171.ルート確定(王道ルート)
手紙を書く手を止めて、幼女は車椅子の向きをこちらに向け直すと、膝掛けの上に両手をグーにしてのせた。
「君は二国の王にも比肩するほどの、強力な力を持っている」
「まあ才能マックスの大魔導師だからな」
「それは因果的には後の話だ。過去については記憶喪失で、聖王国の教会が運営する孤児院が最後の記憶なのだろう」
「あ、ああ」
今はもう、私が近くにいくだけで施設に迷惑をかけるどころか、巻き込んでしまいかねない。記憶も曖昧でおぼろげだ。
自分の正体を探る手立ては残されていなかったし、今更、興味もない。
「わたしの仮説はこうだよ。君はもしかしたら、この世界の外側から召喚されたのかもしれない」
「はあ? 頭大丈夫デスカー?」
「大真面目な話さ。大いなる力を与えられ、その役目を果たすことを望まれてね」
「誰が望むわけよ?」
「この世界の創造主か、はたまた人間を守護する光の神か……その敵対者たる闇の神かもしれない」
「わかんねぇってわけね」
「だから永遠に仮説なのだよ、君」
私は元々、この世界じゃないどこかから引っ張ってこられた……なんて、にわかには信じられん。
で、呼んだ奴の思惑通りに動いてるってか。
「なんで私が誰ともラブラブできないってことになるわけよ?」
「そういう資質の持ち主だから、世界の調停者に君が選ばれたのかもしれない。善でも悪でもなく、個でありながら世を救おうとする」
「なにそれ。つまり誰も愛せない人だから、ここに呼ばれたってわけ?」
「もしくは、君の心に何者かが枷をはめたのかもしれない。あくまで仮定だがね」
「迷惑な。どうしてそういうことするわけよ?」
「君にこの世界をなんとかしてほしかったんだろう」
「もし本当だったら無茶ぶりが過ぎるぞ……まったく」
コアは小さく息を吐く。
「少なくとも、君を呼び込んだ存在を、わたしは邪悪なものとは考えない」
「ほほぅ。迷惑すぎるし、たぶん絶対ヤバイ奴だって」
「否。もし君が存在しなかった場合にどうなっていたかを、時々シミュレートするのだよ。中央平原にて、聖王国と魔帝国が正面決戦した場合、戦力的には魔帝国が優勢。聖王国側は王都防衛を徹底し、王国民の多くが魔帝国軍に蹂躙され、死に絶える」
「じゃあ、聖王国が滅んでたってのか?」
幼女はそっと首を左右に振った。
「それもまた否。聖王がどういった力を有しているかはわからないからね。ただ、恐らくは魔帝国も王国を滅ぼすまでには至らない。不死身の聖王が前線に出れば、単騎で窮状を打破するくらいはできるだろう」
「ま、私の方が強いですけどね」
「そこなのだよ君。以前の魔皇帝……もどきとでも言った方がいいかな。アレも含め、純粋魔族に近いほど、聖なる光の魔法力に弱い。直接対決ともなれば、魔皇帝が聖王に敗北するという試算さ」
先代の目玉触手に乗っ取られた魔皇帝とは、相性問題で聖王が有利ってか。
で、私は聖王に強く、魔皇帝に弱い。三すくみだ。
目玉の化け物に勝てたのって、元聖女のおかげだし。
「その後は、結局どうなったんだ?」
「王国が聖王の名の下にまとまり狂戦士の集団が誕生。逆侵攻し魔帝国側の村や町を焼き払うだろう」
「どっちが勝つんだ?」
「聖王の戦闘能力次第といったところさ。両陣営合わせて億の民が死に、戦争は続き、双方最後の一兵になるまで殺し合う。それが、君のいない世界線での結末だよ」
救われないな。マジで。
「なあコアちゃんや。それってあくまで可能性の話……だよな」
「ああそうさ。歴史にもしもは存在しないよ、君。今は状況が変わった。むしろ悪化したかもしれない」
「はあ? なんで?」
「新皇帝エイガは弱いからだよ。聖王と戦うには力不足さ」
「じゃあ、その弱いとこは私がカバーしてやらなきゃってわけね」
幼女はうんと頷いた。
「ほら、そういうところだよ。君は天秤だ。釣り合いを取ろうとする性質を持つ」
「それって道具として致命的じゃん」
「壊れていると言えなくも無いね。君は中央平原で魔帝国に対して、極大破壊魔法を放った。威嚇にせよね。その攻撃を、今度は聖王国にも向ける。どっちつかずの行動を平気でとれてしまうのだから」
「あーまー……確かに」
「世の事でそうなら、個の事に関しても同じだよ。君は特定の誰かを選ぶことができない」
クソ。ぐうの音も出ない。なんか心当たりしかないし。
「コアちゃんよ。私はどうすればいいの? ちょっとマジでヘコむんだが」
「すべてを選ぶか、誰も選ばないか、お好きな方でどうぞ」
「マジかよ」
大真面目な顔のまま、コアは小さく口元だけ緩ませた。
「ふふふ。君がハーレムを選ぶ人間なら、とっくにそうしているだろうね」
「あーそうですよ! ばかばか私のいくじなし!」
「自分にキレるのはみっともないからよし給え。それに救いが無いわけでもないよ」
「教えろくださいお願いします」
「世界を救ってから、ゆっくり考えればいい。問題の先送りには違いないが、君の心に枷をはめた存在の望みを叶え、一時の平和な世界を作り上げるのだよ」
「そうしたら、私は……私はシャンシャンに告白でき……」
コアが目を丸くする。私も言葉を呑み込んだ。
「なんだ、どうやら枷はもう、外れかけているようだね」
「最後まで言い切れなかったが、私は……」
幼女はそっと人差し指を立て、自身の口元に押し当てた。
「言葉にするのは今じゃないし、相手もわたしではないはずだよ。君……」
「う、うむ」
「大変喜ばしいことだ。聖王と決戦に挑む前に、ロマンチックな告白をしてみることをオススメするよ。おっと、魔帝都でのデートプランは自分で考えることだね。わたしとヤンミンは会談の段取りで忙しいのだから」
最後は手のひらでしっしと追い払われた。
そうか。
私はやっぱり……シャンシャンが好きなんだな。
自分の気持ちを理解しようと考えても無駄だった。とっさに出た彼女の名前が、きっと私の愛のすべてだったのだろう。




