167.迷い惑いてどこへ行く
義兄さんは、聖王様を否定している。人間でなければ信じる者さえ救わない……と。
姉さんは信じてさえいない帝国の人々を、その多くが聖王国を敵とみていておかしくない、そんな相手さえも救う手助けをした。
そうだきっと! 真相は違うはず。
「姉さんはメイヤさんを助けただけで、魔帝国を救おうとなんて思ってなかったはずです」
「シャロンちゃんが魔帝国を憎んでいたら、同じ結果にはならなかった。わたくしだって……白竜ちゃんと出会わなかったら、聖王国と対決する気持ちを抱き続けてましたわ」
うすぼんやりした魔力灯の下でもはっきりわかるくらい、占い師の頬が赤くなる。
「わたくしたちの呪縛を解いてくれた白竜ちゃんを、わたくしは愛してしまったわ。あの方は少し、風変わりですけれど。そこもまた魅力的ですもの。なにより、強い男に抱かれるのは、この上ない幸せ。あはぁん♪」
天使のような姿をしていながら、占い師は顔を両手で押さえて身をよじる。
「え!? だ、ダメですってば! 義兄さんは姉さんと結ばれるべきなんですから!」
「うふふ♪ 誰を選んでも誰も恨みはしませんわ。けど、わたくしを選んでくださるよう、これからも色々と色仕掛けとかも……ね?」
「ね? じゃありません」
「白竜ちゃんがみんなを愛してくれるなら、それもありかなって……あらやだ、わたくしったら淫魔みたい」
罪作りな義兄さん。このままだと姉さんが不幸になるかもしれません。
けど、この感じだと義兄さんは女の子に対してどういう考えをもっているのかわからないし、姉さんも奥手で進展しなさそうだし。
うん、わたしががんばって二人をくっつけよう。
「わたしは姉さんを全力で応援しますから」
「これは強敵を目覚めさせちゃったかもしれないわねぇ。ところで、あなた自身はどうなのかしら?」
「ど、どうって?」
「好きな男の子とかいてもおかしくないでしょう?」
す、すすす、好きな男の子……。別にいないですけど。
けど――
聖王様が思い浮かんだ。たぶん、この気持ちは男女の恋愛じゃなくて、崇拝とか尊敬。
なのに、今、わたしの中で揺らいでいる。
教義とともにあり人間のための救世を執行する。
そこに魔族も竜も居場所はない。聖王様の望む世界は人間にのみ、優しい。
「聖王様が間違っているとは、思いません」
「あら? 好きなのって……」
「ち、違います。尊敬しているんです。わたしを救ってくれた。その時の幸福は嘘じゃないです。あなたが義兄さんや姉さんに救われたのと同じように、わたしも聖王様に救ってもらったんです」
「ええ、そうね。わたくしも、その感謝や喜びを否定はしないし、あなたの気持ちは他の誰にも否定されるべきじゃないと思うわ」
人間と魔族が融和できる未来も、あるのかもしれない。
けど――
占い師がニッコリ微笑む。
「魔族ってひとくくりにされがちだけど、爬虫類系に獣系。わたくしのように優美で優雅な鳥系……ほかにも色々。淫魔とか純粋な魔族とか。オーガやゴブリンにオークにコボルト。ケンカにならないわけがないのよ」
「そう……なんですね」
「けど、それって人間も変わらないんじゃないかしら。だから光の神の教えが必要だった。魔帝国という共通の敵があるから、聖王国はバラバラにならずに国の形を保っていられる……とも思えるわけ。あっ……これはヤンミンっていう同僚の受け売りね」
「敵がいるから安定するなんて……」
けど、聖王国にだって奴隷はいたし、わたしも姉さんも引き離された。
表向きは安定していても、問題がまったく無いわけじゃない。
敵も悪も無くなればいいのに、光の神の恩寵は暗い闇にまで届かない。
「魔帝国は実際そうなの。新しい魔皇帝ちゃんは、そこらへんもゆっくりとだけど変えていきたいって。だからもう少しだけ……待ってもらえないかしらぁ」
休戦期間に軍備増強して聖王国を襲うかもしれない。
