176.心理的に無理な相性最悪の敵
巨石の塔が林立する灰色の遺跡群。地上100メートルを優に越す、四角いそれは墓石に見えた。
水晶ボディーの銀天使が縦横無尽に空を駆け回る。
回転する白い円刃。宙を舞い頭上から私目がけて破壊の鉄槌が降り注いだ。
短距離転移魔法で回避する。
巨塔が袈裟切りに裂かれ、滑って地上に落ちる。崩壊の衝撃が大地を揺るがし、粉塵が陽光を遮る巨大なキノコ雲を上げた。
私は防戦一方……というか、避け続けることしかできない。
空を飛ぶ相手なら魔翼将軍カルラもいたが、アレと戦った時は魔帝都の大闘技場だ。空のキャンバスに光の円刃をまき散らす銀天使は、遠距離から無尽蔵に攻撃を繰り返す。
私は短杖で単純な魔力弾を放つ。
これが当たらない。銀天使の飛び方は異質だ。翼で羽ばたく生き物なら、ある程度軌道も読めたりするのだが……。
空中で突然停止し、急降下したり直角軌道を描いたりと無茶苦茶だ。
悠長に旋回なんぞしない上に、ドラゴンみたいな生物の息づかいがないもんで、相手の癖を読み合うような駆け引きすら起こらない。
空に向かって声をかける。
「おーいリゼリゼ! 卑怯だぞ貴様! バーカバーカ!」
ノーリアクションで熱線が降り注ぐ。
キリが無い。しゃーないな。
銀天使が飛び回る空一面に範囲指定して――
「天地の始まりより受け継がれし、無限の力を秘めたる古の言葉よ。我が呼び声に応え、世界の理を揺るがす極大の破壊をもたらせ。ここに全てを飲み込む闇を解き放つ……極大破壊魔法ッ!!」
シャンシャン得意の白円刃の軌道は慣れっこだ。身体をくねらせ上手いこと紙一重でかわしつつ詠唱完了。
即発射で空を青白い炎で焼き尽くした。
だいたいね、アレですよ。当てようと思って初級レベルの魔法とかブンブンしたってしょうがないじゃない。
面制圧というか空間制圧で、リゼリゼにぶっぱしてみました。
が――
銀天使の身体が少しくすんだくらいで、私の極大破壊魔法は影響無しの模様。
ああ……うん……そうか。
口でも心でも、敵対者に容赦はしないとか思っていても……。
愛する人のたった一人の肉親に、本気で攻撃なんてできませんよ。マジで。
なにせリゼリゼは良い子なのだ。ちょっとお姉ちゃんより真面目できっちりしていて、カタいなぁって思うけど。
それでも、会談に前向きだった聖女にして大司教の彼女。
ほんのひととき、中央平原のキャンプで一緒に過ごしただけだってのに、私の殺意が丸くなる。
聖王のクソ野郎。
やりやがったな。リゼリゼを簡単に拉致らせたのも、埋伏の毒だったんだ。
私たちが受け入れやすいようにして、心を通わせ戦う手を鈍らせるために、わざと攫わせ易くした罠。
めっちゃ性格悪いぞ。
というか――
このままだと、こっちがジリ貧で倒されかねない。
最悪すぎるマッチアップだ。今からリゼリゼ放置して、聖王国の城ごと焼いてやろうかと思うくらいに。
あー、正義の味方ってお辛いな。できる力はあっても、それをやったら人として聖王レベルに終わってしまう。
かといって、リゼリゼを止めるには本気で戦うしかないのか。
もし放置でもしようものなら、この銀天使が魔帝国領を強襲しかねない。
私は灰色の墓石のような高層建築の屋上に跳ぶと、びしっと空を指さした。
「さあ、かかってきなさいよリゼリゼ。義兄さんが貴様の殺戮と破壊衝動を全部受け止めてやるから」
「…………」
一瞬、銀天使の動きが止まったように見えた。
こちらの呼びかけが、まだ通じているんだろうか。それとも偶然か。
天使は放つ。白き円刃の輪舞曲。
二倍四倍と増えて百倍近くになった白刃を、私は短杖に宿した極大破壊魔法でたたっ切る。
「ほらほら決着つけたいならかかってこいよ! でないと貴様の姉を奪っちゃうぞ!」
手が止まる。が、すぐに銀天使は攻撃再開。しかも動きながら熱線だの光線だの光のヤバイ刃など、色々仕掛けてくるんで、こちらは短距離転移魔法で回避に専念せざるをえない。
来た時はニョキニョキしていた灰色の塔の群れが、もはや半数瓦解した。
ああ、空を自由に飛べたらな。
転移魔法で近接はできても、結局は自由落下だ。天使化したリゼリゼみたいな柔軟性が皆無。
範囲化した極大破壊魔法では威力が足りず(といっても、大地を穿って谷を作るくらいはできるレベルだけど)、せいぜい銀天使の動きを止めるくらいにしかならない。
前の魔皇帝相手に放った終極級の破壊魔法は、タメが大事。ぶっちゃけ相手が飛び回ってるんで、シチュエーションばっちりじゃないと当たる気がしない。
あと、ぶちかましたらリゼリゼが死ぬ。たぶん。
聖王本体と違って無駄に硬いし、スタミナ無尽蔵な上に、シャンシャンの妹なんだもの。
いや……。
迷うな。
愛した人に憎まれても……こいつを倒さなければ世界がやばい。
やばいよ。やばいのはわかってる。
けど――
生まれて初めて、私は恐怖を感じた。
もし、みなを守り世界の安寧を選べば、私は……。
愛した人に妹の仇と責められる。
せめぎ合う。心の中で二つの意思がぶつかり合って、足が止まった瞬間――
所詮、私も人だった。
コンマ数秒、生じた隙に銀天使の光線が差し込まれた。
目の前が真っ白になる。短距離転移の回避は間に合わない。攻撃特化の大魔導師が防御結界に全魔法力を投入した。
破られる。破壊の衝撃が目前に迫る。
ああ……ここまで……か。
ごめんな……シャロン。私は甘すぎた。貴様の妹とは……戦えなかったよ。




