166.竜が竜であるために
人間姿のピンドラちゃんがツインテールをフリフリしながら、テントの入り口をチラ見しては戻ってくる。行ったり来たりを繰り返したあげく――
「お兄ちゃん! 怪しげ! なんか危険な感じだよ!」
警戒態勢なのかドラゴンの尻尾がお尻のあたりからにょっきり生えて、少女の前腕がピンクの鱗に覆われた。
相変わらずの短めなスカートがまくれがあがり、鼠蹊部どころか柔肌が丸見えだ。
「ドラミちゃんや。そろそろパンツを穿く文化を学びなさいな」
「や!」
一言どころか一音で拒否られましたとさ。
「ねーねーお兄ちゃん! ブレスで吹き飛ばしちゃっていい?」
「こちらの看板をご覧くださいお嬢様」
「お、おじょうさま!? ウチ、そ、そんなんじゃないよぉ」
と否定しつつも、なんだか嬉しそうに少女は膝頭をもじもじさせた。
「今日は特別に魔帝都から凄腕の占い師に来てもらったのだ」
「はえ~すっごい。じゃあじゃあ、怪しいけどだいじょぶなんだね」
「うむ。しかも今夜限り、3000歳未満のドラゴンは無料で占ってもらえるぞ」
「ええ~! いいの? 経済とか崩壊しない?」
「ラッキーだったなドラミちゃん……どうした?」
ピンドラが一瞬「ハッ」と目を丸くした。
「あっ……そっかぁ……ドラゴン減っちゃったからぁ。だから無料サービスとかしてもだいじょぶなんだにぇ」
いかん。まだ思い出にすらなっていない、悲しい記憶を呼び覚ましてしまった。
「ほ、ほれ、とっとと占ってもらってこい。シャンシャンもサッキーも満足してたぞ」
「う、うん! ちょっくら占ってもらいますかぁ」
ドラミちゃんは自分を奮い立たせるようにして、尻尾ふりふりお尻丸出しでテントに入っていった。
警戒態勢はせめて解いて欲しいものである。
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「あなたは深い哀しみに心を凍り付かせていますのね」
「え、ええ!? そそそそそんなことないし」
占い師の人が水晶玉をじっと見る。
なんかよくわかんないけど、ウチは元気でがんばらなきゃいけないし、泣いてばっかりじゃいられないから。
だって、純白竜様とお約束したし。
ドラゴンはまだ、滅んでないから。逃げた生き残りもいるから。
もちろん、あんなことした奴は許せない。絶対に見つけてぶっ飛ばす。
けど……けど……。
恨む気持ちで復讐で心がいっぱいになって、溢れちゃうようなことは、きっと純白竜様も望んでないし。
占い師さんが首を小さく縦に振る。
「仲間を失ったのね。それに、尊敬する大切な方までも……」
「さ、さすが占い師の人だ! わかんだね!?」
「怒りよりも哀しみで心が満ちていますのね」
「あんねあんね、ドラゴンは強くてなんぼじゃん? だからね……純白竜様が負けたのは、相手がそれより強かった……って」
「強さがすべてなのかしら?」
「ぜんぶじゃないよ! けど……」
ドラゴンにとっては、強いって大事だから。
お兄ちゃんはすごいんだぁ。本当だったらウチは殺されてても文句言えないのに、ドラミって素敵な名前をくれて、大霊峰に居場所がなかったのに、よわよわドラゴンなのに家族にしてくれて。
強くて優しくて、ちょっぴりイジワルなときもあるけど、最高のお兄ちゃん。
シャロンちゃんもサキュルちゃんも、コアちゃんもみーんな、お兄ちゃんが大好きだと思う。
アヒルのキングちゃんだけは、お兄ちゃんを「まだ甘い。認めない」って言うけどにぇ。
ライバル宣言みたいな。
でも、ライバルって、認めてる部分があればこそだと思う。
「悩みがあれば、相談にのりますわよ」
「あ、あの……えっとぉ……強く……なりたいなって」
「強くですの?」
「うん! ドラゴンの戦いって、どっちが上かを決めるもの。同族同士で相手は殺さない。だから、大霊峰を襲った奴は……強いけど、ドラゴンじゃないし。栄誉のある勝利じゃない。相手をこの世界からいなくなれ! ってするやり方……ウチは怖いよ」
「怖いから……強くなるのかしら?」
「怖いのは自分が消えることじゃない。大切な人たちを守れる強さが欲しい。ウチは純白竜様や、他のランカードラゴンたちの足下にも及ばないけど……このままもし、お兄ちゃんたちが危険な目にあった時に、ウチが……みんなを守れるくらい強くありたい」
ぜんぜんへっぽこぴーだけど、ウチはそれでもドラゴンだから!
