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188/205

188.言葉は通じるのに会話にならないやーつー

 にしても人っ子一人見当たらない空の王城が不気味すぎる。


 最下層から地上まで八度階段を上ったが、その間誰も……従者も衛兵も官吏も将軍も見当たらない。もぬけの殻だ。


 ようやく日の射す廊下にたどり着いた。窓の鍵を開けて外に出る。壁をぶち壊せば侵入の痕跡が残るが、サクッと出られるならこれでよかろう。スマートにしてイージーだ。


 城壁に囲まれた美しい庭園だった。


 よく手入れがされていて、美しい花々が咲き乱れる。天国の光景なんて人それぞれだろうが、一般の教会信徒たちが想像する、楽園のイメージそのまま……ってところか。


 中庭は広く、無数の噴水が水の壁を生み出していた。陽光を反射してキラキラと眩しい。この広さなら千人規模が参加する宴が開けそうだな。


 空は青い。雲一つない。戦うための城というよりも、王が住まう優雅な宮殿ってか。


 なんだろう。無性に腹立たしい。マジカルミントとマジカル葛とマジカルドクダミとマジカル竹で蹂躙したくなる。


 庭師の敵、メイヤ・オウサーここにあり。


 肩口のコアが囁いた。


「余計なことをしている場合ではないよ、君」

「ああ、わーってますよ……っと、あれ?」


 転移魔法が……キャンセルされた。防御結界は城の建物に施されているのかと思ったが、中庭も敷地内ですかそうですか。


 噴水の水が止まると、その向こうに――


 男が一人。


「うわ、でた」


 思わず声、出ちゃった。右手に短杖を構える。肩口のコアを懐にしまった。


 純白に金糸で刺繍がきらびやかに施された法衣。

 肩に掛かるプラチナブロンドの直毛が風に揺れる。


 柔和の表情は張り付いたように動かない。目を細め、こちらをじっと見つめる。


「おや、メイヤさんではありませんか。訪ねてきてくださるなんて嬉しいです。事前に知らせていただければ、国を上げて歓待の宴を催したのですが……」


 余裕たっぷりな笑みだ。こっちはすぐにも帰りたい。マジで。


 私のシャツの首元から顔を出してコアが言う。


「転移を封じられているようだね、君」

「バレたんなら仕方ない。城壁ぶっ壊して外に出て転移魔法でおさらばだな」

「奴はどうする?」

「さーてね」


 とりま短杖に極大破壊魔法ソードフォームをまとわせて構える。

 聖王はため息で返した。


「いけません暴力は」

「貴様が大霊峰でやったことは暴力じゃないってか?」


 竜族虐殺。あれをやらせたのは目の前のこの男だ。


「害獣を駆除したにすぎませんよ」


 やばいな。私の意思とは無関係に竜騎人の装甲が全身に展開しそうだ。

 

 ほんと、こいつ嫌い。


「相変わらず人間以外は眼中に無いってか」

「貴男も私にとっては守るべき大切な一人です。戦いたくはありません」

「はーん? じゃあこの前、私にボコボコにされて粉みじんに分解されて、海に散骨されちゃったのは本気じゃなかったアピールですかぁ?」

「ええ。傷つけたくはありませんから」

「じゃあこの場は見逃してくれませんかね」

「もう少し、お話しませんか? どうして私の申し出を受けていただけないのか、不思議でならないのです」


 こいつと長話するつもりは毛頭ない。わかりあえるとも思わん。


 が、結局なんなのかってのは知りたい。直接情報を引き出せれば攻略法にも繋がるはずだ。


「不思議だぁ? わかりきってるだろ。魔族も獣人も亜人も竜も、居場所が無い世界はお断りだっつってんの」

「なぜです? 人間を滅ぼす者たちですよ?」

「だったら先に殺してもいいってか?」

「当然です。光の神に選ばれた人間のみの世界にすべきでしょう」


 ブッチッッッッッッッン!

 冷静に考えりゃ私たちがイモコと接触したことを言うことなんてないんだが――


「その光の神の力ってのは……地下に幽閉されてたあいつがもたらしたもんだろ? 選ばれただと? ふざけるんじゃねぇよ!」

「おや、アレを見てしまったのですね」


 モノ扱いですかそうですか、知ってたが。


「アレじゃねぇイモコだ」

「道具に名前をつけて愛着を持つ趣味は、私には無いのです」

「道具じゃねぇよ。イモコにはちゃんと意思がある。人間とおんなじだ」

「誤解なさっていますね。アレは光の神の力を具象化する装置に過ぎません。人間扱いするなど……おぞましい」


 聖王の表情が歪む。私はここに来るまで、イモコは神の使い的に丁重に扱われていると勝手に想像していたわけだが、化け物め……人間以外は認めませんってところは、一貫していやがりますね。


