178.聖王の祝福
男の声が皮肉を告げる。
「おや、酷い顔ですね。泣いているのですかメイヤさん。何か、とても悲しいことがあったのでしょう。私でよければお話ください。なんなりと。貴男のために祈りましょう」
声にも口ぶりにも覚えがある。
「どちら様ですかぁ?」
「もしやお忘れになってしまったのですか? 私は悲しい」
どういう仕組みかしらんが、リーゼを中継して話しかけてきてるってのか。
「今どこよ? 殺しに行ってやるからさ。逃げんなよ」
「なんて恐ろしいことを言うのですか。同じ人間同士で争うだなんて」
本気で言ってるのか? コイツの場合、あらゆる意味で冗談じゃない。
「なにしに来たよ?」
「貴男の救いを求める声に応えるために。彼女を通じて語りかけています」
「リーゼを汚すんじゃねぇ」
「汚すだなんて。私が祝福を与え、つながりを強めた彼女なら、こうして……甦らせることもできるのです。第十階位……復活魔法」
腕の中にじわっと光が溢れ、銀水晶の硬質な少女の身体が体温を取り戻した。
美しい銀髪に青紫色の瞳が戻り、失った両腕がまるで何事も無かったように再生される。
胸を穿った穴も埋まった。
法衣はズタボロだが、肉体は元通りだ。
虚ろな少女の瞳に光が戻り、私の頬に手が触れる。
血色の戻った桜色の唇が開く。
「義兄……さん……」
「リゼリゼ! 貴様ッ! 無事なのかッ!?」
「助け……て……」
少女の声が途切れて、再びその身体が銀水晶に戻る。
彫像は私を突き放すように吹き飛ばし、立ち上がった。
遺跡の壁に背中から打ち付けられ、一瞬、呼吸が止まる。
復活した銀天使はじっと私を見る。と――
あのクソ野郎の声がリーゼを通して響いた。
「おや、リーゼさんの制御が上手くいきませんね。心を神に捧げたというのに……一度、浄化が必要ですか。悪い子だ」
銀天使が翼を広げ、ふわりと宙に浮き上がる。
私は腕を伸ばした。
「待て! リーゼ! 行くな!」
身体が重い。ぶっ飛ばされたからだけじゃない。先ほどの黒化竜騎人になったのが、想像以上に消耗を強いたか。
立ち上がりたくとも、全身に鉛板を巻き付けて水の底に沈められたように、重い。
銀天使の内側から声が私に呼びかける。
「誰かを殺してしまうことが怖いのなら、メイヤさんは私とともにあるべきです」
「はあ? なに言ってんだ貴様」
「私なら、貴男が殺してしまった人間を何人でも、何度でも甦らせることができますから」
化け物が。他になんも言葉が思いつかん。
「リーゼさんは私がすでに祝福を施しました」
「……」
「彼女は壊れることはあっても、死ぬことも滅びることもありません」
「だから……さっきから……なんなんだよ」
「死者はそれ以上、死なないのです」
「――!?」
まさか、おい……やめろ。やめてくれよ。祝福ってなんだよ。
「お気づきではなかったのですか? 聡明な貴男らしくもない。リーゼ・ホープスはすでに死んでいます。私の復活魔法で永遠の命を得て、その美しい姿をこの世界に留め続ける祝福を受けたのですから」
永遠の命って……そいつは、呪いじゃないか。
もう、リーゼは……死んでるってのか。
「貴様を倒せば……」
「残念ながら、私の魔法力によって存続しているのですから、リーゼさんも消滅してしまいますね。きっと、シャロンさんも悲しむでしょう」
嘘をついて欲しいと敵に願う日が来るなんてな。
聖王を倒さない限り、なにも終わらない。
「不安がらなくとも、私は何度でも甦ります。世界が……人間が……光の神が望む限り。誰もが死を恐れ、永遠を生きたいと、幸せでありたいと願うのですから。私は何にも負けることはないのです」
聖王を倒す手段はある。が、こいつは現状、無限に復活してくる。
「貴男とシャロンさんには、ぜひ、私の祝福を受けていただきたいものです。皆でこの世界に人間の理想郷を作り上げましょう」
聖王と交渉は不可能だ。こいつの世界にサキュルやドラミたちの居場所はない。
「聖王都でお待ちしています。良い返事を期待していますねメイヤさん。貴男とシャロンさんが戻るまでに、リーゼさんの心の不純物は綺麗に取り除いておきましょう。では、本日はこれにて。さあ、我が祝福を受けし者よ。戻りなさい」
天から光の柱が銀天使に降り注ぐ。雲の合間から伸びる光の階段を思わせる、昇天の姿は美しかった。
天使が光に導かれ、蒼天の向こうに消える。
伸ばした手の届かない、遠い遠いところへ。
この事を……リーゼがすでに死んでいることを、私はシャロンに伝えなければならない。
伸ばした腕を地面に叩きつける。
痛い。何度も何度も。
痛い。痛い。痛い。
腕から全身に振動が伝わり、衝撃で身体が震えた。
こんな痛みなんて、比較にならないほどに、事実を知ればシャロンは……。
「貴様だけは……許さんぞ……聖王」
殺しても死なない化け物。殺せばリーゼも消える。
情報が欲しい。対処方もきっと……あるはずだ。やばい……意識が……とぎれ……。