手の届くところの、大切な人たちを守れるくらいにはなりたいから!
弱い素振りとか見せちゃうと、みんなを不安にさせちゃう。
だからウチは、元気でなきゃいけない。
って、ありぇ? 占い師の人……泣いてる?
「だ、だいじょぶ占い師さん?」
「ぐすっ……え、ええ、心配しないで。少し目にゴミが入っただけよ。あなたはとても立派ね」
「そ、そんなことないし」
「謙遜しなくてもいいのよ。それにしても、さっきの淫魔にあなたの爪の垢を煎じて一杯ごちそうしてあげたい気分ねぇ」
「淫魔ってサキュルちゃん? なんかあったの?」
「べ、別になにも。あなたのおかげで、わたくしの心は浄化されましたわ。これではどちらが救われたか、示しがつきませんわねぇ」
変な占い師さん。お兄ちゃんが連れてきた人だから、ちょっと変くらいじゃ普通だけど。
「わたくしは普通の運命鑑定士ですわ」
「わ、わぁ!? びっくりした。なんか思ったことにツッコミしてるし」
「あ、あははは。気のせいですわぁ」
っぱ変じゃん。うーん、強くなる方法とか教えてもらえないのかなぁ。
「あんねあんね! どーすればウチ、強くなれますか?」
「ええと……まずは三食しっかりと食べて、夜はぐっすり眠って、適度に運動すること……くらいかしら」
「ええ!? そ、それでいいのぉ?」
「百獣王の獅子とて鍛錬はしませんわ。強き存在は、ただ、普通であるだけで強いもの。あなたが竜であることが強さそのもの。哀しみを背負い迷いに翻弄される心と決別し、自信をもって自身を強いと言い切ること。暗示の力はバカにできませんのよ」
「じゃ、じゃあウチは強いって思えばいいの? そーなの? そんなんで……」
「そんなだなんて言わないで。自分で自分を認めてあげるところから、始めてみるのはいかがかしら?」
そっか。ウチ、大霊峰でも隅っこで暮らしてて、弱い弱いって言われてて。自分って、ダメなんだって自分にずううううっと言い聞かせてたんだ。
「わ、わがっだ!!」
占い師さんは「ええ、その調子よ。がんばりなさい」と、優しく言って送り出してくれた。
みててね純白竜様。ドラゴンの未来は、ウチが切り開いてみせるからッ!!
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自信満々の艶々顔で、肩をいからせのっしのっしとピンドラがテントから出てきた。
「で、どうだったよドラミちゃん」
「んふーっふーん♪ まー、これからはお兄ちゃんは後方で腕組みでもしてて」
「はい? 急にどうした」
「ねぇ知ってたお兄ちゃん? ウチってさ……実はドラゴンなんだよね」
「そりゃまあ御存知ですが」
「んもーそうじゃないの! そういうんじゃないの!」
なんだかやる気が満ちあふれて空回りしてるような気もするが、それはそれとして声色も表情も明るくなったな。
「そういうんじゃないなら、どういうんだねドラミちゃんや」
「ま、見てて見てて。お兄ちゃんがピンチの時に颯爽と飛翔けつけて、ビシッとバシッとやっちゃうかんねぇ!」
普段なら「あんま無茶するんじゃないよ」というところだが、コーラルピンクの瞳がキラキラだ。
「おう、そりゃ頼りになるな。期待してるぞドラミちゃん」
「任せてお兄ちゃん!」
運命鑑定成功……ってことでよさそうだ。
「んで、今日の占いの評価を訊いてるんだが、五点満点で何点くらいだ?」
「満点花丸だにぇ~! じゃ! お風呂いただきまーす!」
ドラミちゃんは言い残すとログハウスにお風呂セットを取りに(以下略)
ご満足いただけましたか。三人から高評価を得たところで――
次は……いや、次が本命だな。
聖女にして大司教。シャンシャンの実妹の心の中に、ついにメスを入れる時が来たようだ。
あ、執刀って意味よ。もう! 誤解しないでよね!(乙女風)