 こんな奴に力を貸し続けるイモコが可愛そうだよ、まったく。


「おぞましいのは貴様だぞ。人間人間言ってるが、貴様が一番……人間じゃねぇよ」

「ええ、そうですね。ですから……役割を終えた時、私は消滅するのです。この地より人外なる者すべてを排除し、恒久平和を実現する。それが聖王の……勇者の血統の務めですから」

「阿呆が。たとえ人間だけになったって、今度は人間同士が争い合うだけだぞ」

「光の神の教えの元にすべての意思が一つとなるのです」

「人間だけにするどころか、考え方まで一つにしちまうってか?」

「みなが同じ方を向き、同じ道を歩く。素晴らしいことではありませんか。不純物は濾過され、無駄なものは何一つない。完璧にして完全なる光の神が作りし、美しい世界を取り戻すのです」


 世界を一つにってことかね。元はそうだった世界が、聖王から見れば混沌としているように見えるんだろうか。


 価値観押しつけに躊躇ちゅうちょが無いな。


「無駄の何が悪いって?」

「存在すること自体ですよ」

「この無駄なお喋りもか?」

「未来に繋がる対話は無駄に含まれません」


 知れば知るほど、やばさしか感じない。

 昔、魔法学院で読んだ生物の本の一節が思い浮かんだ。


「働き蟻に怠け者ができるからって、怠け者を全部取り除いて働く奴らだけ残しても、今度は一定数がまた怠けるようにできてるんだそうだ。どうしてかわかるか?」

「さあ? 考えた事もありませんね」

「巣の中のリソースに余裕を持たせるためだ。緊急事態に動ける連中を残しておかないと、何かあった時にその巣は全滅だ」

「人間は虫けらとは違いますよ」


 しれっと人間の味方アピールやめろ。


「他と違う奴がいるのにも、みんなが同じ過ちを犯した時に、抗える奴が必要だからだろ? 貴様がやっていることは、結果的に人間を滅ぼす行為じゃないんかね?」

「人間は滅びませんよ。光の神に守られているのですから」

「そんだけ完璧な神様が世界を作ったっていうんなら、そもそも……世界に欠陥がある理由はなんだ? 貴様が存在すること自体が光の神の失敗を証明じゃねぇか?」

「…………」


 っしゃあああああああ! 黙らせたった。

 反論が無いなら私の勝ちだが? イエーイ実在不明の光の神様みってる~!

 私は極大破壊魔法ソードフォームの切っ先を聖王に向けた。


「守ろうとする人間の声すら聞かず、信じず、人間を賛美するんじゃねぇよ化け物が」

「心外ですね。こんなにも人間を愛し、祝福してきたというのに」


 冷たい眼差しだ。今、ここで倒すこともできるんだが、復活するだろうな。何より、転移魔法不可というのが痛い。


 回避全振り&死角からの強襲が、私の近接戦闘スタイルである。

 一発かまして動きを止めたところで、全力で逃げるかね。


「貴様の与える祝福なんて、誰も望んでやいないんだよ。バーカ。んじゃ、私の勝ちってことで。今日はこの辺で勘弁しといてやるからな!」


 私は極大破壊魔法ソードフォームを振るって衝撃波を聖王に叩き込む。

 不可視の威力が男を押しつぶす波となって押し寄せた。


「残念です。リーゼさん……ここへ」


 瞬間――


 蒼空の遙か彼方から、巨人の放つ光の矢が中庭に突き刺さった。


 私の一撃とぶつかり合った衝撃が中庭を駆け抜け、花々は散りガラス窓のことごとくを粉々に砕く。


 光の中から銀天使が姿を現した。


 こっちが隙を見せたら強襲できるように、超上空に配置してたってわけね。

 長話しようとしまいと、こうなる運命ですかそうですか。


「二対一とは、まっずいな」


 胸元でコアが「わたしが応援してあげるので、逃げ切るのだよ、君」って、うーん戦力外。気持ちだけ受け取っておきます。


 聖王が銀天使に命じた。


「対話を続けるのに手足は不要です。それに、必要になればまた再生魔法で元に戻せば良いだけですから……メイヤさんを引き留めてください」


 天使は小さく頷くなり、無数の回転光刃を周囲に展開した。


 手足ないない大好きだな。ダルマフェチかよ。生やせるから一回切りますねって、やっぱ化け物だな。


 しかし、短距離転移魔法無しで銀天使相手か。もしかしてヤバイかもしれんな。

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