「わたしの立場では決められません。あくまで国の統治者は聖王様ですから」
「それもそうね。あなたって本当にシャロンちゃんの妹なのね」
「は、はい? 急になんですか?」
「根が真面目なところなんてそっくり。誰に救われるか、順番や立場が違ってたら……なんて、仮定の話はよくないわね」
もし、姉さんと私が逆だったら、姉さんが聖王様の元にいて、わたしがこのキャンプにいたかもしれない。
「わたしと姉さんはそれでも違います。きっと、姉さんのようには……」
「ま、そうね。あなたのことが少しだけわかったし、そろそろ未来に目を向けましょう。なにか占って欲しいことはあるかしら?」
「なにも思いつかないんです」
「あらあら、なんでもいいわよ? 遠慮せずに。それに予言じゃなくて、あくまで占いは占い。宿命は変えられないけれど、運命は変えられる。ここで得られる未来の鑑定ってね、この先、何に気をつければいいか気づくための、些細なきっかけ。聞き流すくらいで、その時がきたらフッと思い出すくらいでもいいのよ」
「思い出した時に手遅れじゃないですか?」
「決断の瞬間だったら、まだ変えられるでしょう。それとも怖いかしら?」
正直、怖い。何かを念頭におくことが。わたしはたぶん、もう、平等な目線には立てないし見られないと思う。
これ以上、悩んで迷って、鈍らせてしまうことが……怖い。
「占いは、わたしには必要無いです」
「そう。残念だけど、無理強いもできないわ」
「けど、話せてよかったです。まだ、迷ったままですが、少なくとも今すぐ聖王国に戻って、聖王様に報告しようとは思いません。この目で魔帝国を見るまでは……」
「会談には前向きね。魔皇帝ちゃんの前で、いきなり豹変して襲ったりしないでちょうだいね」
「し、しませんってそんなこと!」
姉さんが言ってたけど、純粋な魔族に近づくほど聖女の持つ光の魔法力が効くらしい。
聖王様のために魔皇帝を倒すこと。そんな決断の場面が来るかもしれない。
けど――
会うというなら、わたしが刺客になることをわかった上で、魔皇帝も会うはず。
和平を望む相手に突然牙を剥くのは、人の道を外れることだと思った。
わたしはそっと席を立つ。
「また会えることを楽しみにしてるわね」
「はい。け、けど、姉さんの恋路の邪魔をした時は、問答無用で立ち塞がらせてもらいますから!」
「正々堂々勝負しましょ♪」
終始、不思議な人だったけど、良いとも悪いとも言い切れない、不思議な時間だった。
一つわかったことは――
魔帝国にも話せばわかる相手がいる……と、いうことだ。
・
・
・
テントから銀髪少女が、くたびれた顔でのっそり出てきた。
「ちょっと長かったな」
「占いって感じじゃなかったですけど。ただ、魔帝国の人と話せて良かったです」
「ほーん。気を揉んだっぽいが、ちょっとは楽になったか?」
「楽……ですか?」
「蓋を開けてみれば人間も魔族も、案外大差ないだろ。身構えっぱなしは疲れるからな」
「そ、そうやって誘導しようとしても無駄です。わたしは……わたしの目と耳で確かめ、この声で返すと決めましたから」
「あっそーっすか」
どうやら話し合いそのものはできそうな気配だ。あとは、カルラがリゼリゼの心に何を見たか次第だな。
「そうだ、風呂行ってきたらどうだ」
「え、あ、はい。ありがとうございま……」
いつも通り(以下略)しようとしたところで――
「ねえねえメイヤーお風呂ぬるい~!」
「お兄ちゃん追い炊き! 追い炊き機能お兄ちゃん!」
マッパの淫魔とピンドラが草原を駈けてきた。後ろでシャンシャンが二人の部屋着を抱えて「ちょっと服! 服着てちょうだい!」と、大慌てだ。
私の顔を万歳したリゼリゼが手のひらで遮る。
「見ちゃだめです。不健全です。不潔です」
「え? これ私が悪いの?」
「このわたしがいる限り、ラッキースケベとか禁止ですから」
あっはい。なんか知らんけど、さーせんした。




