が響く。
『あなたに力を……』
純白竜が光に包まれ、巨大なシルエットが変わる。
その姿は……ドラミだった。
時の流れが戻るよりも早く、私の両腕を灰色の装甲が包む。
どのみち腕を持っていかれるなら、抵抗してやる。と、私は銀天使の高周波をまとった剣を前腕で弾いた。
ギチィイイイイイイイイイイイイイイイン!
と、甲高い耳障りな金属音とともに――
銀天使が後方に大きくのけぞり、吹っ飛ぶ。
灰色の装甲は腕だけにとどまらず、私の身体を包み込みフード状のマスクが覆い被さった。
胸元でコアが「ちょ! 待て! 君! わたしもいるんだがあああああああああ」と声を上げる。
あっ……やべ。コアを身につけたまま竜騎人モードって、どうなるんだこれ?
視界に古代文字が投影される。
異変にすぐに気づいた。意味不明な羅列が現代語に次々翻訳されていく。
読める、読めるぞ。ってな具合に。これまでは危険信号くらいしかわからんかったが、敵の魔法力量やら相対距離に危険度判定やらなんやらかんやら、こっちが欲しいと思う情報を読み取って、視覚化してくれた。
『ねえちょっと、コアちゃんや。なんかした?』
知識の源泉系幼女の声が、直接頭の中に響いた。
『一時的に融合してしまったようだよ、君。合体事故だ』
『大丈夫か?』
『今はこのイレギュラーを最大限、活かすべきだ』
取り込まれた瞬間に悲鳴を上げてたのが、なんだか可愛いなと思う。
にしても、灰色ね。灰色か。白と黒を混ぜた地味な石ころみたいな色だけど……人間の聖王国と魔族の魔帝国の中間って意味じゃ、私にぴったりじゃないか。
私は拳法スタイルで身構える。
握った拳に魔法力を込めた。
これより全力で、脱出を試みるッ!